実録、火星刑務所の実体 4
火星で仁義なき闘争が開催されようとしていた。
場所は屋外キッチンスタジアム。
ローマのコロッセオのようにすり鉢状に座席が設けられていて、中央にはキッチン用品が並んでいる。
周りの座席には囚人達が集まり観戦をしている。そして、見晴らしの良い場所には姉ちゃんとレポーターの春藤アナウンサーの二人が座っていた。
「まさか、囚人同士の戦闘が料理だとは思いませんでしたよ」
春藤アナウンサーがあきれたような笑顔で姉ちゃんに語り始めた。
「まあ、ここではこういうルールになっています。平和的でしょ」
「そうですね、とても平和的です。ところであの二人の経歴を教えてくれないでしょうか?」
「いいわ、まず日本人の彼は、まあ鉄砲玉ね。敵対している組長さんに見事にとどめを刺したわ。ええと仮にテツちゃんと名付けましょう。
相手の白人の元男性は、元ラグビー選手で落ちぶれてね。麻薬取引に手を出して、さらに組織の金を持ち逃げしたの。彼はヤクちゃんと呼びましょう」
「あっ、はい」
先ほどまでは笑顔が見えていた春藤アナウンサーの顔が一気にこわばった。
「所長、取材は上手く行ってる?」
姉ちゃんに声をかけて来たのは、銀行強盗7回、懲役140年のカーリーだ。
「まあ、面白い絵は撮れているとおもうよ」
姉ちゃんは気さくに答える。
キッチンにいる鉄砲玉のテツちゃんは器用にレーザーのナイフを使い野菜をさばいていく。
麻薬取引のヤクちゃんは、グラタン皿に採れたての野菜を敷き詰めている。
たしかに、これ以上奇妙な絵は無いかもしれない。
「二人とも料理が上手いですね」
春藤アナウンサーがそういうと、カーリーが解説してくれる。
「ここには他に娯楽がないからな。楽しめるのは食事くらいなものさ」
「な、なるほど。ところであの野菜は、あの二人が栽培したものなのですよね?」
「ああ、そうだ。手塩をかけて作っている内に、どうしても情が移ってな。どうすれば上手い野菜が作れるか、そしてそれをいかに旨く食べるか。真剣になっちまうんだ」
「そうでしたか。この戦いは生産者としての誇りもあるのですね」
「そうだ、だからマズイなんて言ったら、あのナイフで刺されちまうぜ」
すると姉ちゃんが会話に割り込む。
「またまた、冗談きついんだから」
「違いねえ」
カーリーと姉ちゃんはHAHAHAと愉快に笑う。
「すいません。あのナイフは大丈夫なのでしょうか? 危険なのでは?」
春藤アナウンサーの言葉を受けて、カメラはヤクちゃんの料理シーンを映す。そこには堅そうなカボチャをレーザーナイフでサクサクと切っているヤクちゃんがいた。
姉ちゃんが答える。
「まあ、確かに囚人だからね。その気持ちはわかるわ。だからここでは普通の刃物は禁止。使えるのはレーザー製のナイフだけよ」
「いえ、普通のナイフよりも、あのナイフの方が危険なのでは?」
そこまで言いかけた時だ、カーリーがいきなり懐からレーザーナイフを取り出し、春藤アナウンサーの脇腹を刺した。
「えっ、なんで、いきなり、そんな」
そんな春藤アナウンサーに姉ちゃんはダメ出しをする。
「それじゃあ、ドラマの出演依頼は来ないわよ」
こんどは姉ちゃんがレーザーナイフを出してカーリーを刺す。
「グフゥ、ややられた。犯人はしょ、所長……」
そういって地面に倒れ込んだ。
「ほら、このくらいのリアクションを取らないと」
「えぇ、なっ、刺されて?」
春藤アナウンサーが混乱していると、カーリーがむくりと起き上がった。
「ノリが悪いな、ほら、こういう理由だぜ」
カーリーが試しにナイフに手を当てる。すると、手に当たる部分のレーザーが消えて無くなる。
どうやらこのレーザーナイフ。安全装置のようなものがあり、人体は切れないようになっているらしい。
