第七十二話 残機0

今のところ、敵も味方も命のやり取りまで行く前に決着がついてしまう為、どうにもシャッハでもしているんじゃないかという気分になってくる。


これはいかんな。

街のお店とかには被害は出てるんだし、早くノルド兵を皆んな倒すなり天に返すなりして、この襲撃を終わらせないといけない。


敵兵にはかなりの数、違法アバター乗りがいるみたいで、全体の3分の2くらいは天に帰って行った。

幾ら何でもこれは異様な数じゃないのか?

魔王情報によると、ノルド軍としてはこれでもまだ少ない方らしい。

違法アバターは中の人にとっては、命の危険が無いのと、お金が掛かっていない分、アバターを無茶に扱っても良いと思える分、一般人より体の限界を超えた動きをさせられるようだ。

ああ、だから違法アバターの多いノルド軍はやたらと強い兵士がいるんだ。


それもそうか。

一回死んだらおしまいの一般人と、使い捨て感覚の違法アバターでは、肉体の使い方とか思いっきりの良さとかが違うよな。



「はああっ!!」


クリスが「アマガエル」でノルド兵を天に返していく。

天の職員さん達も頑張っているようで、数十人単位でスウスウとアバターが消えていく。


「今のノルド部隊は全員違法アバターでしたね」

「私達のやる事無かったです」

「我は役目を果たせて満足である!この調子でノルマを達成するのだ!」


勤勉な魔王だな。

でも、そのお陰で危険も少なく、楽にノルドを減らせるから良い事尽くめだ。


この辺りのフォルクヴァルツ軍はさっきのアダー騎士団もそうだけど、あまり強い部隊では無いらしく、防戦一方だった。

そこに僕達のチームが現れて、クリスの「アマガエル」で殆どの敵兵を消し去った上に残兵も全員生け捕りというか、捕虜としてどんどん捕まえていくから、驚かれ、感謝され、土下座された。

土下座って父さん特有の謝り方なのかと思ってたけど、騎士団全体の文化なのかもしれない。


一々説明するのも大変だったので、騎士団章は胸に付けて分かるようにしておいた。

これは効果抜群だったようで、団章を見るや否や騎士団の人達の態度はガラッと変わって、いきなり土下座しそうになる人もいるくらいだった。

リヴォニア騎士団の第1部隊って変人が集まる部隊だって話だったけど、思っていたよりは他の騎士団からは尊敬されている存在なのが分かった。


皆んな小さい頃からリヴォニア騎士団に憧れていて、大きくなったらリヴォニア騎士団に入りたくて軍にくるらしい。

今もリヴォニア騎士団への転団希望者は後を絶たないのだとか。


「あ、あの、フォルトナー騎士様でいらっしゃいますよね。わ、私フォルトナー様に憧れて騎士団に入ったんです!あ、握手してください!」

「え、あ、どうも」


僕より少し年上ってくらいの女の子が声を掛けてた。

格好は騎士団の他のメンバーと同じような騎士スタイルだ。

胸には何処かの騎士団の団章が付いている。

ぱっとした見た目は騎士団の格好を真似た、一般人の少女という感じだ。

長く濃い茶色の髪を後ろで1つに縛り、スカイブルーの大きな瞳をキラキラさせてこちらを見つめている。

あ、もしかして、この子って僕のファンって事?


「リーンハルトくん、いやらしい顔してます」

「何言ってるのかな。僕は別にいやらしい事なんて考えてないよ!」


差し出された手を握ると、少女は飛び切りの笑顔になる。


「嬉しいです!ずっと憧れてた人にようやく会えました!」

「…………あれ?ちょっと待って。僕が騎士団に入ったのってほんの少し前だよ?何で僕に憧れてもう騎士団に入ってるの?」

「ちっ。いいえ〜。間違えました〜。騎士団には入っていたんですけど、リヴォニア騎士団に転団の希望を出したんでした〜」


え?何?今舌打ちしなかった?


「でも、フォルトナー様に憧れているのは本当ですよ〜。今日もこんな所で会えてとても嬉しいです〜」

「はあ、どうも」


リーカの胸ポケットからシルフがふわっと浮かび上がり、僕の所までやって来る。

何?どうしたの?


