生まれてきて最も長い午後の時間 6

「さて、今日はもう晩ご飯にしましょう」


 母さんはいつだってマイペースのように見えた。

 食卓に買ってきた惣菜そうざいを並べる。


「スーパーにお赤飯が大量に売られていたわよ、やっぱり女の子になったお祝いは、お赤飯でいいみたい」


 いつもは手作りの品がメインなのだが、今日は購入したモノがメインとなっている。家に電話は入れたのだが、もしかして心配で、今日は料理どころではなかったのかもしれない。


 こんなことなら寄り道せず、まっすぐ帰ってきた方が良かった。母さんには少し悪い事をしてしまった。



「それではいただきます」


「「「いただきます」」」


 テレビを見ながら食事を取る。

 ニュースの中心はもちろん、今日の改善政策についてだ。


 世界中から男性がいなくなり、大混乱するかと思ったが、以外と致命的な混乱は起きていない。

 一部で自殺未遂を計った人もいたが、あのロボットがことごとく阻止をしたらしい。


 他には、交通機関が麻痺してしまった国もあったようだが、ニュースになるようなネタは、せいぜいそのくらいだ。日本は特に被害が少なく、せいぜい10分程度の電車の遅延で済んでしまっている。

 ……まあ、あんな惨事があったのに、すぐ運転を再開する日本の鉄道もどうかと思ってしまったけど、世界は以外にも平和のようだ。



 お赤飯を食べながら、僕は少し考えてみた。


 今回は全員が女性化になったわけだが、これがセクハラをした人だけが女性になったらどうなっていたんだろう。『女性化された男性』イコール『セクハラ野郎』という認識が生まれていただろう。


 そして、僕の毎朝のようにやっているミサキへのネクタイが、もしセクハラ認定をされて、僕だけ女性になったらどうなっていたか……


 そう考えると、身震いがした。そんな事になるなら、このように全員が女性化したほうが良かったのかもしれない。


 ……いや、僕は何を考えているんだ。違うだろ。

 女性化以外にも友好的な手段はあったはずだ。監視の強化や処罰の厳格化でも良かったはず。


 ……まあ、今となってはもう遅い。

『もし~だったら』という話をしを言い出したら終わらない。今は現実を受け入れよう。



「ニュース飽きたから回すね」


 姉ちゃんがテレビのチャンネルを次々と変える。

 するとバラエティでは有名なオネエの『マッコウ デブックス』が出演していた。

 恰幅かっぷくのよい人で、毒舌とフリートークが上手なタレントさんだ。


「この人、どんな事をいうのかね?」


 母さんが興味を持ったようだ。

 僕もちょっと気になる。


 今回の一件で得をしたのは、金を払ってでも女性化をしたがっているオネエの人たちぐらいだろう。女性化の手術は保険が効かず、ものすごく高いとは聞いたことがある。いくら掛かるかは想像も出来ない。


「姉ちゃん、ちょっと待って」


 チャンネルを変えるのを止めてもらう。


 テレビの中の『マッコウさん』はよくしゃべる。


「アタシね、ついていたんだけど、無くなっちゃった。

お金はそこそこ稼がして貰ってもらっててね。いつでも取っても良かったんだけど手術は痛いっていうじゃない?」


「ええ、そうですね」


「だから二の足を踏んで、いままで踏み切れなかったのね」


 女性の局アナが受け答えをしていた。

 会話の内容はちょうど気になっていた話題だ。まあ、今日はその話題しかないだろう。


「でも、気がついたら無くなっちゃってたのよ。ちょっとはピリっとはしたけどね。痛いっていうほどじゃなかったわ」


「良かったじゃないですか、痛くもなく、お金もかからなく、アレが無くなって」


「いや、それがそうじゃないのよ。わたしってさ、男の人が好きなわけじゃない?」


「そうですね」


「それが居なくなっちゃったのよ、好きだった男の人の存在自体が。

 もう『ふざけんじゃないわよ』って感じよ」


「そうなんですか。それは災難でしたね」


 受け答えをしている局アナは、極めてやる気のなさそうな返事をしている。


 しかし、まあ、今回の一件ではオネエも大変だという事は分かった。彼女?達も被害者らしい。



 そういえばオネエで思い出したけど、宇宙人は、アレがなくなっただけではなく『骨格が変わる』とかも言っていた気がする。


 しかし、成長途中にある子供ならまだしも、すでに第二成長期を過ぎた僕たちはそんなに骨格が変わるとは思えない。


 男性の人が女性ホルモンを撃って、胸や尻が女性のようになっても、やはり男性的な骨格までは変わらないのと同じだろう。


 そんな中途半端な体型はイヤだが、変わらないモノはしょうがない。

 あきらめるしかない。おそらく人類の半分がそんな感じになるのだろうから。



「お母さん、おかわり。たまにはお赤飯もいいよね」


 姉ちゃんがおかわりを要求している。

 まさかこの姉は、また『お赤飯が食べたい』とか些細な理由で、今回みたいな騒ぎを起こさないよな……



 こうして長い長い一日は終わった。

 そして僕らの新しい日常は始まりを告げた

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