1時間前の混沌

 朝になり、朝食を食べに台所へと行く。


 台所には母さんと父さんがテレビを見ながら食事をとっていた。


「父さん、なにか動きはあった?」


「いいや、カウントダウンしている時計以外は、何も変化は無いよ。ツカサ、朝飯を食ってしまいなさい」


「はい。そういえば姉ちゃんは?」


 周りを見渡すが、姉の姿は見当たらない。


「まだ寝てるんだろう。そのうち起きてくるだろうから、放って置いて食べなさい」


「う、うん。わかった。いただきます」


 こんな大事なときに、呑気のんきによく寝ていられるものだ。

 昨日、僕はろくに寝ていないというのに。図太い神経の姉がうらやましい。



 今日は父さんも会社が休みらしい。

 朝食を終え、姉ちゃん以外の家族は居間のテレビを囲むように座った。


 テレビでは相変わらずグリニッジ天文台のモノリスを背景に、専門家達が討論を繰り返している。。


 昨日と違うのは、モノリスのカウントダウンの数字と、現場のマスコミ関係者の人数くらいだろうか。かなり人数がふえていて、どこもかしこもカメラマンとアナウンサーだらけだ。



 しばらく見ていると、スタジオと現場の中継がつながった。


「それでは現場の福竹ふくたけさん、そちらの様子はどうですか?」


「はい、こちら福竹です。カウントダウンは進み、現場には緊張が漂っています。

 各国のマスコミがこの状況を世界へ伝えているところです」


 スーツ姿の福竹アナウンサーが画面に映った。

 現場中継はもうすこし若手のアナウンサーが務めると思うのだが、この記者会見は人類にとって重要なイベントだと認識しているようだ、ベテランの中年男性の福竹アナウンサーを投入して来た。


「凄い人混みですね。報道の規制が入ったという話がありましたが。どういった規制でしょうか?」


「現場では報道関係者が多すぎるので、規制が入りました。

 国ごとに、一人のレポーター、2台のカメラまでとの制約です。

 僭越せんえつながら、この福竹が日本代表のレポーターとしてお伝えさせて頂きます。

 今のところ特に動きはありませんが。なにかありましたら至急、連絡を入れさせてもらいます」


「はい、ありがとうございました。それではこの後は、また専門家の見解に……」


 同じ内容に飽きてきてチャンネルを回すが、どこの局も大して変わらない。

 テレビの中の専門家もやはり昨日と同じ事を言っている。

 ただ、テレビ都京ときょうだけは違っていた。『ノストラダムスの予言の書』や『ファティマ第3の予言』といった報道番組とは言えないような、オカルトっぽい特集が組まれていた。



 動きがあったのは、カウントダウンが1時間前を指した時だ。

 まだ時刻に達していないが、突如、モノリスの表面に光りの線が現れ出した。


 慌ただしくカメラが切り替わると、現場の福竹アナウンサーが映し出された。


「こちら、現場の福竹です、ただいま動きがありました。

 ごらんくださいモノリスから光の線が現れています。線は扉のような形をしています。カウントダウンの時刻より、まだかなり時間があります。

 これからいったい何が起こるのでしょうか?」


 テレビを見ていると、モノリスの線の一部分がみるみる太くなり、全体が光に包まれたかと思うと、その光の中から華奢きゃしゃなロボットが出てきた。

 その姿は人型をしていて、やたらと細い。

 理科室の骨格模型に、大きめの角張った頭が乗っていると言って良いだろう。

 色は白っぽい銀色をしており、鈍い光沢があった。


「現場の福竹です。ロボットが、ロボットが出てきました。

 銀色をしています。背丈は我々と変わらないくらいでしょうか。いや、少し小柄に見えます。およそ160cmくらいでしょうか。

 次々と出てきます、2体、3体…… 全部で4体、いえまだ出てきます。6体、6体が出てきました」


 福竹アナウンサーの声から、焦りと恐怖が伝わってきた。

 テレビの中では、スタッフの一部が、職場を放りだして逃げ出している。

 後ろの方では、この世の終わりのような顔を浮かべている人も居るし、両膝を地面に着いて神に祈りを捧げている人もいる。


 時刻はまだカウントダウンの1時間前。このロボットは何をするか分からない。

 僕はイヤな予感しか思い浮かばなかった。



 ロボットが出てきた次の瞬間、モノリスに浮かび上がった文字が消え、新たな文字が浮かび上がった。


 僕はメッセージが『記者会見』から『宣戦布告』にでも切り替わったのかと心配をしたのだが、この心配は杞憂きゆうに終わった。


「皆さん、見て下さい。文字が変わりました。

 安心して下さい。大丈夫です。宇宙人は平和的です」


 カメラはモノリスに映し出された新たなメッセージを写しだした。


 そこには様々な言語で書かれた文字があり、カメラは


『これから翻訳機を配りマス』


 と日本語の文字を写しだした。


「おそらくあのロボットが翻訳機を配ると思います。

 これから私は接触して見たいと思います」


 そう言うと、福竹アナウンサーはおそるおそるロボットの方へ近寄る。

 すると、ロボットの前の空中に、光りのスクリーンのような画面が現れ。


Select a Language言語を選択


 と表示され、その下には色々な言語の文字が表示されている。


「ええと、画面には『言語を選択して下さい』と有りますが、どのように操作すればいいのでしょうか?」


 福竹アナウンサー戸惑っていると、突然ロボットがしゃべり出した。


「アナタはおそらく日本語ですナ。日本語でよろしければ画面をタッチして下サイ」


 機械音でところどころ発音が怪しいが、ロボットは意味の分かる日本語をしゃべってきた。


「はい、日本語でよろしくお願いします」


 福竹アナウンサーが頭を下げながら、タッチスクリーンの『日本語』と書かれた部分を押す。


 するとロボットはイヤホンとマイクカバーのような物を手のひらから差し出し。マイクカバーをマイクに、イヤホンを福竹アナウンサーの耳にねじ込むと、他のマスコミの人にターゲットを変えて、また同じ対応を始めた。


 このロボットは、やや無粋な気もするが、少なくとも敵意は全くなさそうだ。

 現場のマスコミ関係者は、安堵あんどというか、肩すかしをされたような間抜けな表情をしている。

 まあ、虐殺でも始まるかとおもったら、この結末だ。無理もないだろう。



 しかし宇宙人は人騒がせだと思う。


 いきなりロボットを出してくるのではなく、

 はじめに、モノリスで

『これから翻訳機を配ります。そのためにロボットが行きますよ』

 と警告をすれば、なんの混乱も無く、不安を招く事はなかったのではないだろうか。



 そんなやり取りを見ていたら、居間の後ろのドアが開いた。

 姉ちゃんがようやく起きてきた。


「弟ちゃん、なにこれ?」


「姉ちゃん、記者会見の準備だよ」


「そうか~、そんな事より朝ご飯まだ残ってる?」


 母さんが面倒くさそうに返事をする。

「有るわよ、温めて食べちゃいなさい」


「は~い、いただきます~」


 姉が居間から台所の方へと消えていった。

 どうやら宇宙人の会見よりも、朝飯のほうが大事らしい……



 そして時刻がすぎ、いよいよ記者会見の本番となった。

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