第十五話 家族

「姉さまはこの男に騙されているのです。早く目を覚ましてください」


フィアの中で僕が悪人になり始めている。

何もしてないよ。


「フィア。ご主人はあなたと一緒に私を救ってくれたのよ。それを悪く言ってはいけないわ。それにこんなにかわい…素晴らしいお方なんですから、ずっと近くで愛で…ご恩をお返しするのは、当たり前のことよ」


さっきから、ラナのイメージが崩れそうな音がする。

今まで勝手にイメージを作ってたけどさ。

フィアもラナのこと優しくて頼り甲斐のある姉さまという触れ込みだったからなぁ。


「姉さまは小さな……若めの男の子が好物……親しみを感じる人なのよ。リンくらいの子が一番狙い目……ターゲット……つまりそういう趣味なの」


最後諦めるなよ…。

それで僕を見る目がじっとりとしているのか。

あれ、そうなると。


「ブロン君て言うんだぁ。いいわぁ。まだ何も知らないあどけなさ。はぅ。そのキラキラした瞳で見つめられると!

ねぇ、ラナおねえさまって言ってみて!」


いかん。これは世に放って良いものではない。


「ラ、ラナ!君は小さい男の子をそういう目で見てはいけません!」


一応主従関係にあるし、これでブロンのような子を守れるなら、歳上のお姉さんに命令口調とか気にしてられない。


「え…。うそ。かっ、かしこま…りました。ご、ご主人様のご意向に反しまして、も、申し訳ありませんでした」


えええっ。いきなり土下座して謝ってきた。

そこまでしなくてもいいよ。

プルプル震えて苦しんでるし。


「ちょっとリンくん!キミ、ラナさんに何してるのよ!主従契約なんだから、強い口調で命令したら、こうなっちゃうわよ」


え、ああ!そうか、絶対服従スキルか!

主従契約を結ぶと絶対服従スキルがセットで付いてきて、主人の言うことに反することが出来なくなるのか。


「ラナ!さっきの命令を解除する。小さい男の子をそういう目で見ても良しとする!」


ラナが土下座をやめてのそっと立ち上がる。

これで命令が解けたかな。


「ご主人!ひどいです!私から男の子を愛でるのを取り上げたら何が残るのですか!このブロン君のプリプリとしたホッペを突けないなんて神罰ですか!」


そんなにか。

でも、これを放置すると、世の男児に危険が及びそうだ。

主人としては、野放しにはできない。


「あー。ラナ。これからは僕以外の男の子には変な目で見ないこと。変な手付きで触らないこと。それならいい?」

「うぐっ。それは正直きついけど、でもでも、ご主人が嫉妬して自分だけを見てくれってワガママを言うって。それもいいわ!ワガママご主人!いい響きね!」


あああぁ…。もう何でもいいや。

とにかく男児の平和は守られたよ。


「リン。あなたわたしのことを散々追い回していたのに、結局姉さまを狙っていたのね。所詮わたしは捨てられるだけの繋ぎだったのね。そうなのね」


フ、フィア?

いつも気が動転すると変な事を言い出すけど、何だか怖いよ。


「ご、ご主人サマ!わ、わたしもご主人サマのどどどどれーになりましゅ!」


マルモ、君も変な事言い出さないで!

