第三十八話 国王の食事

何故か流れでやることになった一日国王も何とか終わった。

別に国王っぽい事をやった訳じゃなくて、長引きそうな案件が来たら横から真実の書の知識をポロポロ出して、出来るだけ早く終わらせただけなんだけど。


ある人なんか、「毎日ダラダラ過ごして生きていたいけど、親が働けって言うんです。どうしたら良いですか?」

とか言ってきて、「いや、働けよ」としか言えなかったりしたけど概ねみんな満足して帰っていった。


「今日は楽な謁見だったな。小難しい問題はリーンハルトがサクッと解決したしな。…………なあお前、これから毎日俺の代わりに謁見してくれないか?」

「何を真面目そうな顔をして、ふざけた事を言ってるんですか!」

「割と本気なんだがな。まあ、いい。それよりも食事だ!食事!さあ、こっちだ行くぞ!」


本当に食事を一緒にするのかあ。

早く帰りたいんだけどな。


食事は思っていたのとはだいぶ違った。

長いテーブルの端と端だけに座って、給仕さんが料理を次々と運んでくるような貴族の食事風景を想像していたけど、国王の食事はもっとシンプルだった。

切ったライ麦パンにザワークラウト、パストラミビーフだけが皿に乗っている。

それを国王自らが挟んで食べている。

酒を飲むわけでも無く、飲み物は炭酸水しか無い。


宰相さんも一緒に食べているけど、この人はその他にフルーツのジャムを自分の鞄から出してきて、パンに塗って食べていた。


僕にもこのセットが出されたので真似をして、挟んで食べてみた。

おお、酢に漬けたキャベツのザワークラウトの酸味が塩漬け燻製ビーフに合って美味しいよ。


こうなるとあのジャムも気になるな。


「あ、これ付けてみます?妻の手作りなんです」

「す、すみません。物欲しそうに見てしまって。遠慮なく頂きます。お、ブリーベリーですね。甘酸っぱくてサッパリして良いですね」

「でしょう?これ、ビーフを挟んでから塗ってもイケるんですよ」


何!ビーフにジャム?

どれどれ。ほほう。この組み合わせも中々いいね!


「今日はライ麦パンでしたけど、ラウゲンブッターキプフェルならアボカドとビーフでも合いますよ」


ラウゲンブッターキプフェルと言うのはラウゲン液に浸けてから焼いた、クロワッサンの事だ。

ラウゲン液に浸けると焼き色が付いて、独特の食感と風味が出るらしい。

でも、ラウゲンって掃除に使う苛性ソーダの事なんだよな。

劇薬をパンに使うなんて、誰が考えたんだろう。


でも、そんなパンのちょっとした違いとか挟む具材の事で話が弾んでいるなんて、国王の食事としては意外な感じがする。


その事を聞いてみたら「俺はこれが良いんだ。王国民みんなが食べている物と同じ物が良い。豪華な食事に使うくらいなら、そのお金は国民の為に使ったらいい」とか言われたら、ますますこの国王の事を気に入ってしまうじゃないか。

何これは、罠なの?

宰相さん辺りの入れ知恵なの?


「お食事中、失礼します。お二人がおいでになりました」

「おお、来たか。通せ」


ん?誰か来たの?


「父上、食事に呼ばれて来ました。ってもう食べてるんですか?」

「あら、美味しそう。お父様、クラウゼンさん、と、こちらの方は?」

「まずは食事だ!ほらリーンハルト、そこ詰めろ。二人はそいつを挟んで座れ」


国王を父親呼びする美男美女が僕を挟んで座る。

つまり、この二人は普段、王子や王女と呼ばれて過ごして生きていらっしゃる人物なのかな。


食事も進んだ頃、痺れを切らした王女らしき人が国王らしき人に尋ねる。あ、国王はらしき、じゃなかった。


「お父様、そろそろこの方のお名前を知ることをお許しいただけませんこと?お呼びも出来ないなんて、じれったいですわ」

「ん?まだ自己紹介してなかったのか?リーンハルト、お前人見知りか?」

「いやいや、ここは国王が紹介する雰囲気だったのでは?この状況で急に自己紹介し始めたらビックリですよ」


これがあるから、国王に見えなくなるんだよな。


「ちっ、面倒くさいな。こいつはリーンハルトだ。俺の後継者だ。以上」

「いやいやいや。このタイミングで変な冗談を挟まないでくださいよ!みんな信じちゃうでしょ!?」

「何だよ、俺だってたまには面白い事、言いたいんだぞ?」

「お、お父様?そ、その今のは本当にご冗談でして?」

「ああ、本当だぞ?」

「え?それはどちらの本当?」


絶対ワザと分かりづらい言い回しにしてるよ。

王子はと言うと、驚き過ぎてパカッと口が開いたまま固まってしまっていた。

そりゃそうだ。国王の後継者と言えば、この王子が王位継承権1位だろうから。

王子、信じないでよ?

継承争いなんて巻き込まれたくない。


「今のこの時期に悪い冗談はやめてくださいまし!王位継承権を持つ者が誰もいないのですから、お父様の一言で王宮中が大騒ぎになってしまいますわ」

「まあ、そんなに怒るな。その事を話したくてな。二人には来てもらった」


へぇ?王位継承権が誰にも付いていない?

そんな事ってあるの?

今、国王が死んじゃったら、誰が国王になるのか決まってないんでしょ?

本当に大丈夫なのかな、この国。


この国王の人柄だけで、何とか国を保っているような気がして来た。


「エルフリーデ。クリストフォルス。お前達は次の季節から王立学園に通うように。もう手続きは済んだ。制服も用意した。このリーンハルトと同じ中等部一年だ」

「な、何を、おとう、、がくえ、、」


ああ、王女の許容範囲を超えてしまったみたいだ。

壊れた時計の様になってしまった。


「父上。僕と姉様は歳が一つ違います!同じ学年はおかしいのでは!」


王子!言うべきはそこじゃないよね!