「驚かさないで下さい」
ほっぺたを膨らまし、春藤アナウンサーが二人を叱る。
「ごめんごめん」「かんべんしてくれ」
笑い合う三人。この三人がコントをしている間に料理ができあがったようだ。
姉ちゃん、春藤アナウンサー、カーリーの前にサラダが出された。
トマトとレタス、あとはキュウリとアスパラガス。一般的によく見られるサラダだが、野菜が鮮やかで旨そうにみえる。これ作ったのは鉄砲玉のテツちゃんだ。
「さあ、食べてみてくれ」
まず、姉ちゃんが手を付けた。
シャキシャキと歯切れの良い音をさせて食べた後、一言、
「おいしいね。さすが」
非常に短いコメントを発する。
つづいて今度はプロのレポーター、春藤アナウンサーだ。
「なにこれ、みずみずしいです。甘いです。糖度計でトマトを計ってみましょう」
春藤アナウンサーがどこからか糖度計を取り出すと計る。
「数字は…… 12です。梨や桃くらいの糖度です。一般的なトマトは5くらいと言われてます」
具体的な数字を出して視聴者にアピールする。さすがはプロのアナウンサーだ、表現力が違う。
続いてカーリーがサラダを食べて、感想を言う。
「野菜はいいけど、ちょっと塩気が多いね。あと、ドレッシングの酢も合ってない、米酢をやめてバルサミコ酢を使ってみれば」
プロよりプロっぽいコメントを言った。
「おう、そうだな。今度試してみるよ」
テツちゃんは律儀に言われた事をノートにメモった。
ちなみに使用しているノートはボロボロで、かなり使い込んでいそうだ。
サラダを食べ終わると、今度はヤクちゃんの料理が出てくる。
「オレのベジタブル、シカゴピザを食べてくれ」
深めのグラタン皿には、色とりどりの野菜がみっちりと敷き詰められ、上からトマトソースとチーズがふんだんに掛けられている。かなりボリュームがあり旨そうだ。
まず、姉ちゃんが切り分けて、一切れ口に頬張る。
「うまい。ナイス!」
姉ちゃんのコメントは極めて単純だ。
つづいて春藤アナウンサーがコメントを言う。
「おいしいです。ジュワッと野菜のうまみがあふれ出てきますね。チーズとの相性が最高です」
絵に描いたようなグルメレポートのようなコメントだが、この番組はあくまで刑務所の取材レポートだ。
続いてカーリーが味わった上で、意見をのべる。
「ちょっとチーズが多すぎだ。せっかくの野菜の風味を壊してる。
すこしチーズを減らして、代わりにオリーブオイルを使ってみればいいんじゃないか。
あと熱を通しすぎ、彩りも考えた方がいいぜ」
「わかった、オリーブオイルと熱加減と彩りだな」
ヤクちゃんも年季の入ったノートを取り出し、丁寧にメモをする。
二人の料理を食べ終わった後、姉ちゃんが春藤アナウンサーに話しを振る。
「さて、どっちの料理が美味しかった?」
「うーん、甲乙付けがたいですね。引き分けでもいいでしょうか?」
「オッケーよ、じゃあ、二人とも仲直りの握手をして」
テツちゃんとヤクちゃんが中央に進み出て、荒っぽい握手を交わす。
「お前のシカゴピザ、なかなかだったぜ」
「お前のサラダもな、盛り付け、最高だったぜ」
互いを讃えあうと。周りの囚人からは拍手が上がった。
番組の最後に、春藤アナウンサーが強引にまとめに入った。
「どうでしょうか、これが火星の刑務所の実態でした」
真面目な顔をしている春藤アナウンサーの後ろでは、作った料理をにこやかに周りに振る舞う囚人達の姿が……
そしてスタッフロールが流れ始める。
番組を見終わって、ミサキが感想をポツリともらす。
「おいしそうだった」
刑務所の番組を見終わった感想が、それなのはどうかと思ったが。まあ、たしかにアレはすごく旨そうだった。
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