このお姉さんたちの真似をしちゃあいけませんよ。


「だ、だって。国に帰らないと行けないって。そうしたら、リンお兄ちゃんと離れなくちゃいけないから。どれーならここにいていいんでしょ?」


そうか。この子も不安なんだな。


「大丈夫だよ。マルモもブロンも奴隷にならなくたって、ここにずっといて良いんだよ。そう、もう家族みたいなものだから、一緒にいられるよ」

「いいの?いてもいいの?良かったー」

「にいちゃん、また戦うの教えてくれるの?やったー!」


2人とも喜んでくれて良かった。

もうこうなったらこの2人は、あ、いや、ラナもいるから、3人は僕が守って行こう。


「私だけ、何だか仲間はずれ……」


ああもう、みんなめんどくさいな。


「レティも家族みたいなものだよ」

「え。家族になれって。それってププロポー「違うわよ」


レティの暴走をフィアが止めてくれた。


ラナはフィアの取っている宿で寝泊まりする事になった。

ラナは最後まで僕と暮らすと言っていたけど、レティの部屋だし、マルモとブロンもいるし、みんなの反対により納得していった。



ラナを助け出してからは、比較的平和?な生活が訪れていた。

フィアの笑顔が増えて、前よりずいぶん明るくなった。

ただ、ラナが僕にくっついてくると、不機嫌になるのは何とかして欲しい。

姉を取られた気がするんだろうけど、それはラナに言ってよ。


「ねえねえご主人!あれ食べてみたい!おいしそう!」


ラナは明るく振舞っているけど、奴隷として捕らえられていた時の事を忘れようとしているのかも知れないと思うと、好きにさせておいた方がいいな。

今も奴隷の首輪は付いたまま外せないけど、少しでもその事は忘れて幸せに暮らして欲しい。


「くっ。あそこの子は…。姉に連れられて恥ずかしいけど、ちょっと嬉しい弟くん。ああ、愛でようとすると、頭が締め付けられて、イタタタ。あの表情がいいタタタタ」


……幸せそうで、嬉しいよ。

実は絶対服従ってあまり拘束力ないんじゃないか?

フィアもちょっと引いてるよ。


「そこの君、ちょっといいか?」


ああっ。すみません。うちの男児ハンターが変な目をしててごめんなさい。


「ああ大した事ではないよ。少し見たところ、君はかなりの強さのようじゃないか。その剣は安物のようだが、その立ち居振る舞いからすると、相当の剣術士という印象だったのだがどうだろう」


高そうな服を着た、高身長の男性だ。

貴族か?

細く伸ばした髭の先がくるんと巻いている。


「おっと失礼。私はコルラード・ディアーコという者だ。

実はね。私はある慈善事業をしていてね。君のような正義の為に剣を振るえる者たちに声を掛けているのだよ」

「はあ」


正義ねぇ。


「今の世は、種族による差別が蔓延っている。どれだけ有能な人材であっても、人族以外はみな低級種族と蔑んでいるのだよ。生贄の種族と言われたオプファー族や、かつては上位種族とも呼ばれていた、ドワーフ族やエールブ族も差別の対象だ。なんと嘆かわしい」


よく喋る人だなぁ。

まあ、種族の差別は気にくわないからそこは同意するけど。

新たな宗教か何かか?


「それでね。君のような武人に助力いただいて、差別が蔓延している場所へ赴き、その迫害されている種族の方たちをお救いしているのだよ」


やっている事は悪いことではないのか?

僕も先日ラナを助けたのも、ある意味、種族差別から救うというものだしな。


「私達もそれに参加できるのかしら?」


フィアが食いついたよ。

やっぱりラナの事に重ねていたか。


「お嬢さんもなかなかの強さがあるようだ。よろしければ、君も一緒に手伝ってくれないだろうか。それにもしいるなら君の同胞も救おうではないか」

「いいの?何処にいるのかも分からないのよ」

「我々にはそう言った情報が集まって来る。あとはそこに行き救出する力が足りていないのだよ。だからこそ君たちの力を貸してほしいのだ」


ねえ手伝いましょうよ、と鼻息を荒くしている。

ラナも自分が手助けられたこともあるからか、乗り気のように見える。

話を聞くだけでもいいか。

彼らの活動拠点が近くにあるらしいので、まずは話だけという事でついて行ってみることにした。


活動拠点があるという建物に着くと、2階の部屋に通される。

1階は普通の食堂になっているらしい。


中に入ると数人、色々な種族がいて、こちらに目を向けていた。


「皆さん、今日は我々の仲間になってくれるかも知れない者たちをお連れしましたぞ。さあさあ、君たちもこちらに座って寛いでくれたまえ」


ここにいる者たちは、人族はもちろんだが、ドワーフ族や獣人族、エルフ族、年齢も性別もバラバラだ。

みんな概ね歓迎ムードで迎えてくれた。


「天の救い、サヴォ・エンラ・シエロへようこそ。歓迎するよ」


その後は、活動理念のようなものや詳しい活動内容などを何人か入れ替わり説明してくれた。


「注意しなければいけないのは、例え救うべき者がいたとしても、武力を使って解決するのは、虐げている側が、犯罪など明らかに悪事を働いている時だけだ。正規の手続きで奴隷として買っている場合などは、あまりにも酷い扱いをしていない限りは、金銭などで解決することになる」


