もう一つの問題

 この第二回目の『男女間の差別の撤廃』にはもう一つ、問題点があった。

 それは施行の翌日に気がつく。



 3時間目の体育の授業に備え、体操着に着替えようとした時だ。

 体育担当の鈴山すずやま先生がやってきて、こう言った。


「お前ら、いままで男女は別々で着替を行ってたけど、これからはこの教室で一緒に着替えろ」


 体育の授業は隣のクラスと合同で行う。

 いままでは男子はこのクラスで、女子は隣のクラスで着替えを行なっていたが、それが撤廃されるらしい……


 すぐ女子からブーイングが上がった。


「嘘でしょ」「えー」「ふざけんな」


 まあ、当たり前だろう。

 女子は元男子に着替えを見られたくないし、元男子も女子の着替えが気になってしょうがない。


 鈴山先生は、そんな女子の声をはね付ける。


「昨日、文科省から通達が出てしまった。この政策に逆らうと基本的には『国家反逆罪』にあたるそうだ」


 この一言を聞いた女子は黙り込む。


 昨日のトイレの件はみんな知っている。

 その場にいた者はもちろん、居なかった人も噂は聞いているはずだ。


 違反者には『無期懲役、または死刑』というとんでもない罰を受けるという話も、もちろん広まった。


 しかし、本当に『国家反逆罪』になってしまうとは、うちの国の政府は、もうちょっと妥当な罪を提案できなかったのだろうか、ちょっとだらしない気がする。



「早く着替えましょうよ」


 ミサキがそう言うなり、思い切りよくシャツを脱いだ。


「そうよね」「もう女子しかいないし」


 他の女子もそれに続き、次々とシャツを脱いで下着姿になっていく。


「ええぇ」「ちょっと」「マジかよ」


 元男子の方が萎縮いしゅくする。この光景はちょっと、刺激が強い。


「ほら、あんた達も脱ぎなさいよ」「見てないで脱げ脱げ」


 女子にせかされて、元男子は恥ずかしそうに服を脱ぎだした。


 なんだこの光景は、普通は逆じゃないだろうか?



 着替えている途中にジミ子がヤン太を見ながらこう言った。


「男子、ブラジャー付けてないじゃん」


 当たり前だ。ふつうは付けない。


「ブラジャー付けないとダメだよ」


 ミサキも僕に注意をしてきた。

 いや、女性用の下着は要らないだろう。死んでも身につける機会は無さそうだ。


 僕らは混沌とした着替えを何とか終えると校庭へと飛び出す。




 体が本格的に女性化しての体育は初めてだ。


 僕らはまず、最初に整列の順番を変える。

 いままで背の順でこれからも背の順に並ぶのだが、この1週間で大きく高さが変わってしまったからだ。


 大体の背の大きさで別れてから、細かく順番を変更して行く。


 僕はあまり背が縮まない方だったらしい、全体から見ると少し後ろの方へと移動した。

 ヤン太は元々小さい方だが、今回の出来事で最前列へと移動した。

 これは思いっきり縮んでしまったのでしょうがない。最前列は嫌なのだろう、少し悔しそうな表情をしている。


 そこからは、いつも通りの授業が始まる。

 まず準備体操を初めて、次は軽いストレッチをする。


 ストレッチの作業は二人組で行なわれる。

 背中合わせで、お互いを持ち上げて、背中の筋を伸ばしたり、足を広げて背中を押しだりする柔軟体操をする。


 男子同士のはずだが、変な気遣いが生まれていた。

 あちらこちらで、


「あっごめん」「すまん」


 と、あちこちで声が上がっていた。

 僕も柔軟体操の相方の体の柔らかい部分を触ってしまい、何度か謝った。



 だが、このくらいはまだ良かった。

 準備運動を終え、グラウンドを2週しようとしたときだ。

 走り出すと胸が暴れ出す、引っ張られて痛い。


「いてぇ」「なんだこれ」


 走り出して直ぐに、ほとんどの元男子が立ち止まるほど、それは痛かった。


 そんな元男子の横を、女子は颯爽さっそうと走り抜けていく。

 あいつらは一体どうなっているんだろう、超人なのだろうか。



 その後、授業は球技のサッカーになる。

 体の大きさが急激に変わった事で軸がずれてしまったのか、これはみんな酷い出来だった。ボールをやり取りしている本人が一番よく分かる。

 みんな苦笑いを浮かべながら、稚拙ちせつなボールのやり取りを繰り返す。



 そして、なんとか新たな体になれてきた頃、授業が終了となる。

 教室への帰り際、ヤン太とキングに声を掛けてみる。


「体育の時、胸は大丈夫だった?」


 まずはヤン太に聞いてみた。


「痛かったぜ、ツカサは特にでかそうだから大変そうだな」


「えっそうかな。まあ確かに大変だったけど……」


 自分の胸を改めて見る。ヤン太と比べると結構大きな気がする。

 ただ、これは運動を行なう上でそうとう邪魔になった。かなり不便としか言い様がない。



「キングはどうだったよ?」


 ヤン太は今度はキングに話をふる。


「俺はあまり体型は変わってないから、いつも通りだな」


「あっそう」


 キングは相変わらず樽のような体型をしていた。

 あまり変化のないキングの体型がうらやましい。

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