ファッションセンター

 放課後、いつものメンバーが集まり雑談をする。

 僕はとても他の女子には聞けない質問を、ミサキとジミ子へ聞いてみた。


「体育の授業の時、その、胸とか痛くないの?」


「やっぱり痛いよね、ツカサの大きそうだったし」


 ミサキが質問に答えてくれた。


「女子はどうしてるんだよ、我慢してるのか?」


 ヤン太も気になるらしい。するとミサキはこう答えた。


「ブラジャーを付けてないからだよ」


「そんなに違うものなの?」


 僕が疑問をぶつけると、


「かなり違うよ。まあ、私は付けなくても大丈夫だけどね……」


 ジミ子が自虐的じぎゃくてきに言う。ジミ子の胸は、まあ、小さい。確かに付けなくても何とかなりそうだが……



 すこし暗い雰囲気になったので、話題を切り替えるようにミサキは言った。


「まあまあ、じゃあ試しに付けてみれば。」


「えっ、俺らがブラジャーを?」


 ヤン太がドン引きをしている。まあ分からなくはない。


「付けてみれば分かるって、今日ためしに行ってみようよ」


 ミサキが僕の手を引いて連れ出そうとする。


「まって、女性用の下着っていくらくらいするの? あんまりお金がないんだけど」


 僕は適当な理由を付けて断ろうとした。


「安いのだと1,000円から1,500円くらいかな。まあまあのヤツで2,000円くらい。大丈夫でしょ?」


「あっ、うん。そのくらいなら持ってるよ」


 そんな返事をしてしまったら、僕らは強引につれだされた。



 学校をでると、僕らは校外にある『ファッションセンターしまぬら』にたどり着く。こんな場所でも女性用の下着を売っているとは知らなかった。


 女性下着はデパートなどで売っている印象が強かったが、ああいうのは高級ブランドだけらしい。

 普段使うようなやつは、この『しまぬら』で十分だそうだ。たしかに、特に僕らは人に見せる訳でもないので安いヤツで十分だろう。


 店に入るなり、キングが入り口の脇のベンチに座る。


「俺はNot for me要らないから、みんなで見てきなよ」


 そういって携帯ゲーム機のネンテンドー3DOSを取り出して遊び始めた。

 確かに、キングの体型では不必要だろう。

 僕とヤン太は生まれて初めて女性向けの下着コーナーへと立ち入った。



 下着コーナーは様々な色や形のものが置かれている。肌色で地味なものから派手な色で飾りがついているもの。ミサキの話では値段は安いものから高いものまであるらしいが、相場が全く分からない。


 女性用の下着コーナーを学ランを着た元男子が歩き回る。この状況は予想したとおり、とても恥ずかしい。まともに周りを見てられない。


 この状態はヤン太も同じようだ。顔を伏し目がちにジミ子とミサキの背中をただついて行くだけだ。



 ミサキとジミ子はこんな環境でも楽しんでいる。

 アレが似合うんじゃないか、こっちの方がカワイイとか会話がはずんでいた。


 そこへ救い主が現れた、こんな看板が目に入る。


『元男性のための胸サポーターあります』


「こっち、こっちを見てみよう」


 僕はヤン太の腕を引っ張り、そのコーナーへと逃げ込むように移動した。


 女子の二人は、「えー」「こっちのほうがいいよ」とか言っていたが、そんな事を聞いている暇はない。



 元男性のためのコーナーへとたどり着く、そこには地味な色の『胸サポーター』が並んでいるのだが、形をみる限りでは先ほどの女性用と見分けが付かない。ミサキとジミ子も区別は付かないようだ。


