ランチを火星で 2

 僕らの前に、前菜のサラダが運ばれてきた。

 運んできたのは、作った張本人のテツちゃんだ。


「おう、おまえら食べて見ろ」


「い、いただきます」


 脅されるように、僕らはサラダを口に運ぶ。すると、野菜の香りがあふれ出す。

 ほどよい歯ごたえと風味を残し、あっという間に口から胃へと消え去った。


「なにこれ美味しい!」「ウマイ!」「こんなの初めて」


 そこら中から賞賛の声が上がる。


 褒められてテツちゃんは少し照れくさそうにして、こう言った。


「おかわりはあるからよ、たくさん食べな」


 そういうと、あちこちから、


「おかわりお願いします」「こちらにも下さい」「こっちにも」


 と、イナゴの群れに襲われたように、サラダはあっという間に食い尽くされた。



 しかし、食べ盛りの僕らはサラダだけでは物足りない。

 ミサキの無言の催促も、だいぶ音が小さくなったが、まだ続いている。


 そこへ、大皿のトマトグラタンが運ばれてきた。

 これを運んできたのは、やはり作った本人である、ヤクちゃんだ。


「腹がへっただろ、コレでも喰らいやがれ!」


 料理がテーブルに置かれると、すぐに良い匂いが漂ってくる。

 トマトとチーズの見た目、そして香りと共に、グツグツと食欲をそそる音も聞こえてきた。


「ぐるるぅぅ~」


 ミサキの腹がまた鳴った。


「HAHAHA、早くたべな!」


 ヤクちゃんが大笑いしながら、グラタンを一人一人によそう。

 伸びきったチーズが切れる前に、ミサキはグラタンを口にほうばった。


「あつい、うまっ! あつつ、おいしい!」


 そんなミサキの食べ方をみて、ヤクちゃんは涙を流しながら笑っていた。


 僕はよく冷ましてから口にいれる。すると、野菜のうまみを凝縮したような濃厚な味わいで、口の中が埋め尽くされる。


「すごく美味しい」


 思わず本音が口から出る。クラスメイト達も次々と本音が漏れてくる。


 そんな僕らの様子をヤクちゃんは腕組みをしながら見ている。その表情はとても満足そうだ。



 僕らの腹が一通り膨れると、姉ちゃんがこんな事を言い出した。


「あなた達、豆から採れる肉を食べてみる気はない?」


「たべたいです」「たべてみたいです」


 豆から採れる肉は、まだ作られたばかりで市場には流通していない。あの見た目はちょっと不気味だったが、一度は食べて見たい。


 あちこちから「食べたい」と、声が上がるが、姉ちゃんはあまり浮かない顔をしている。


「あんまり美味しくないかもしれないけど、まあ食べてみてよ」


 そう言うと、こんがりと網目模様の焼き目のついたフィレステーキが、僕らの前に差し出された。


 先ほど、グラタンを食べ尽くしたミサキが真っ先に食らいついた。


「柔らかくて美味しい」


 その言葉を受けて、僕もステーキを食べてみる。

 柔らかい赤身の肉、美味しいのだけど、今までの料理と比べると、ちょっと物足りない。


「たしかに美味しいけど……」


 クラスメイト達の反応も僕と同じような感じだった。

 これは、うまいのだが、絶賛するほどではない。ごくごく普通の味わいだ。



「やっぱりそうよね、普通だよね」


 姉ちゃんが、予想道理といった感じの反応をした。

 僕は、少し物足りない理由が分かったので、姉ちゃんに言ってみる。


「ちょっと肉の脂のうまみが足りない気がする」


「そっかー、やっぱりそう感じるかー」


「脂身を足せないの?」


「ちょっと難しいんだよね。やっぱ植物だから、肉の脂身というより大豆油になっちゃうのよ」


 そんな会話を聞いていたジミ子が姉ちゃんに質問をしてきた。


「和牛独特の旨みは出せないのですか?」


「うん、ちょっと難しいのよね。出来ない事もないけど、あの旨みを出そうとすると、ステーキ一枚で10万円くらかかっちゃうの」


「じゅ、10万円、それは無理ですね」


 ジミ子は大変驚いた様子だ。たしかに、ステーキ一枚に10万円は出せるわけがない。



 姉ちゃんは僕らの感想を聞いて、少しガッガリしていると、カーリーが姉ちゃんを励ましにやってきた。


「やっぱり和牛の旨みは特別なんだよ、特別な肉を作る生産者に敬意を払おうぜ」


「ああ、うん、そうよね」


 僕は姉ちゃんがガッカリしている理由がいまいち分からない。それは、わざわざ大豆から特別にうまい肉を無理矢理に作らなくても、肉屋でそれなりの和牛の肉をを買えば済む話しだからだ。


