第十六話 王国騎士団

奴隷救出をした日から、数日が経った。

あの商人は、奴隷を不正売買した事が王国騎士団の耳に入って強制捜査が行われた。

あの場に残してしまったエルツ族の子は、奴隷センターに引き取られて、ラナと同じような扱いになったらしい。

それならラナと同じように、正規に買い取る事が出来そうだ。

ギルドに寄ってクエストの受付をしたら、みんなに相談してみよう。


ギルドの扉をくぐると、いつもの冒険者たちの他に、やたら派手な格好の人たちが何人もいた。

この胸当ては王国騎士団だな。


「あ!リンくん。こちらの方たちがリンくんに用事があるって」


僕の冒険者登録をしてくれたエミィさんだ。

騎士団の人たちの話を聞いていたようだ。


「お前がリーンハルト・フォルトナーだな。騎士団の支部まで来てもらおう」


偉そうに僕に言ってきたのは、僕より少し年上に見える、金髪碧眼の男だ。

モテそうな顔をしやがって。ちっ。

両隣りには、もう少し歳が上に見える男性とこいつと同じくらい歳の気弱そうな女性が立っている。


騎士団からの召喚となれば、断る事は出来ない。

付いていくしかないか。


「まて、その女性たちはお前の何だ?付き添いは出来ない。1人で付いてこい」


フィアたちには今日は休暇にして、と言ってギルドを出る。

マルモやブロンが心配そうにしていたけど、すぐ帰ってくるから、と言い含めて、騎士団の後ろを付いていった。


王国騎士団第一東部方面隊マルネ支部、と看板がかかる建物に来た。

かなり大きな建物だ。

正面の両開き扉をくぐると、廊下が左右に奥まで続いている。

3人に連れられて、ある扉の前まで来る。


「アイヒェンドルフです。リーンハルト・フォルトナーを連れて参りました」


扉の向こうから、入れ、と声がかかるのを待ってから、扉を開けて中に入る。

部屋には、僕の昇段試験をしてくれた、騎士団長さんがいた。

あの時いた2人もそばに立っていた。


「ふむ。来たか」

「お久しぶりです。試験の時はありがとうございました」

「ああ。あれから更に段を上げているようだな。さて、君は何故ここに呼ばれたかは、わかっているのかな?」


さっぱり分からない。

いや、あるとしたらあの件か?


「君はある商人の屋敷から奴隷が盗み出されたのは知っているか?」


やっぱり。

もう、僕の動きがここまで把握されているのか。


「…はい」

「君の事を疑っているわけではないから安心したまえ。ただ、その時の目撃証言でな。押し入った賊の中に10歳くらいの子どもがいたというのだよ。そのようなことはあり得ないと言ったのだが、聴取を取ったそこのアイヒェンドルフ君が、10歳という若さでも落ちる時は落ちるものだと言って聞かなくてね」


ああ。これはそう言うことか。


「それで?僕に何をさせたいのですか?」

「ふむ。物分かりが良すぎるというのも問題だな。これから折角面白い駆け引きがあるというのに。どうやって、逃げ場を無くしていくか、色々と考えていたのだがな」


うわっ、意外とこの団長さん腹黒いな。


「なら、余計な話は抜きにしよう。フォルトナー君には我がリヴォニア騎士団に入って貰いたい。そして、現在戦争状態にあるノルド帝国との戦線に我々と共に向って貰う」

「いきなり最前線ですか…。分かりました。すぐに出るのですか?」

「……、なあ、物分かりが良すぎないか?まだ10歳の子供なんだろう?俺が言うのもおかしな話だが、連行されて来てすぐ戦争の真っ只中に行けって言われてるんだぞ」

「はあ。だって、拒否権は無いんですよね。脅しの材料までご丁寧に用意して。さっさと終わらせて早く帰りたいんですけど」


団長さんは呆れた顔をしている。

隣に立つアーディさんも苦笑いになっていた。


「ああ、まあ、そうなんだが。おほん。その代わりと言ってはなんだが、君が参戦している間、君の仲間には護衛を付けよう。そして、その間の生活費諸々は我が団が全て持つ。もちろん君にも給料が出るし、他にも君が懸念する事があれば出来るだけ対処しよう」

「僕みたいな子供に中々の高待遇ですね。この国にそんな余裕はないですよね、子供を最前線に送るくらいですから。この国はもう危ないのではないですか?」


団長さんはアーディさんを見て何かを確認するような仕草をするが、アーディさんは首を横に振っている。


「うーむ。君は頭の回転が早いのか、実は頭が良くないのかよく分からないな。半分正解という所だな」


あれ?バカにされ始めた?変な事言ったかな。


「この国に余裕はなく、戦線も危うくなって来ているのは正解だ。国境線からかなりこちら側に攻め込まれているのが現状だ。後の半分は不正解だ。子供なら誰でも良いという訳ではない。いや、子供というのは寧ろ関係ないな。リンくん、君だから戦力に加わって欲しいのだよ。その理由は君が一番分かってるだろう?」


これは、もしかして僕のレアスキルが知られてるのか?

いや、だとしたらこの団長さんなら、もっとスキルの話を絡めてくる筈だ。

それとも後でスキルの話が出てくるのか?