 そこら辺で商品の補充をしている店員さんを捕まえてミサキが質問をする。


「ところでこの男性用のブラジャーって女性用どう違うんですか?」


「何も違わないですよ、こういったものは男性にはとっつきにくいようなので、おとなしい色とデザインのものを集めただけのコーナーですね」


 店員さんはしれっと答えて去って行った。


 そうか、違いはないのか……

 おそらく売り上げアップの為に、こんなコーナーができたのだろう。

 僕たちはまんまとだまされた。『しまぬら』は、なかなか商売が上手いらしい……



「もうどれでも良いから早く決めて帰ろうぜ」


 女性用下着コーナーのプレッシャーに耐えられず、ヤン太が折れた。

 まあ、その意見には賛成だ。

 あれやこれやと時間をさかれて精神力が削られていくより、とっとと退場した方がいいだろう。


「お客様、こちらが当店で一番の売れ筋になっておりますよ」


 ジミ子がふざけて店員の振りをして商品を勧めてくる。


「ああ、もうそれでいいよ」


 ヤン太は完全にヤケだ。ピンク色のフリルがついたものをOKしてしまった。


「お客さん、バストサイズはいくつでしょ」


 ジミ子の悪ふざけは続く、僕らがバストサイズなど知るわけがない。


「……どうやって計るんだそれは?」


 ヤン太が困った顔をすると、ミサキが詳しく解説をしてくれる。


「アンダーとトップの差、まあ、胸囲を測れば分かるよ。やってみようか」



 ヤン太が更衣室に入り、シャツ一枚になった。


「どうでもいいから早くしてくれ」


 胸囲を測る為に両腕を上げる。ミサキが備え付けのメジャーを使ってサイズを測った。その数値を元にバストサイズが分かる表をチェックする。


「ええと、トップがこれで、アンダーがこうか、それだとBカップか。私と同じだ……」


 これを聞いていたジミ子がいきなり切れた。


「ちょっと待てや! 脱げ、シャツを脱げ」


「ええぇ、ちょっと待てよ」


 ただならぬ気迫に押されてヤン太が急いでシャツを脱ぐ。

 ジミ子がメジャーで正確な胸囲を測りだした。


「ええとトップがこうで、アンダーがこれか。……たしかにBカップだ。

 私よりでかい。私はAAカップ……」


「AAってなんだ? Aより上か?」


 訳の分からない単位に、ヤン太がおそるおそる質問をする。


「Aより下だよ! こっちは毎日牛乳飲んだり色々と努力してるんだぞ。

 それを一週間足らずで私を抜きやがって。」


「お、おぅ、なんかスマン」


 鬼気迫るジミ子にヤン太は平謝りだ。

 バストサイズがからんだジミ子はヤンキーよりも恐ろしかった。



 こうして何とかヤン太のブラジャーが決まる。

 すると次は僕の番だ。


「ツカサはどんなのが良い?」


「地味なのでいいよ、肌色とか黒とか」


「肌色はないかな。黒のほうが良いよ」


「じゃあ黒で」


「いきなり黒とはなかなかお目が高い」


 今度はミサキが店員の振りをしてふざけてきた。



 今度は僕が更衣室に入り、バストサイズを計って貰う。

 シャツごしといえど、これはなにか恥ずかしいものがある。


「ええと、トップがこれで、アンダーがこうか…… ちょっと店員さん呼んでくる」


 しばらくするとミサキが店員さんをつれてきた。


「バストサイズの計測をお願いします」


 ミサキのいい加減な計測ではなく、どうやらきっちりと計るらしい。


 店員さんの正確な計測を経て、僕のバストサイズが分かった。Eカップらしい。

 ミサキのよりでかいらしいが、このサイズはどうなのだろうか?

 とりあえず聞いてみる。


「ミサキ、このサイズってどう? けっこう邪魔じゃまになると思うんだけど」


「邪魔ですって、そこに正座しなさい!」


 こんどはミサキが切れた。

 僕は更衣室で正座させられた上で20分ほどバストが女性に関して何たるかという説教を受けた。


 しかしなんで説教をされるのか全く分からない。

 これなら宇宙人の理屈や考え方の方がまだ分かる。

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