第11話 優子、アルバイトを始める。

 何件かしおりを挟んだ所に電話して、いくつかの面接をして、その間も鍋を見たりと私の平凡な日常は流れて行く。

「では、来週お越し下さい」

 結局いい返事を貰えたのは、家からも近いチェーンの古本店だった。それ以外のところは交通費が難しいらしかった。私は免許を持っていないし、夫もシェアカーなる出かける時だけの車をたまに借りるだけだった。そして別に電車で済む所に住んでいたし通っていたから不便を感じたことはない。

「あなた、やったわ」

アルバイトの合格を、夜普段通り帰ってネクタイを外す健一さんに伝える。

「おっ、どこだ」

「ブックオン」

私はガッツポーズを決めた。

「あぁ、あそこか、近いなぁ、歩いて行けるだろう?」

「えぇ、だから雇って貰えたのね」

私が働くことを夫も喜んでくれる。健太は最初ぐずぐず言っていたけれど、「ほんとうにおやつ用意してくれる?」と言った後「まぁでもおれはおれで付き合いあるしー」と大人のようなことを言ってカードをいじりだした。

 そんなわけで働くことになったが、外で働くのは何年振りだろう?しばらくこの家の中だけが私の世界だった。

 それで私は不安顔だったが、それを夫にからかわれ、求められて、やがて寝た。

「いらっしゃいませ」

「あの、アルバイトの大平です」

「あ、はい、今担当に変わりますね」

ここの店はたまに来ている、だからスタッフの何人かの私は顔を知っている、と言いたいところだが私はあまり人の顔を覚えるのが苦手で、ここのアルバイトの決め手もエプロンに付けられた名札だった。

 店内には何かラップのようなBGMが流れている。ほのかな女性の声の酸っぱみと、テンポがあっていてなかなかに美味しい。

「あっ、ペルソナだ」

それを聞いて『小野』と名札を付けた少年のような女性が声をあげる。『小』と名札にはあるが、それなりに骨格のいい体型をしていて、身体は大きい。

「こら、あんまりバイト中にそういう話はするな」

注意した『高田』という名札を付けた彼を『小野』という女性は「あ、店長」と言った。

「まぁまぁ、あ、下がったとこ値札付け替えときましたよ」

茶髪の清潔感のある青年が言った。『原塚』と名札がついている。

「では、細かいことはこちらへ」

店長に促されて奥へ行く。私は上手くやっていけそうな気がした。

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