実録、火星刑務所の実体 1

 第11回目の改善政策の発表がされたが、その内容は『火星の刑務所』という話しだった。高校生の僕たちは刑務所に興味は無い。特に話題にあがることもなく、忘れかけていた。



 そんなある日、ジミ子があるテレビ番組を見つける。


「ねえ、テレビ番組表を見た?」


「いや、見てるけど、なんか気になる番組でもあったのかよ」


 ヤン太がそっけなく返事を返す。


「これよ、これ、気になる番組があったの」


 ジミ子がスマフォをみんなに見せると、そこにはこんなタイトルがあった。


『実録、火星刑務所の実体』


「へえ、火星の刑務所のドキュメントなんてやるんだ」


 僕がそういうと、ジミ子は意外な事を言う。


「お姉さんも出演するみたいだよ」


「えっ、刑務所の署長って名義だけ貸してるんじゃないの?」


「CMの動画を見たけど、ちゃんと運営にも関わっているみたい」


 なんという事だろう。あの姉ちゃんが刑務所の所長として仕事をしているらしい。

 大丈夫だろうか、囚人の方々は……



 僕の心配とは反対に、ミサキは逆に姉ちゃんの方を心配している。


「大丈夫かな、相手は重犯罪者でしょ……」


 とりあえず僕はミサキを安心させる。


「ま、まあ、なんとかなるんじゃないかな、たぶん」


 すると、突然ジミ子のスイッチが入った。


「そうよ、あのお姉さんなら何でもできるわ! みんなで番組を見てみましょう」


 こうして僕らはテレビ番組を見る事になった。

 しかし、ジミ子の中で、うちの姉ちゃんの評価はどうなっているんだろうか……



 夕方、僕の家のリビングにみんなが集まった。

 その目的は『実録、火星刑務所の実体』という番組を見るためだ。


 僕は刑務所には全く興味は無いが、火星という場所は気になる。

 宇宙人は火星にどのような基地を建てたのだろうか。



 番組が始まると、春藤はるふじアナウンサーと、いきなり姉ちゃんが画面に映る。

 姉ちゃんは警官の格好をしているが、その姿は安っぽく、コスプレにしか見えない。


「はい、こちら火星の刑務所です。今日は刑務所の実体をお伝えしようと思います。

 画面では伝わりませんが、重力が地球の3分の1ほどとなっており、非常に体が軽いです。

 そして、本日は若手実業家であり、この刑務所所長を務とめている笹吹ささぶき あやかさんにご出演願いました」


「本日はよろしくお願いします。本日は火星の刑務所を心行くまでご覧ください」


 姉ちゃんが笑顔で挨拶をするのだが、刑務所は観光地ではないのだから、もう少し言い方があるんじゃないだろうか……


 そんな事をお構いなしに番組は進む。



「まず、この火星の刑務所はどのような場所に建てられているのでしょうか?」


 春藤アナウンサーの質問に姉ちゃんが丁寧に答える。


「この場所は巨大なクレーターの内部ですね。なぜこの場所に建てたかといえば、くぼんでいるので砂嵐の影響を受けにくいのと、ここの地下に水が確認された事によります」


「水があるんですね。火星に水はどのくらいあるのでしょうか?」


「全体ではまだ把握していませんが、少なくともこの場所には十分にありますね。われわれはまだ一部しか使用していませんが、埋蔵量は1.43万立方km以上あるそうです」


「何やらすごい単位が出てきましたが、具体的にはどのくらいなのでしょうか?」


「北米最大の湖、スペリオル湖が約1.2万立方kmと言われてますね、つまりそれ以上です」


「なるほど、すごいですね、十分です」



 テレビを見ていたヤン太がつぶやく


「スペリオル湖ってどこだよ?」


 キングが直ぐに詳しい情報を調べてくれる。


「USAの五大湖の一つだな、面積は4,393平方km、平均水深149m、最大水深406m」


「湖の水深が406mなのかよ、どんだけ水があるんだ?」


 ヤン太が驚くと。キングが分かりやすく解説してくれた。


「ええと、琵琶湖の貯水量が27.5立方kmだから、およそ琵琶湖436杯分かな」


「……ああ、そう」