シルフはこの話しかけてきた女の子の方を向くと、首を傾げて考え込んでいる。

ただの自動人形なのに、こういう動きは本当の生き物みたいに見えるなぁ。


「リーンハルトくん、私のシルフ、どうしちゃったんでしょうか」

「うん。なんだろう。…………あのさ、キミはどの部隊の誰なのかな?」

「あー。えっと、クラーセン騎士団第4部隊です〜」

「そんな部隊あったっけ」

「ちっ、ちっ」


今のは完全に舌打ちだよな。しかも2回。


「キミ。本当に騎士団員?」

「ああ、もう、バレんの早すぎ!くらえっ!」


いきなりこの女の子が袖の中からナイフのような物をシュッと出して、僕に突き刺して来る。

シルフはそれに反応して、僕とナイフの間に自身の体を滑り込ませる。

ナイフはシルフの体に突き刺さり僕には届かない。


「くそっ!なんだこの人形は!」


驚いた。僕が反応できないくらい早い動作だった。

シルフがいなければ、シルフの高速で判定するIFFが無ければ刺されていた。

この子のレベルはもしかしたら9以上あるっていうのか?


「しっ!」


少女はナイフをシルフから引き抜くと、もう一度襲いかかって来る。

まずい、ナイフを引き抜く動作も見えなかった。

シルフが地面にボトッと落ちたから抜いたんだと分かるだけで、気が付いたらナイフはもう僕の胸に刺さっていた。


「きゃあああ!リーンハルトくん!」

「ダメ!やめなさい!」

「いやあああ!」

「我が友に何をする!はあああっ!」


クリスが「アマガエル」を発動すると、少女はガクッと膝を落とす。

でも、完全に天に返したわけではないようだ。


「ぐっ。『滅殺』スキルだと?!何故こんな所に魔王スキルが、、、い、、いかん、ログアウトしてしまう。せめてコイツだけでも、、、うおおおっ!」


見た目に反した迫力ある声で僕の胸に刺さったナイフを更に押し込んで来る。

もう痛みも無い。

へえ、ナイフが刺さっても血って出ないもんなんだなあ。


ああ、目が霞んできた。

いつの間にかリーカに膝枕されてる。

周りの声は何も聞こえないな。

おう、皆んな泣いてるな。

何故かクリスが一番の号泣だあ。


そう言えば前にもこんな事があった、、、け。






うん、あったあった。


これ、死んでるな、僕。


前にも来た、真っ白な空間。


ああ、また来ちゃったのか。


というか、もう戻れないかもな。

元の体に戻すお金、無いよな。クロのやつ。


ん?前と違って部屋というか、机がない。

その代わり一枚の扉が突っ立っていた。


扉の後ろを見ると何も無い。

つまり、ただの扉が立っているだけだ。


でも、まあ、こっちの世界だからね。

これを開けると、どこに繋がってるんだろうね。


机も普通紙も無いならクロとも話せないし、この扉をくぐるしか無いかね。


ガチャリと扉のドアノブを回し、ゆっくりと扉を開く。

思っていた通り、扉は別の部屋に繋がっているようだ。


悩んでいても仕方ない。

意を決して部屋の中に入る。


ふむ。

中には誰もいないな。

しかし、狭いなこの部屋は。

木造、、、だと思うけど、壁は紙が貼ってあって淡いピンク色をしていた。

すごい色の部屋だな。

低めの机に何か装置が置いてある。

後はベッドに丸い小さなガラスで出来たテーブル。

床はフカフカのカーペットだ。


振り向くと、ここに入ったあの扉はもう無くなっていた。

反対にはもう一つ扉があって、この部屋から出られそうだ。

そこから部屋を出てみようと考えていたら、扉の方が勝手に開いた。

あ、いや、違った、誰かがこの部屋に入って来たんだ。


「あ、ど、ども」


入って来たのは、女性だった。

全体は短めの、でもボサボサな茶色い髪。

前髪は目を隠すくらいに長いから表情は分かりづらいけど、美少女、、いや、綺麗な女性という印象だ。

ダボダボの服を着て、ダルそうに立っている。

髪の毛とか服装とか、美人さんなのにちょっともったいない。


「ああ、どうも、お邪魔してます」

「あ、いえ、どぞ」

「………」

「………」


どうしよう。

会話がもたない。

女性は扉の前で立ったままだし、あ、僕がここに立ってるからこの人も動けなくて困ってるのか。


「えっと、座ります?」

「あ、は、、、ぃ」


丸いガラスのテーブルを挟んで床に座る。


この部屋は椅子が無く、床に座って過ごすような部屋らしい。

座ってからも、お互い黙ったままだ。

き、気まずい。

なんでこの人はここに入ってきたんだろう。

あ、そうか、僕と同じで死んじゃったのか。

それで、唯一の扉を開けたら僕がいて、なんだコイツは!とか思っているわけか!


