第七十一話 アマガエル

「ハイ!シルフ!」


僕が高らかに叫ぶと、シルフ達は一斉に僕の方を見る。


「そのテンションで言うの、なんか嫌ね」


そう言われるとちょっと恥ずかしくなってきたな。

あとで『ねぇ、シルフ?』に変えておこうかな。


「全体に命令!今、この瞬間にこの家にいる人は全て命令者として登録」


ウィンドウに「命令を実行。以下の人を命令者として登録しました」と出てその下に皆んなの名前が並んだ。

よしよし、この部屋にいないフィアも登録されたし、他に変な人も紛れていなかったし、問題ないな。

ここで、知らない人の名前があったら、かなり怖いけど。


リーカもアニカも「人」で通じたから、勇者だろうが、精霊だろうが関係なく判断してくれるみたいだ。

「人族」って言ってたら誰も登録されなかったりして。


そう言えば僕は命令者としては登録されなったな。

既に上位命令者だからかな。


ひとまずはこのシルフの運用に慣れる為にも外回りに5体、家の中の8体を1人1体、専用機として付けるようにした。

僕は多分いらないから1体は事実上の予備機扱いだ。

僕に充てがわれたシルフにはリビングのテーブルに座らせて、待機命令を出しておく。

何かの時の為に消費を抑えてマナを最大まで貯めておいてもらう。


外の5体は2体を待機状態にして常に3体で見回りをする。

マナの消費具合に合わせて、待機の2体の内の1体と交代していくようにローテーションを組ませた。

これで常にフル充マナのシルフが1体は必ずいることになる。


緊急時には5体の全てでスクランブルすることになる。

皆んなに付けた7体はそれぞれの担当を守るようにしておいた。


「ねえねえご主人!私のエアリエルは賢いのよ?胡桃を胡桃割り人形で割ってたら、エアリエルが代わりに割ってくれたの。もうこの子、胡桃割り人形だわ!」

「ああ、うん。言いたい事は色々あるけど、まずエアリエルって何?」

「あ、この子の名前よ!空飛ぶ妖精なら風の妖精エアリエルしかないでしょ」


確か何かの物語に出てくる妖精の名前だっけ。

物語の中だと話をしたりいたずらもするけど、実際の妖精って言うのは精霊が使役する人形の事だ。

今回作ったような魔法円ではなく、精霊特有の魔法で人形に「人工妖精の魂」と言うのを植え付ける事でシルフとして使っているらしい。

だから、本物の妖精というのも、話はしないし、妖精自体も考えたり自我を持っている訳ではないんだ。


「あまり情が移ると壊れた時に悲しくなるよ?戦闘の為に作ったんだし、いつかは壊れるからね」

「分かってるわよ。でも、名前があった方が可愛いじゃないの」


それがダメなんだって。

近い将来泣き腫らすラナの顔が目に浮かぶ。



ノルドが攻めてくると噂され始めてから数日が経過した。

ここのところ毎日のように、「今日こそ攻めて来る!」と言う話が出てきていて、それでも、何も起きずに1日が終わる。


「このまま何も起きなかったりして」

「それって言ったらダメなヤツなんじゃないですか?」


あ、そうかも。

まずったかな。

あれからクリスは毎日ちゃんと学校に来ていた。

魔王のくせに真面目だな。

あの後ちゃんと、部下にした生徒達は元に戻してくれたし、ロルフ以降は生徒を天に返す事はしなくなった。

ロルフは違法アバターだったらしいから仕方ない。


中の人を天に返した後はいつのまにかロルフの体、つまりアバター自体も消えていた。

魔王が天に返すと、天の国の役所の人がアバターを回収してくれるらしい。

アバター回収をしないと、普通に死んでしまった状態になるので、24時間以内に役所に連絡しないといけないんだとか。


もしノルドに攻めてこられて、大量にアバター回収する事になったら大変なんじゃないのかなと思ったけど、今丁度あちらの役所では回収強化月間とかなんとかで回収人員を増やしてくれているらしい。

魔王が生まれた事もあって、あっちの世界も力が入っているんだとか。


「魔王様〜宿題ちゃんとやって来ました?」

「む?当たり前だろう?魔王たるもの使命は必ず果たすのだ!」

「おお。さすが魔王様。ちょっと写させてくださいよ〜」

「いかんいかん。宿題は自らやってこそ意味があるのだ。貴様ら、今からでもまだ間に合う。教師が来るまでにやるのだ!」

「ええ〜。しょうがねぇ、やるかぁ」


意外と魔王になった方がクラスメイトと仲良く話せているような気がする。

自分の国の王子が相手というより、よくわからない魔王相手という方が気軽に話せるのだろうか。



ピンポンパンポン

『緊急放送をします。王都の敷地内外にノルド軍が同時多発的に出現したとの情報が軍司令部より入電しました。現在、各地で市街地戦を展開中。各生徒は予め決めてあったチームで集まり、先生の指示に従って配置についてください。繰り返します、、、、」


