教育実習生の留学生 3
担任の
「いいか、くれぐれも失礼のないようにな。こちらへどうぞ」
そう言うと、大柄の女性が教室にやってくる。
その女性はもちろんレオ吉くんである。
入ってくるなり教室はざわつく。
「すげー!」「動物ノ王国の国王だ」「本物だ!」
「ほら、お前ら静かに。さあ挨拶をどうぞ」
墨田先生がクラスを静かにすると、レオ吉くんに挨拶をするように促す。
レオ吉くんは深々とおじぎをすると、僕らに向って口を開いた。
「ど、動物ノ王国の国王を務めさせて頂いているレオ吉と申します。本日から1週間だけ皆様と同じ授業を受け、学業に励みたいと思います。短い期間ですが、よろしくお願いシュまズ」
また挨拶で噛んだ。今回は前回と違い全国放送などといった緊張する場面では無かったが、しっかりとセリフを噛んでしまった。
クラスメイト達は、どう反応をして良いのか困っている。
これが普通の転校生とかだったら、このミスを笑い飛ばす事も出来るのだが、なにせ相手は国王だ。
一瞬の静寂が漂ったが、僕がその静けさを打ち砕くように拍手をした。すると、クラスメイト達もそれに続く。
レオ吉くんは、ほっと安堵のため息を漏らした。
続いて墨田先生がレオ吉くんに質問をする。
「国王陛下。どの席に着かれますか?」
「『国王陛下』なんて大層な言い方をしないで下さい。『レオ吉』か『レオ吉くん』で結構です」
「……そうですか。ではレオ吉くん、どの席に着きたいですか?」
すると、僕の顔を確認して、こう言った。
「ツカサくんの隣が良いです。お願いします」
「分かりました。ではそこへ席を追加しますね」
外には机を持って他の先生が待機していたらしい。
直ぐに教室の中に入って来て、僕の席とミサキの席の間に割り込む形で、無理矢理に席を設置する。通路を塞いでしまって、ちょっと不便になってしまったが、まあ仕方がない事だろう。
席の準備が整うと、レオ吉くんが着席をする。
その時、僕に小さな声で。
「緊張しました、手のひらに汗をかいてしまいましたよ」
と言った。僕はそんなレオ吉くんに。
「そんな緊張しなくて良いですよ、ここに居る人はクラスメイト、いわば仲間ですから」
「そ、そうですね」
レオ吉くんの表情が緩んだ。
こうして、新たなクラスメイトを迎え、僕たちは授業を開始する。
しばらくしてチャイムが鳴り、1時間目の授業が始まった。
今日の1時間目は数学で、担当は
「はい、それでは教科書の87ページを開いて下さい」
いつもは
これが普段だったら『87ページを開け』とか、そんな感じだ。
「では今日は前回に引き続き、『三角関数』を扱います。みなさん『ラジアン』という角度の単位を覚えていますか? 360度で2
ここまでの説明を受けて、レオ吉くんは僕に小声で質問をしてきた。
「なんで単位が二つあるんですか?」
「えっ、ちょっと待って下さい、なんででしょう?」
僕は教科書を調べてみるが、そんな事は載っていない。
そんな僕に対して、さらなる質問を積み上げる。
「そういえば、なんで一周が360なんですか? 100とかキリの良い数字を使わないんでしょうか?」
「確かに言われてみればそうですね……」
子供の頃から、一周は360度と習っていたので、なんでそんな数字なのか疑問さえ浮かばなかった。
そんな質問に答えられる訳もなく、困っていたら斉藤先生が気を遣って話しかけてきた。
「どうしました? 何か分からない事でもありますか?」
「ええとですね、角度の話しなのですが、なぜ360度とラジアンと2種類あるんでしょう? そして角度の方はなぜ360度という半端な数字なのですか?」
本来の授業とはあまり関係ない質問をする、いつもなら『そう決められているから』と切り捨てられそうだが、今日は違った。
「なかなか良い質問ですね。ではまず一周が360度の360という数字の由来を話しましょう。360に近い数字で何か思い浮かべる事はありますか?」
するとミサキが手を挙げた。そして指されて答える。
「1年の日付です」
するとヤン太からヤジが上がる。
「1年は365日だろ、5日足りないぜ」
さらにジミ子が補足する。
「4年に一度の
キングがさらに細かい補足をした、
「でも100で割り切れる年数は閏年じゃないぜ、400で割り切れる年数は閏年だけど」
斉藤先生が一通りの意見を聞いた後、こう答えた。
「ミサキさんが正解です。360は1年の日付からつけられました」
今度は僕が手を挙げて質問をぶつける。
「なぜです? 1年は365日ではないのですか?」
すると斉藤先生が答えてくれた。
「この360という数字は古代メソポタミアの人が定めた数字です、古代メソポタミアの人達が、『365』という数字に決めていたら、そうなって居たかもしれませんね。ただ、やはり『365』という数字はあまりにもキリが悪いと思ったのでしょう。このような数字になりました」
意外な所で数学と歴史の授業が結びついた。
続いてレオ吉くん自らが手を挙げて質問をする。
「なぜ100とかキリの良い数字にしないんでしょう?」
すると斉藤先生が意外な事を言う。
「それなら既にありますよ。90度を1
「なぜ使う機会がないのですか?」
「グラードという単位はわりと最近でてきました。すでに一周を360度とする度数法が主流になっていましたから、あまり普及しませんでした」
「なるほど、ではラジアンという単位は何故あるのです?」
「それは数学にとって都合が良いからですね、今から証明しましょう」
そういって斉藤先生が黒板になにやら式を書き始めた。
レオ吉くんが小声で僕に話しかけてくる。
「数学って面白いですね」
「ええ、そうかもしれませんね」
ちょっとレオ吉くんの顔がほころぶ。
斉藤先生が式を書き始めて5分ほどたった。黒板には訳の分らない英数字が踊っている。この式を書いている途中にも斉藤先生は式の解説を入れるのだが、サッパリ意味が分からない。
「と、こんな感じで、ラジアン角度を使うと、矛盾無く、シンプルに美しくまとめ上げる事ができるのですよ。どうですか国王陛下、ラジアンを使う理由が分かるでしょう?」
得意満面のドヤ顔を浮かべながら、斉藤先生がレオ吉くんに迫る。
「あ、あっ、はい、そうですね。ボクもそう思います」
その気迫にレオ吉くんが押し負けた。
どうやらこの授業でレオ吉くんは空気を読む事を、ちょっとだけ身につけたらしい。
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