困ったな。

これからどうすればいいんだろうか。


「あの、、、僕はリーンハルトと言います。リーンハルト・フォルトナーです」

「……………そ、そうですね」


あれ?どんな受け返しだ?

あ、もう死んじゃってるから名前も何も無いって事か。

かあーっ、なんだか変な事言ってしまったみたいで恥ずかしいー!


「あ、あの、、、、、、、」

「は、はい!」


何か言いたそうだ!

なんだ?

何か僕、変な所あったか!?


「リン、、、、、」

「は、はい!!」


おお!名前で呼んでくれた!

しかもいきなり愛称だぞ!

こ、これは何?会って間もないけど、好感度高めなのか!


「………ひさしぶり………」

「え?」


どういうこと?

会ったことある人?

まずい!名前はよく忘れるけど、人の顔は覚えてる筈だったのに、この人の顔は全く覚えがないぞ!

こんなに綺麗な人なのに、記憶にないなんて、、、。

あれ?

それって知り合いだけど、まだ会ったことが無い人なんじゃ、、、。


「あの、えっと、もしかして、、、クロ?」


こくん


頷いた。

え?え?この人がクロ?

いやいやいや。

格好はまあクロっぽいけど、こんな美人さんなのはおかしくない?

あのクロだよ?

馬鹿っぽい話し方で定評のあるクロなんだよ?

しかも、何この、大人しいというか、もじもじして、恥ずかしがってるのは、誰なのこの人!


「ホントにクロ、さん?」


こくんこくん


「あ、誰かのアバターに入ってるとか?」


ぶんぶん


あ、違うのね。

それじゃあ、この見た目というかこの人本人がクロさんなんだ。

そ、そっかぁ。

あれ、、、なんか緊張してきたな。

いやまて、見た目が美人だからって、なんで緊張なんかしてるんだよ。

いつも通りでいいんだよ。


「えっと、クロ?」


びくっ


「はじめまして、、、じゃないか。ひさしぶりだね。ようやく会えたね」


ぱああああぁ


おお、反応面白いな。


「本体だと大人しいんだね」

「………は………」

「は?」

「恥ずかしい………」

「そ、そうなんだ、、、」

「人と直接会うの………半年ぶり」


ええええ、、、。そんなに引き篭もってるのかこの人は。


「まあ、僕とクロの仲なんだから、もうちょっと力を抜いてよ」


ほあああん


えっとこれはほっこりしてるのか?

安心してるのか?

もう、ちゃんと話してくれよ!


「クロ。ほら、いつもの感じでいいんだよ?ここには僕達しか居ないんだし」

「あ、、、そ、、、そだね。うん。リン。やっと会えたね」

「うん」

「うふふ」


ああ、ようやく慣れてきたかな。

ちょっとだけ笑顔っぽい表情になってきた。


「………リン。ごめんね」

「え?なんで?どうしたの?」

「だって、生き返らせてあげられなくて………」

「なんだ、いいんだよ。っていうか、死んじゃった僕がいけないんだから」

「違うの!あ、、、ち、違うの………。女神の加護が付いていれば、死ぬことは無いの………。でも、お金無くて、御加護オプションサービス停止になっちゃってたの………」


ああ、そうなんだ、、、。

まあ、今までクロにいっぱい負担させてたからな。


ぐすんぐすん


「わああ、泣かないでよ!なんか調子狂うな。いつものアバターとかだったら、てへへぇ!お金無くって加護切らしちったい!とか言ってるんじゃない?」

「う、、、、リンのエッチ」

「ええ?!なんでその言葉のチョイス?エッチな事言ってないよね?!」

「むー。いいでしょ。恥ずかしかったんだから………」


お、ちょっとだけど、いつもの調子に戻ってきたかな。

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