ランチを火星で 1

 動物たちについてのアンケートを答えた翌日、僕らのクラスに招待状が届く。

 それは姉ちゃんからの招待状で、アンケートのお礼をかねてランチをおごってくれるというものだった。


 姉ちゃんがおごるという話しなので、大した事はないと思っていたのだが、その内容は衝撃的だ。普通のランチではなく、火星の刑務所でのランチだった。


 参加の可否は自由だったが、クラスメイト達は一人残らず参加する事となった。



 そして数日後。その日はやってきた。


 いつもの用に設置された『どこだってドア』から、警官姿の姉ちゃんが現れた。


「はい、それではこれからみんなで火星に行きましょう」


 姉ちゃんの指示通り、僕らは後に付いていく。



 火星までの道はあっという間だった、様々な大きさのドアを4つほど通り抜けると、僕たちは火星の地を踏んでいた。


 赤茶けた大地、濃い青色の空、そして火星に似つかわしくない広大な緑の畑。

 気温は少し高めで、おそらく植物に合わせているのだろう。

 重力は地球の3分の1ほどなので、かなり軽い。



 姉ちゃんと担任の墨田先生は、僕たちの人数を確認して、火星の大地の移動を開始する。

 あちこちをキョロキョロと見ながら歩いて行くと、3分も歩かないうちに、屋外のキッチンスタジアムへと着いた。


 すり鉢状のローマのコロッセオのような舞台。

 中央のキッチンでは囚人達が忙しく料理を作っている。

 キッチンの周りにテーブルと座席が用意されていて、食器が並べられていた。おそらくあそこで食事をするのだろう。


「へー」「すごい」「広いな」


 この光景を目にしたクラスメイトの感想が漏れる。


 僕らは闘技場の中へと歩き始めると、良い匂いがただよって来た。すると、


「ぐぎゅるるるぅ」


 特大の腹の虫の音が鳴る。その音を鳴らした人物はミサキだった。

 僕が心配をして声を掛ける


「ミサキ、お腹大丈夫なの?」


「大丈夫だよ、このお昼の為に、私は朝を抜いてきただけだから」


「ああ、そうなんだ」


 あきれた、少しでもたくさん食べる気らしい……



 僕らは用意されていた席に着く、近くでは囚人達が料理をしている。

 よく見ると、テレビ番組で見た人がいた。


 銀行強盗7回、懲役140年のカーリー。

 鉄砲玉で相手方の組長のタマをとった、テツちゃん。

 麻薬取引で組織の金を持ち逃げした、ヤクちゃん。


 お互い母国語で喋っていて、僕らが分かるのは日本人のテツちゃんくらいだ。


 すると、姉ちゃんがクラスの人数分のイヤホンを持ってきて、それを装着するように促す。

 僕らは言われるがままにイヤホンを装着すると、すべての言葉が翻訳されて耳に入ってくる。



 野菜のグラタンを作ろうとしているヤクちゃんと、誰かが揉めていた。


「てめぇ、トマトグラタンは俺のレシピ通り作りやがれ。オーブンは200度で19分だぞ!」


「だまれ、トマトの扱いに関してイタリアマフィアにかなうと思ってるのか、ここは17分だ!」


 揉めている二人に対して、姉ちゃんが仲裁に入った。


「まあまあ、ここは間をとって18分にしましょう。トマトの扱いに関してどちらが上かは、また勝負で決めればいいじゃない」


「そうだな、今度勝負だ」「おう負けねーぜ」


 二人が荒っぽく拳を突きつけて、争いは一時中断した。



 一旦は静かになったキッチンだったが、すぐに違う闘争が起こる。

 こんどはサラダを作っていたテツちゃんの方でもめ事だ。


「テツ、てめえ、塩を振りすぎだろうが!」


「『減塩げんえんの塩』使ってるから良いんだよ!それよりその野菜を水から上げろ!」


 野菜を水から上げて、カットしはじめるが、どうもテツちゃんはそれが気に入らないらしい。


「なんだその切り方は、見た目が最悪じゃねーか」


「うるせぇ、腹の中に入っちまえば同じだろ」


「なんだとてめぇ、ぶちのめされてーのか!」


 いよいよ殴り合いに発展しそうな雰囲気になった時、


「ぐぐうぅ~げぎゅるぉぅる~」


 特大の腹の虫がなる。

 隣をみるとミサキが顔を真っ赤にしていた。


 しばらく間を置いて、殺気だったキッチンに笑いが起こった。


「はっはっはっ、争ってる場合じゃねーな」


「そうだな、早く作ってやらねーとな」


 揉めていたテツちゃんと、その相手は笑顔のままで作業に戻った。


 ここに居る人達は怖いが、こんなに料理に真剣な人達を僕は見たことがない。



 この後も、ミサキの無言の催促さいそくが何度か行なわれて、10分ほど経つと料理が運ばれてきた。

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