 僕は、なぜ姉ちゃんがそこまで悩んでいるのか聞いてみた。


「どうしてそんなに悩んでいるの? 無理して作らなくても、今まで通り和牛を買って食べれば良いんじゃないの?」


「それがね、チーフ宇宙人ができるだけ殺生をしなくて、『動物と共存できると最高だよネ』って言い出してね。食肉とかを完全に切り替えようと、色々とやっているんだけど、宇宙人の技術を使っても難しくてね」


 そこまで言うと、カーリーがさらに問題点を指摘する。


「牛とか豚とかは、金が儲ける為に飼われている。食肉用の動物は、出荷時期が来ると潰して食う。

 まあ当然なんだが、もし『動物を殺すのを禁止』にすると、金かけて動物に餌をやっても出荷できない。つまり金が入ってこないワケだ。そうなると飼育業者も潰れて、家畜たちは飢え死にする」


「まあ、うちらが飢え死にする前に、慈善事業で引き取っても良いんだけど、それだと根本的な解決にはならないんだよね」


 姉ちゃんが頭を抱えながら答える。


 なるほど、確かにその通りだ。この問題は簡単に解決しそうにない。



 僕も悩んでいると、ミサキから大きな声が上がった。


「あっ、しまった!」


「どうしたの?」


「宇宙人の栄養摂取阻害薬えいようせっしゅそがいやく飲むの忘れた、また太っちゃう」


「……まあ宇宙人のダイエット薬を使えば良いんじゃないかな」


「あれ、ちょっと高いのよね」


 僕はだらしないミサキの腹を想像した、するとあるアイデアが思いついた。


「姉ちゃん、牛から脂身だけを脂肪吸引して、豆の肉に入れる事できないかな?」


「なるほど後から脂を追加する成型肉ね。良いアイデアだわ」


「成型肉ってなに? 怖そう」


 ミサキがちょっと不安そうに言った。僕は詳しく説明をする。


「大丈夫だよ、ミサキはサイコロステーキ食べたことあるでしょ」


「うん、安くて美味しいよね」


「あれは成型肉なんだよ、赤身の肉に注射器で脂を追加して霜降り肉みたいに美味しくしてるんだ」


「知らなかった…… 注射器ってちょっと怖いわね」


「それならハンバーグの方がミンチにしているんだから怖くない? それに美味しい方がいいでしょ」


「そうね、製造工程なんかより、美味しい方が良いに決まっているわ」


 どうやらミサキは納得したようだ。



「牛は脂肪を取るために生かされる、取った脂肪で肉は美味しくなる。なかなか良いアイデアだな」


 カーリーが僕を褒めてくれた。ちょっと照れくさい。


「そうね、食肉の家畜は、とりあえず何とかなりそうね。まあ食事を続けましょう。次はデザートを用意するわ」


 そういうと、今度はスイカが丸のまま出てきた。

 目の前でレーザーの包丁を入れると、汁があふれ出す。

 切り分けられた後、僕たちに配られた。


 ミサキは切り立てのスイカにがっつく。


「これも美味しいわ、塩なんて要らない」


 僕も食べてみると確かにシロップをかけたように甘い。

 しゃくしゃくと味わっていると、テツちゃんとヤクちゃんとカーリーが揉めていた。


「スイカは塩だろう」

「なんで塩なんかかけるんだ、砂糖をかけろよ」

「スイカといえばレモンでしょ」


 火星での争いの火種ひだねは絶えない。


 僕らは食事を作ってくれた囚人さん達にお礼を言うと、地球へと帰宅をした。

 是非ぜひ、また食べたいが、場所が場所だけに、次の機会はなさそうだ……

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