まあ、王子も突然の事で混乱してるのか。


「まだ王位継承にはお前達は早過ぎる。学園で己を磨き、お互いを高め合うのだ。そして、中等部を卒業した時に成績が上だった方へ王位継承権1位を与える事とする。いいな」

「は、はい」

「か、かしこまりましたわ」


王女の名前はエルフリーデ・アーレルスマイアー。13歳。

弟の王子はクリストフォルス・アーレルスマイアー。12歳。

家名がフォルクヴァルツじゃないのは、この国の王族は成人するまでは母方の家名を名乗るのだそうだ。


これはあれか!

この二人をこのタイミングで紹介するって事は、僕に学園でこの二人の面倒を見ろって事なのか!

護衛もしろ、とかもあるよね。

やられた!ジャムとビーフにつられて世話役を押し付けられた?!


「そうしましたら、このリーンハルト様はわたくしの、その、パートナーとなるお方、なのでしょうか?」

「そ、そうなのか?姉様にもついに!」

「何を言ってる?こいつはお前達と一緒に学園に通う事になる。まあ、護衛だ、護衛。妙な事ばかり知っている面白い奴だぞ」


やっぱり勝手に護衛にさせられてるよ。

この国王に関わると面倒事が増える様な気がする。

せっかく楽しい学園生活が待ってると思っていたのにな。


「そうでしたか……パートナーではありませんでしたか……。そうですわよね、わたくしのパートナーにしては、かなり歳下のようですし」

「あ、いや、僕は3つ下の10歳です。あんまり変わらないかなと」

「3つも下なんて!わたくしは歳上の、博識でありつつもお強い方のような。そう!お父様のようなお方がいいのです!ですので、リーンハルト様のお気持ちは嬉しいのですが、その、ね?ごめんなさいね?」


何か振られたみたいになってるけど?


「リーンハルト。気を落とすな。姉様のような高嶺の花に憧れる気持ちは分かる。僕も何度となく姉様には振られている。くそっ、何故僕は姉様より歳上では無いのだ!」


この国の王族はみんなこんな感じなのか。


「しかし、いくら父上が見込んだ者だとは言え、10歳の子供に姉様の護衛が務まるものなのか?姉様は武術にも秀でているから、護衛など不要だとは思うのだが……。は!そうか、僕の護衛なのか!そうなのか。こんな小さな子よりも弱いと思われているのだな」


何だか俯いてブツブツ言い始めたよ。

王族ともなると情緒が安定しなくなる程のストレスがかかるのか。


「それでは、学園ではよろしくお願いしますね。わたくしの事はエルフリーデ、いえ、フリーデと呼んでくださいまし。そうね、その方がお友達のようでいいですわ!」

「僕の事はクリスと呼んでくれ。君はリーンハルトがいいか?ハルトがいいか?リンハは呼びづらいしな」


王族ジョークかな?

判断つきにくいよ。


「えっと、フリーデ様にクリス様?僕の事はリーンハルトでも、リンでもお好きなようにお呼びください」

「ダメですわ、様も敬語も不要です。いくらわたくしに振られたからって、そこまで卑屈にならなくてもいいのですわ」

「そうだぞ、リンハッ!クッ呼びづらいな。様など付けたら僕に友達がいないみたいじゃないか!」


どうしよう。

悪い人達じゃないんだろうけど、仲良くなれるか心配だ。

国王もそうだけど、この人達にはあまり気を使わなくてもいい気がしてきた。


「じゃあ、フリーデとクリス。これからよろしくね」

「は、はい……」

「そ、そうか、仕方ないな!そこまで言うなら、ぼ、僕の友達にしてあげなくもない。この世でたった一人の名誉ある地位だぞ!光栄に思えよ!」


フリーデの反応はよく分からないや。

クリスは友達が一人も居ないんだね。これから優しくしてあげよう。

リーカもそうだったけど、この国の人達はもしかして友達作るのが下手なのかな。


「じゃあ、僕はこの辺で。また学園で会おうね」

「ちょっとお待ちなさい!まだ、お話は終わってませんのよ!そ、その、学校という所はどのような場所なのか、教えていただけませんか?同じ歳の子が集まるのですよね?」

「おお、姉上!僕もそれが知りたかった。学校とやらでは何をするのだ?それに、と、友達はできるのだろうか?」


その辺は宰相さんあたりに聞いてよ。

って、いつのまにか居なくなっていた!

国王も寝てるし。


この後も二人から次々と質問責めにあって、解放されたのは夕方になってからだった。


「つ、疲れた。初めて友達の家にお呼ばれした時の服装なんて知らないよ。まず二人は友達作るところから始めないと!はあああ。その友達作りも手伝わされるのだろうな」


思わず声に出てしまい、周りの人達に何事か、と見られてしまった。

王宮を出て、家への帰り道。夕方の買い物客で賑わっているアーケードを歩く。

天井の付いている辺りからは天候に左右されないから、いつもお店からはみ出して食事をするテーブルが置いてある。

ちょっと邪魔だったりする。


こういう所で最近食事してないな。

レティとマルネに来た時は、ギルドで稼いだお金を奮発して二人で食べによく行ってたけど。

僕が学校に行くようになれば、もっとそういう機会が無くなるはず。


その上、王子、王女を学園で世話しないといけないなんて。

あ、そうだ。護衛や世話係として王宮から給料を貰えば良いんだよ。

そうすれば、学校に行きながら働けるじゃないか。

うん。良い考えだ。


明日また謁見に行って頼んでみよう。

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