教育実習生の留学生 4

 1時間目の授業が終わり、休み時間になるとレオ吉くんの周りに人が集まってきた。転校生は何かと目立つ存在だ。それが一国の国王となればさらに注目されるだろう。辺りから次から次へと質問が飛んでくる。


「なぜ、うちのクラスに来たのですか?」


「え、ええと。笹吹ささぶきあやかさんから、一般的な学校という事で、このクラスを紹介されました」


「国王が居なくて『動物ノ王国』は大丈夫なのですか?」


「司法や行政などは宇宙人さんと、配下のロボットさんがやってくれてます。ボクが居なくとも特に問題はありません」


「本当に国王陛下の事を、『レオ吉くん』と呼んでよろしいのですか?」


「はい、気軽に呼んでもらって構いません」


「一緒に写真を撮ってもよろしいですか?」


「あっ、はい、どうぞ」


 こうして写真撮影が始まった。

 入れ替わりで素早く写真を撮っていくが、希望者が多い。まあ、一国の国王と写真を撮れる機会など、ほとんどないので気持ちは分からなくはない。


 そんな事をしていると、あっという間に休み時間が過ぎ去った



 チャイムが鳴り、2時間目の国語が始まる。


 国語の担当は、もちろん担任の墨田すみだ先生だ。


「教科書の116ページを開いて下さい」


 いつもより丁寧な言葉で、僕らに指示を出す。


「まずは朗読ろうどくからいきますか。ええと、誰が良いかな?」


 クラス全体を眺めて、教科書を読み上げる生徒を探す。


 ここで僕はある計画を思いついた、右手を高く挙げる。

 すると墨田先生から直ぐに指された。


「おっ、ツカサが朗読するのか?」


「いえ、僕よりレオ吉くんの方が良いと思います」


 油断していたレオ吉くんが、ギョッと僕の方を見つめた。

 なんでそんな事を言い出すのかと、泣きそうな目をしている。


 そこで僕は理由を打ち明ける。


「レオ吉くんはこの先、スピーチなどで原稿を読み上げる事があると思います。今のうちに慣れておいた方が良いとおもいます」


 国民を前にして、あのスピーチでは困るだろう。

 まずは人数の比較的少ない教室で慣れる事が必要だと僕は思った。


「なるほど、確かにそうかもしれないな。ではレオ吉くん、116ページの『徒然草つれづれぐさ』を読んでくれ」


「ひゃ、ひゃい。わ、わかりました」


 急に立ち上がるレオ吉くん。すでに噛み気味で不安な予感しかしない……


「つ、つ、つ、つれつれつれ、なるるるまままにひぐらしゅ」


 これまでにない吃音どもりが出てしまった。

 たまらず墨田先生がストップをかける。


「ちょっとまって下さい。そこまで緊張する必要はないでしょう」



 ややあきれていると、ジミ子から改善策が提案された。


「大きく深呼吸をしてから言ってみては?」


「そ、そうですね。ではちょっと失礼して」


 レオ吉くんは大げさに深呼吸をしてから、また音読を開始した。


「つ、つれ、つ、つれつれなる、まままにひぐらっし」


 少しはまともになった気もするが、あまり変わっていない気もする。



 ジミ子の提案がダメだと分かると、次にキングがこんな事を言った。


「人の視線が気になるようだったら気にしないように、一度、壁際を向いて言ってみてはどうかな?」


「な、なるほど、では一人だと思って、ちょっと朗読してみます」


 レオ吉くんは壁際に移動して、壁に向って朗読をし始めた。


「ごにょ……ごにょ……」


 すると今度は消えてしまいそうな小さな声で喋っている。

 体はでかいが地声はとても小さいらしい。

 他人を全く気にしていないと、それはそれで問題がありそうだ。



 今度はミサキが提案する。


「誰か一人だけを意識するように、向かい合って話せばどうでしょう?」


「そうだな、ツカサ、レオ吉くんの前に立ってやれ」


 墨田先生に言われて、僕はレオ吉くんの正面に移動をした。

 レオ吉くんはまっすぐと僕を見つめた後、教科書の文を朗読する。


徒然つれづれなるままに、日ぐらし。すずりに向かいて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、怪しうこそ物狂ものぐるおしけれ」


 読み終えると僕に抱きつきながら喜ぶレオ吉くん。


「い、言えました。ボク、ちゃんと言えました」


 その様子を見て冷やかすヤン太。


「スピーチの時にツカサに目の前に立ってもらえば良いんじゃないか」


 そう冗談を言うと。


「はい、そうですね。それが良いと思います」


 なんと真に受けてしまった。


 テレビ放送などのスピーチの時、国王の前の僕が突っ立っていたらおかしいだろう。『あの人間は誰だ』『国王が良く見えない』などの苦情が殺到しそうだ。



 この誤解は何とか解けるのだが、国語の時間を全て使い切るくらいの説明が必要だった。動物の世界の住人には、あまり冗談は通じないようだ。

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