とうとう来てしまった。

変な事言わなきゃ良かった。

でも、いつまでも来るか来ないかビクビクして待っているよりスッキリしていいよ。


クリスとフリーデも連れて生徒会室に集まる。


「あら、王女殿下と王子殿下は王宮へとお帰りにならないと、、、、リーンハルトさん、お2人はリーンハルトさんにお任せするという事でよろしいのですね?」


流石レクシーさん。この髪と瞳の色が変わってしまい、服装も黒ベースに金の装飾、肩には棘?のようなものを付けているクリスを見て、一瞬で全てを悟ってくれたみたいだ。

面倒ごとは僕に丸投げ、とも言う。


「来るべき時が来てしまいました。中等部はすぐに戦闘とはならないと思いますが、気を引き締めて油断されないようにお願いしますね」

「ボクたちのチームは他の生徒とは違って、騎士団の後方支援に向かう。学校周辺の警護になるクラスの子達とは連絡は取りづらくなるから用があるなら今のうちだぞ!」


この精鋭チームは配置が違うらしい。


「レクシーさん、ちょっとご相談があるのですが」

「はい。両殿下の事ですね。どなたを連れて行きますか?」

「え?レクシーさん察しが良すぎますね」

「ふふふ、リーンハルトさんの事なら、何でも分かりますよ?」


えっと、、、。これは冗談なのかな?


「リーカとベルシュを。多分、僕達はすぐに戦闘に突入すると思います」

「そう、、、ですか。リーンハルトさんなら問題ないと思いますが、ご無事をお祈りしています。必ず生きて帰って来てくださいね」

「はい。でも、レクシーさんも危険なのは変わりないんですから、危ないと思ったらすぐ撤退してくださいよ」

「嬉しい。心配してくださるのですね。もう心残りはありません」

「やめてくださいよ。洒落にならないですって」


レクシーさんの冗談は分かりづらいよ。



僕とクリス大魔王とフリーデ王女、リーカ勇者とベルシュエルツ族、こう並ぶと何かカードゲームの役が揃ったみたいだな。


「ああ、僕だけまともな人じゃないか」

「何言ってるですか!リーンハルトくんがこの中で飛び抜けてまともじゃないですよ!」

「王女はまともですわ!」

「私ただの人ですよ。役職も何も付いてないです」

「我は普通だな。普通の魔王だ」


流石このメンバーだ。何となくこの人達に何言っても無駄な気がする。

リュリュさん連れて来ておかしさの平均を上げようかな。


街の中心部に出て来ると、既に戦闘が始まっていた。

騎士団の何処かの部隊が必死に街を守ろうと頑張っている。


「クリス!例のアレをお願い!」

「うむ。心得た!とおうっ!」


無駄にジャンプして敵の前に躍り出る。

何事かと敵味方共に闘いを忘れてクリスを見つめてしまう。

まあ、魔王の格好をした奴が元気よく現れるものだから仕方ない。


「やあやあ、我こそはこの地を闇の底に貶める、昏き闇夜に光る漆黒の魔石!超絶大魔王オーニュクスとは我の事だ!」


全く、、、名乗り口上を上げなくても良いのに。


「何だあれは」

「大魔王とか言ってるぞ」


「あれもノルドか!?」

「いや、学園の生徒もいるぞ。あれが味方なのか」


どちらも困惑している。

かわいそうに。


「クリス、早く今のうちに」

「お、うむ。ではおもむろに」


クリスが両手をノルド兵に向ける。


「はあっ!」


ああ、呪文とかないのか。

ノルド兵は20人程いたけど、5、6人だけを残してバタバタと倒れていく。

数秒もしないうちに倒れたノルド兵はスウゥっと透明になって遂には消えてしまった。

あれが回収ってやつなんだな。


「何っ!消えただと!面妖な術を使う奴め!喰らえ!ブリクスムの雷鳴!」

「アールデの壁!!」


敵の放った雷魔法を土の壁で防ぐ。

すぐに壁は崩して敵に近付けるようにする。


「でやあ!」


リーカが何故か剣でノルド兵に斬りかかる。

キミ魔法学科でしょう?