なるほど、まあ、何でも武力で押し切るのでは、こちらが犯罪者になりかねない。


「今丁度、正規ではなく裏取引で、ある商人に奴隷が売られたという情報が入っていてね。その奴隷を救出する作戦がこの後すぐにあるのだが、君たちも参加しないか?なに、後ろで見ているだけで何もする必要は無い。どう言ったことをするのか、実際に見て理解して欲しいのだよ」


3人で悩んで結局参加することにした。

だけど、ラナはレベルがまだ低い事から、ここで待ってもらい、僕とフィアだけが付いていく。



ディアーコさんの他に拠点に居た数名と共に、奴隷が売られたとされる商人の屋敷にまで来た。


「先行して調査させた情報によると、商人本人とその奴隷が数人、他には召使いが数人いるが、警備などは居ないそうだ。ここの商人は表向きは、そこそこの店を構える中堅どころと言ったものだが、裏世界では、なかなか悪事を働いているらしい。だから、遠慮なく攻め入って構わない」


んー。そういうものか?

どうなんだろう。


手際よく屋敷に侵入して、次々と制圧していく。

奥の居間に商人と奴隷が3人いた。


「なな、何だね君らは。誰の許可を得て入ってきている!」

「そこの奴隷は不正に入手したものだな。我々が正義の元にその者たちを連れ帰り、解放する。みなかかれ。いいな、誰も傷はつけるな」


僕たちは、最初に言われた通りに後ろで見ているだけだ。

商人は拘束されて、奴隷たちを保護している。

2人はこちらに連れてきているけど、あと1人はそのまま放置されている。


「あの人は連れていかないのか?」

「ああ。あの奴隷はエルツ族なのだよ。エルツ族だけは保護できない。エルツ族は厄災をもたらすと言われていてね。かつては保護をしていたこともあるのだが、その度に良くない事が起きて、危うく拠点を潰される事態にもなった事があるのだよ。元々人族とも敵対し続けていることもあって、それ以来エルツ族は保護対象から外している」


そんな。それも差別なんじゃないのか。

エルツ族だから助けてあげたいと思うのも、逆の意味で差別になるのかもしれなけど、それでも、フィアやラナの同族と考えると、このまま放っておく気持ちにはなれない。

何とかあのエルツ族の奴隷も助けられないか、何度も頼んだけど、元々今回は2人分しか、保護する準備も出来ていないこともあって断られてしまった。

僕とフィアだけでは、あの人を助けることもできない。

無力な自分に苛立ちながら、拠点へと戻ってきた。

結局、あのエルツ族はあの屋敷に残してきてしまった。


「悪いけど、僕たちはここで一緒に活動することはできない。どうにも考えが合わないみたいだよ」


「そうか。残念だよ。だが、気が変わったらいつでも戻ってきて欲しい。我々は君たちのような、正義の心を持つ者たちを常に欲しているよ」


そのまま拠点を出て、フィアとラナに頭を下げる。


「ごめん!2人の意見を聞かずに決めちゃって。でも、今までラナやマルモたちを助けた時と、何かが違っていて、それが何なのかわからないんだけど、でも、あそこの考え方は僕のと噛み合わないと思ってしまったんだ」

「平気よ。わたしも違和感があったわ。ラナもそうだったのではない?」

「ええ。エルツ族のこともあるけど、あそこにいた人の目が怖かったの。奴隷として私をこの町に連れてきた人の目とおんなじだった。ううっ、ご主人ー。1人で怖かったよー」


よしよしとラナの頭を撫でてあげる。

途中から、うへへっと声がしてきたので撫でるのをやめた。


これで、良かったんだよな。



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