 ヤン太があきれながら返事を返した。

 火星と言えばカラカラな砂漠のイメージがあったが、地下には水はふんだんにあるらしい。

 琵琶湖でさえ対岸が見えない海のような場所なのに、いったいどうなっているんだろうか……



 あきれる僕らをよそに、テレビは淡々と進む。


「今日は何を見せてくれるのでしょうか?」


「まずは就労エリアをご紹介しましょう。私たちはここで試験的に農業をしております」


「火星で農業ですか? それは楽しみです見せてください」


「はい、ではこれで移動しましょう」


 いつの間にか姉ちゃんの後ろには、移動の為の『どこだってドア』が設置してあった。


 姉ちゃんは慣れた様子でドアをくぐり抜けて行く。


「では私たちも移動します」


 春藤アナウンサーがマイクを片手に身構えて後を追う。



 ドアを抜けると、そこは小麦畑が広がっていた。

 緑色に広がる大地。地球上と違うのは所々に立っている柱と、ガラス張りの天井。

 所々で囚人とおぼしき人とロボットが作業を行なっている。


 天井までは20メートル以上はありそうで、閉塞感はまるでない。

 そしてガラス越しに見える空は、意外にも青かった。


「ここは広いですね」


 春藤アナウンサーがそう言うと、カメラは周囲をグルッと一回り映し出す。

 一面、海のように緑が広がっているが、刑務所につきものの壁らしき物は見当たらない。

 まあ、外壁にあたる部分には、ガラス張りの壁があるのだろうけれど。



 姉ちゃんがこの場所を詳しく説明する。


「非常時はシャッターのようなものが降りますが、普段はこのように開放的な緑の大地が広がっています。

 まだ建設途中ですが、完成すると半径約4.5kmの円形状の施設になります。

 上をご覧になるとわかりますが、温室のような作りです。所々にスプリンクラーとヒーター、照明を備えていて植物に適した環境を作り出す事が可能です」


「なるほどそうですか。半径4.5kmだと、およそ63平方km。山手線の内側がおよそ63平方kmと言われていますから、その大きさが分かると思います」



 僕はかなり大きな農地だと思ったのだが、ミサキが想定外の事を言った。


「ふーん、山手線って意外と狭いんだね」


「あ、うん、そうか。山手線って半径4.5kmの円と同じなのか」


 予想外の発言に僕は軽く混乱をした。



 春藤アナウンサーは姉ちゃんから更に詳しい話を聞き出す。


「土は火星の土なんでしょうか?」


「普通の火星の土ですね。もちろん肥料や保湿剤などは追加しております」



「囚人のはどういった作業を行なうのでしょうか?」


「囚人本人の農作業だけではなく、作業の内容などロボットへの指示も行ないます。ロボットは指示を受ければそれに従いますが、指示を与える司令塔となる人物が必要となります」



「ここではどのような作物を育てていますか?」


「ほぼ全ての作物を育てていますね。宇宙人が品種改良を行なったものや、既存のままの品種もかなりあります。基本的に取れない野菜はないと思って構わないです」


「なるほど、ここは小麦しか見えませんが、ほかの場所でもこういった風景が広がっているのでしょうか」


「ここは共同作業で育成を行なうエリアなので整然と畑が広がっていますが、個人管理のエリアもあり、そちらはもっとゴチャゴチャとしていますね」


「個人管理ですか?」


「ええ、囚人ひとりひとりに一定区画の面積を与えて、そこでは何の作物を育てるか、肥料のタイミング、水の量、収穫時期の判断、すべてを囚人が責任をもって管理してもらってます」


「なるほど、囚人はある程度は自由に農業をできるわけですね。よくわかりました」



 一通り説明が終わると、姉ちゃんの案内でまた移動を開始する。


「それでは次は居住区を案内しましょう」


 いよいよ番組に凶悪犯の囚人達が出てくる。

 姉ちゃんと撮影班は大丈夫なのだろうか……

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