生まれてきて最も長い午後の時間 5

 僕は姉ちゃんに聞いておきたい事があった。

 もちろん今日の一件に対してである。


 宇宙人がなぜセクハラ対策をしに乗り出したのか、姉ちゃんはどこまで関わっていたのか、是非とも知っておきたい。



「姉ちゃん、ところでさ、今日の政策の事なんだけど……」


「良かったでしょ、私が提案したんだよ」


 ……やっぱりそうか。

 ここまでは僕の想定通りだ。問題は姉ちゃんが内容に関してどこまで発言権があるのかという事だが。


「今回の政策に関して、姉ちゃんは宇宙人に対してどう言ったの?」


「ああ、チーフにどう言ったかだね」


「チーフ? 宇宙人だよね」


「そう、宇宙人でもチーフはチーフだよ」


「まあ、いいや、そのチーフにどう言ったの?」


「うーん。実は最初の歓迎会の時に言ったんだけどね。酒が入ってたから、ちょっと記憶が曖昧あいまいなのよ」


「えっ、どんな事をいったか憶えてる?」


「えーと、たしか『セクハラは良くない』『セクハラが社会を悪くしている』『セクハラが女性に深刻なダメージを与えている』とか、アピールしたかな。」


「うん、それで」


「そしたらチーフがセクハラに対して色々と対策を出してきたのよね。『カメラによる監視』『ルールと処罰の厳格化』とかね」


「へえ、そうなんだ」


 おかしい、ここまでの話は普通だ。いったいどうなったらああなるんだろうか?



「それでさ、たしか私が酔った勢いで『セクハラは異性間のみで発生するから、全員、女になっちゃえばこんなこと起こらないのにな……』ってボソッと言っちゃったのよ」


 あっ、これだ、コレが原因が。宇宙人がこの一言を勘違いして採用してしまったのか。


「そしたらさ、チーフが『できるヨ』って言うのよ。男性の女性化をね。

 そこから話が発展したわけ」


「どんなふうに?」


「私が、『だったらそれ、やっちゃいましょうよ!』って酔った勢いで言ったらさ、

『ソレ、大丈夫ナノ? この惑星の文化的に大丈夫ナノ?』ってチーフは心配したんだけど。

『地球の悪しき習慣です、この際。徹底的に更生しましょう』

『それに、この惑星を支配しているのは男性です。男性は今後の支配の邪魔になります』

 って強く押したら、見事に採用されたわけよ。どう? 最高でしょ」


 とりあえず僕は、姉の頭をスリッパで思いっきり引っぱたいた。

 スッッパアァァァンと、それはもの凄く良い音がした。



 しばらくして、心の動揺が少し落ち着くと、僕は状況を整理する。


「えーと、整理すると今回の政策は姉ちゃんがやったわけかな?」


「違う。私はただ提案をしただけ。どの案を採用するかはチーフ次第だよ」


 ……いや、これはどう考えても姉ちゃんのせいだろ。


 僕が頭を抱えていたら母さん父さんと共に帰ってきた。



 お父さんが真っ先に僕に声をかける。


「大丈夫だったか、ツカサ」


「なんとか大丈夫だよ、お父さんの方は」


「ああ、まあ、なんとかな」


 なぜか会話がよそよそしい。



「学校の方はどうだった?」


「まあ、それなりに混乱したけど。何とか大丈夫だった。

 会社の方はどうなの?」


「大変だったよ。特に専務が取り乱してさ。

『無くなったアレを探せって』上司命令が出てさ、社員総出しゃいんそうでで大掃除みたいな事になってしまってな。仕事どころではなかったよ」


 お父さんが少し楽しそうに話した。

 余裕があるように感じるのは大人だからだろうか、少し頼もしくも見える。

 そう思っていたら、父は別の話題を振ってきた。


「ところでツカサ。宇宙人がさ、『髪の毛の成長を促す』とか言ってたんだけど。おまえはどう思う?」


「えっ、言ってたっけ……」


「言ってたぞ。『髪は女の命』とかそんな事もいってた。ちょっと楽しみだな」


 ……たしかに父さんは確かに髪の毛が少ないバーコードハゲだが、性別なんかより頭髪の方が気になってしまうのだろうか。

 いや、そんははずはないだろう。僕は父さんに確認の為の質問をする。


「お父さん今週のアンケート。もしかして『政策がよかった』とか答えてないよね」


「答えるわけないだろ、それはさすがに」


 よかった、少し安心した。さすがに髪の毛より性別の方が重要らしい。

 そこへ姉ちゃんが割り込んできた。


「お父さん、もし髪の毛が生えてきたらどうする?

 アンケートで『宇宙人を支持する』に入れちゃう?」


「えっ、どうしようかな。なやましいな」


 ……悩ましいんだ。その提案は否定できないくらい魅力的なんだ。


 姉ちゃんがさらに追撃をかける。


「フサフサになったらお父さんどうする?」


「それなら『支持できる』に入れざるをえないな」


 ……こんどは即答で断言をした。しかも『入れざるをえない』と力強く答えてきた。


 あきれ顔の僕に、父さんは声をかけてくる。


「お前も大人になれば分かる日が来るさ」


 いや、分かりたくない。

 分かるような状況になんて僕はなりたくない。


 お父さんの髪型を見つめながら、強く、強く、そう思った。

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