リーカが敵の剣士と斬り合う間にフリーデとベルシュも呪文を唱え終わる。


「ウィントの盾」

「エイスの氷槍」


フリーデの風の盾がリーカにまとわり付きリーカを守る。

ベルシュの氷の槍は別のノルド兵2人にガスガスと刺さる。


リーカは1人目の敵を倒すと次の剣士に向かう。

その次の剣士も一瞬で斬って倒す。

しかも、どちらも気絶させるだけに留めるくらい余裕の力量差だ。

何でそんなに剣が強いんだって。

リーカの背後から敵兵が剣を振ってくる。

間に合わないと思ったけど、シルフがリーカの胸ポケットから飛び出して、掌から、、、掌無いけど、腕全体から雷の玉を射出する。

リーカの後ろの敵はその雷に当たるとビリビリと痺れてパタッと倒れてしまう。

致命傷ではないが、しばらくは動けないだろう。

シルフは上手く機能したみたいだ。


その後もフリーデとベルシュの魔法と、リーカの何故か冴え渡る剣術により、残兵はすべて倒せた。

全員息はあるようで、騎士団の人達が縄で縛り上げていた。


「なんと、こんなにあっさりと何十人もの敵を」

「最初は大道芸人が来たかと思ったが、何と強い小隊だ」

「自分はアダー騎士団第5部隊隊長のエルプ5段騎士だ。諸兄らは何処の騎士団か?」

「あ、いや、僕達は、、、その王立学園の生徒です」

「何?!学生がこんな戦闘地帯に来てはいかんぞ。さっきは助かったが、すぐに学校に戻るんだ」


どうしようかな。

まだ、クリスには働いてもらいたいしな。


「えっと、僕はリヴォニア騎士団第1部隊所属の7段騎士、リーンハルト・フォルトナーです。訳あって学園の生徒達の護衛をしています」

「は?リヴォニア騎士団?第1部隊!?あの第1部隊か?あ、いや、ですか?本当に?」

「あ、はい。そう言えば騎士団章とかあったな。えっと、あ、これです」

「これは!確かにリヴォニア騎士団第1部隊の団章!し、失礼しました!」


騎士団章とか使った事無かったけど役に立ったな。


「それで、もう少しノルド兵を倒していきたいのですが、この奥に入ってもいいでしょうか?」

「は!もちろんであります!しかし、学生を連れて行くのは少々危険かと思われますが、その問題ないでしょうか?」

「あ、はい、大丈夫です。僕が守りますので」

「そ、そうでありました!!大変申し訳ありませんでしたあ!!!」


え、いや、そんなに謝らなくても、あ、土下座しようとしないで。

何故が急にへりくだりまくった隊長さんが遂には五体投地しそうになって来たので、戦闘地帯の奥に進むことにする。


「ああ、ビックリした。なんであの隊長さんはあんなになったんだろう」

「リーンハルトくんが怖かったんじゃないですか?」

「え?何でさ。何もしてないよ?」

「私以外が変人だったからではないでしょうか?」

「フリーデは隊長さんに気付かれないようにしてたから良いけど、このクリスを見たからっていうのが一番理由だってりして」

「「「ああ」」」

「解せぬ」



奥に進むとノルド兵が街を荒らしまくっている。

結構嫌な戦争を仕掛けてくるな、ノルドは。

前に砦で戦った、、、、何とかさんは良い人そうだったのにな。

街の人達はもう皆んな避難しているようで、人的被害は全くないようだ。

この辺りは最も攻めてくると噂されていた所だけあって、素早く避難出来たのだろうか。

誰もいない街で敵国の兵士達が売り物とか建物を壊している風景というのは異様だった。


そういったノルド兵に出くわす度にクリスが一発、天に返すスキルで敵兵を減らしていく。

そのスキルには名前が無いんだろうか。

呼びづらいったら無いよ。


「このスキルは魔王にしか備わらないからあまり名前など意味が無いのだがな。確か『滅殺』とか言ったな」


滅ぼしたり、殺しちゃダメでしょ。

本当にこのスキルは中の人を天に戻すだけなんだろうね。

実は単に命を奪ってるだけでした、とかじゃないよね。


余計呼びづらくなったな。

もう、天に帰るんだから『アマガエル』とかでいいかな。

お、僕のネーミングセンス結構良いんじゃない?

この名前を皆んなに話したら全員にダメ出しされた。


ええ!?何でさ。良い名前じゃないかよう。

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