第9話 優子、パートを始めようとする。

 いつもの時間に玄関の音がして、健一さんが帰って来た。

「だだいま」

「お帰りなさい、ご飯の用意机の上に置いてあるわよ、お弁当温めますか?」

私はふざけてコンビニエンスの真似をした。

「自分でやるからいいよ、……うん?」

健一さんはネクタイを外し、素早くパジャマに着替えると健太が置いたテーブルの上のアルバイト雑誌に気付いた。

「おぉ、やっと重い腰を上げたか」

「あっ」

健一さんは私の付箋にすぐ気づき、「どれどれ、どんな仕事を考えているのかな」と呟いてアルバイト雑誌を読みだした。

「……もう」

冷蔵庫でビールを探していた私はとっさに一本を取り、差し当たって油揚げを切って甘辛く七味で炒めた健一さんの好きなおつまみの材料をそのままにして、座っている健一さんの隣に座った、なんとなく恥ずかしくなったのだ。

「ふんふん、給食の調理、学童クラブ、レストランの厨房……なんだ、なんか優子らしくないな」

「……私らしくない?」

健一さんは私が奥に引っ込んでいるのが好きな性格だと知っているとばかり思っていた私は少し驚いた。

「だってお前怒っていたじゃないか、『なんで女性ってだけでこんな扱い違うのよ!』って、このアルバイトっていうのも言うならそうじゃないか?」

そんなこともあっただろうか、どうも夫は私が勤め先での扱いが軽いのを怒っていたのを言っているらしい。

「怖い女だなぁって思ったのに、なんか奥に引っ込んでいるな?」

私は軽く怒りながら言った。

「でも健一を迎えに行く時間だってあるし、正規の社員なんて無理よ、私何年働いてないと思うのよ」

「家事だって仕事なんじゃなかった?」

健一さんはすぐこう言って私をからかう。

「それはそうだけど、それを履歴書に書くとなると……評価してもらえる所なんて何にもないし……」

「事務は?経理会社好きだったじゃないか?」

私の見ないページを開いて健一さんはこともなげに言った。

「資格が必要だって」

「勉強すれば」

こともなげに健一さんは言うけれど、私には難しそうに感じた。

「そんな今からなんて、それに今ちょっとした収入が必要なのよ」

「優子、お前前は口癖だったじゃないか、もっと上目指すために経理の資格取るって、どうしたんだよ、勉強嫌いになったか?」

健一さんは私の肩を抱いて囁いた。私は健一さんはまだ飲んでいないし酔ってないはずだけど、と思いながら言った。

「そんな、前はともかく、今からなんて」

「うーん、今収入が欲しい?そんなに家厳しかった?」

健一さんはアルバイト雑誌をパラパラとやっている。私は健一さんのために柿ピーを皿に空けてきて言った。

「そう、それに私なんていうかあんまり大人と話す時間が無いの……」

「あぁ、話し相手?そういうのが欲しいってこと」

健一さんは冷めたおかずを温めず食べた、私は相談してみようと思った。

「ねぇ、じゃあどんなのがいいと思う?」

「うん、とりあえずこれなんかどう?」

私と健一さんはアルバイト雑誌をめくり、適当なものにふせんを付けた。

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