男女の障壁

 5時間目の国語の授業に入る、今回も授業を無視して宇宙人対策会議を開こうとした。すると、女子から


「ちゃんと授業をしてください」


 とクレームが入った。


 まあ、確かに。いまのところ女子に被害は出ていない。

 女子にこんな会議は不必要なのかもしれないが、僕ら元男子にはこの時間は必要だった。


「すまん、ちょっとだけ、10分だけで良いから時間をくれないか」


 担任の墨田すみだ先生が女子を説得して、少しだけ時間をもらう。



「さて、今週の改善政策、改正案の方は大したことなかったが、質問でまずいことが分かったよな」


 誰かがなげくように答えた。


「女性の男性化は不可能だと……」


「ああ、まあ、覚悟はある程度はしていたが……」


 墨田先生が言葉を濁すと、あちこちでため息が聞こえてくる。


 そんな中、ヤン太は手をまっすぐピシッと上げた。何か意見があるらしい。


「なんだ、ヤン太、言ってみろ」


 墨田先生がヤン太に発言を促す。


「先週のあの時、『男性が溶かされた』と聞いたとき、俺は死ぬんじゃないかと思いました。」


「まあ、確かに。先生もその結果は頭によぎったよ」


 僕もそれは思った。宇宙人は『溶かす』とか『男性に消えてもらう』とかヤバい言葉をならべていたので、下手をすると大虐殺が始まるかと覚悟をした。


「でも、こうして無事に生きています。生まれ変わったと思って、これから前向きに生きていくしかないと思います」


 この発言をうけて、クラスは拍手に包まれる。

 たしかにヤン太の言うとおりだ。いつまでも塞ぎ込んでてもしかたがないだろう。

 僕の中でも何かが吹っ切れた気がした。


「たしかにそうだな。開き直って生きていくしかなさそうだな。じゃあ普通の授業をするぞ」


 墨田先生は授業を再開する。

 いつも通りの授業だが、入学して初めての授業の時のように、新しい何かがそこにはあった。




 5時間目の授業が終わり、僕ら元男子はトイレへと駆けこもうとした。

 すると、女子トイレの前でもめ事が起こっていた。


 男子トイレの方は相変わらずの大渋滞だが、その渋滞に耐えられない一部の元男子は、女子トイレを使わせろとごねている。


 そういえばたしか改善政策で『男女の差別を無くす』『トイレは共用にする』とか言っていた。


 元男子の僕らは女子トイレに入るのは抵抗がある、出来る限り使わないのが良いのだろうが、生理現象は言う事を聞いてくれない。


 ごねている元男子は内股で、その様子はかなり切迫した状況だと分かった。女子トイレを使わざる終えないようだ。


 だが、それを女子の一団は断固としてこばんでいる。

 まあ気持ちは分かる。女子トイレに男子が来たら感情的に受け入れられないだろう。


 トイレの前で口論が繰り広げられる。互いの主張は平行線だ。

 このままズルズルと時間だけが過ぎていくのかと思ったら、突然、乱入者が現れた。

 それは例のロボットである。



 ロボットが廊下の窓を開けると、音もなく入ってきた。

 トイレで口論をしている女子に向かい、警告を発信する。


「男女間の差別撤廃てっぱいにアナタは違反しておりマス。女子トイレを開放シテください」


「従わないとどうするつもり?」


 女生徒はひるまない。まだ突っぱねようとしている。


「法律違反にナリマス」


 ロボットが脅してくる。

 いや、ロボットに『脅す』という感情はないだろう。純粋に任務を全うしようとしているだけだ。



「どんな法律違反になるのかしら」


 それでも女生徒は反抗した。どこまでも突っぱねるつもりらしい。


「ソレゾレの国の憲法に当てはめられマス。

 コノ国ダト、ワレワレの国の決めごとに反抗するノデ、『国家反逆罪』相当の『内乱罪』にナリマス」


「えっ、そんな!」


 これには女生徒も驚おどろく。僕も非常におどろいた。

 せいぜい『施設の不法占拠』ぐらいかと思ったら、『内乱罪』という重罪になるらしい。



 僕は気になり、ロボットに質問をしてみる。


「『内乱罪』って罪になるとどのくらいの罰が与えられるのです?」


 その質問にロボットは律儀りちぎに答える。


「コノ状況ダト、彼女は『首謀者』にナリマス。首謀者は『無期懲役』または『死刑』デス」


「なっ、なんですって」


 女生徒が青ざめる。

 続いてロボットが最後とみられる警告をしてきた。


「このまま法律違反を続けますか? ソレナラ逮捕を行いマス」


「いえ、どうぞ使ってください」


 女生徒はあっさりと引き下がった。

 そりゃそうだ、こんな事で死刑にされたらたまったものではない。


 女子トイレを使いたかった、元男子生徒はもうしわけなさそうに中に入っていった。



 この出来事に、僕はある種の恐怖を覚えた。

 それは、もめ事を起こしたら直ぐにあのロボットが飛んできた事だ。

 つまり、この世界は監視社会になってしまったのかもしれない。

 日常生活を観察者に覗かれるのは気味が悪いものだ。



 この行動を見ていたミサキが僕に質問をしてきた。


「男女のトイレは区別がなくなったんだよね」


「うん、そうだね。違反したら大変な事になるよ」


「そうか~、ジミ子、聞いてた?」


 近くにいるジミ子を誘う。


「聞いてたけど何?」


 ミサキはジミ子の手を取ると、僕の後ろに並んだ。


「ジミ子、男子トイレってどうなってるか気にならない?」


「気になるわ。近々、男子トイレも改修工事が入るから、その前に見て置こうか」


「そうよね。今のうちに見ておかないと」


 ……招かざる観察者は身近にもいたようだ。

 やがて順番が回ってきて僕らはトイレの中に入ると、ミサキとジミ子は男子トイレの小便器に興味心身だ。


「こうするんでしょ、ツカサ」


 ミサキが小便器の前で足を広げて、男子のまねをしてはしゃぐ。


 本人はかなり恥ずかしい格好をしているのだが、気がつかないのだろうか?

 そして、その状態で僕の名前を大声でよばれると、こっちが恥ずかしい。

 まわりの元男子も、純粋な女子が入ってきた事で、すっかり萎縮いしゅくしてしまっている。


 この出来事で思い知ったのだが、男子トイレは僕ら元男子にとって安らぎの場だったらしい。

 女子が入ってきた事で、嫌でも気づかされた。

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