ダメだ。何処まで知られているのか分からない。

フィアたちがエルツ族なのもバレてるのだろうか。


「リンくん?君みたいな小さな子に戦争に参加して欲しいなんて、大人としてはあり得ないのは分かってるの。でも、君のその力はこの国を救ってくれる筈なの。だから、私達に力を貸してくれないかな?」


僕が考え込んでいるとアーディさんがそう言ってきた。

力、と言っているけど、スキルの事を指してるのか単純にレベルが高い事を言っているのかこれだとまだ分からない。

もう少し探ってみるか。


「僕に力なんて無いですよ。まあ、同じ年の子と比べれば多少は強いかも知れませんけどね。買い被りですよ」

「ああ、そう言う駆け引きはもういいと言っただろう。このアーディは観察スキルを持っているんだ。君の事は以前町で見ていたから分かっている」


観察スキル?僕が持っている解析スキルの下位互換かなんかか?


「勝手に見ちゃってゴメンね。調べたのは君の名前や種族とかレベル、あと一番大事なのは加護を受けているかを見たわ。観察スキルはその人の持つスキルや魔法とか、あとは細かいステータスまでは分からないの」


スキルは見られてなかったのか。

そうだよ。流石にそこが知られていれば、騎士団に入るどころじゃなくて今頃王様の前に連れられていたんじゃないだろうか。


「えっと、加護って何ですか?」

「え?ステータスウィンドウの加護の欄よ?自分の見て無いの?」


しまった、スキルを見られてないんなら窓無しもバレて無いんだからこれは不用意な発言だった。


「あ、ああ、いえ、僕の加護って言うのはどう言う意味なのかなって」

「あ、そうよね。『クリノクロアの加護』なんて言われても分からないものね。あまり知られていないのだけど、クリノクロアというのは女神の名前なの。別の言い方でセラフィナイトとも言うわ。こちらの名前の方が有名かもね」


セラフィナイトなら教会で名を捧げたけど、僕はその女神の加護が受けられているというのか?

ステータスウィンドウが無いから確認できないけど、僕の加護の欄にそれが書いてあるから、この人達は僕を騎士団に引き入れたという訳なのか。


「そんな加護を受けられている感じはしないんですけど。どんな効果があるんですか?」

「何を言っている。どんなスキルかは分からないが、その強さはレアスキルで得たものなのだろう?神の加護を持つならば、この王国でも数人しかいないレアスキル持ちの筈だ。そうでなければあの強さは説明できない」


なるほどね。どれくらい僕の能力が把握されているか分かってきた。

あとは、フィア達の事だな。


「そういう事ですね。分かりました。それから、僕の仲間に護衛や金銭的な支援が貰えるという事ですけど、どこまでが仲間として見てくれるんですか?」

「それは私から。リンくん、あ、これからはリンくんって呼ばせてもらうわね。リンくんと一緒に住んでいる、バルシュミーデさん、マルモちゃん、ブロンくん、まずはこの三人ね。バルシュミーデさんは保護者扱いになっているわね。マルモちゃんとブロンくんはリンくんの兄弟かしら」

「ええ。レティ、レティシア・バルシュミーデがこの町での保護者になってくれてます。マルモとブロンは僕の妹と弟です」


これは、いつ誰に尋ねられてもいいように、皆んなで決めていた事だった。

この王国には家族かどうか、血の繋がりがあるかを証明する書類などは無い。

ステータスウィンドウをみればどの種族のなんて言う名前なのかははっきりするので、家名を見る事で家族かどうかは確認できる。

逆に言えばステータスウィンドウを調べられるか、スキルでその人のステータスを調べられなければ誰と誰が兄弟や親子なのかは分からない。

マルモとブロンが僕の兄弟だと言って信じて貰えているなら二人がエルツ族というのも知られていないとみて良さそうだ。


「あと、リンくんのクランにあと二人居るみたいね。名前までは分からなかったのだけど、一人は昇段試験の時にいた女の子よね?」

「はい。その時に居たのがフィア・フォルジェでもう一人はその姉のラナ・フォルジェです」


これも事前に決めておいた偽名だ。

流石にエルツ族特有の家名だとすぐにバレるだろうから、マルブランシュ風の家名にしておいた。


「フィアさんとラナさんね。あら、外国の方かしら。南の方の家名ね。ではこのお二人を加えて五人の方に対して生活支援をいたします。金銭的にも勿論ですが、身辺警護や何かトラブルに巻き込まれた場合にも騎士団員がこの方達をお守りします」

「あの」

「はい?」

「そこに騎士団の人員を割くくらいなら僕を雇わず、その人達を戦力に加えた方が良く無いですか?」

「その人員全員よりもリンくんの方が遥かに戦力になるという事ですよ」


そんなにこの国の軍力は弱まっているのか。

そこにレアスキルとはいえ子供の僕が参加したところで何か変わるとは思えないな。


「明日戦線へと出立します。詳しいことはそこのテーオドーア・アイヒェンドルフ6段剣士に聞いてね」


こいつずっと後ろにいたのか。

ちらっと見ても目線すら合わせない。

団長さんの部屋を出ると、ここまで一緒に来ていた男女が扉の前で待っていた。

こいつの部下なんだろうか。


「付いて来い」


そういってアイヒェン…なんとかは廊下をツカツカと歩いて行ってしまう。

なんか上から目線で嫌な奴だな。

まあ、年上だしここでは先輩に当たるんだろうけど。


「ごめんな。テオ隊長は人見知りなんだよ。俺はクリストフ・ウェーリンガー。5段剣士だよ。よろしくな」

「どうも。リーンハルト・フォルトナーです」


この人は話しやすそうで良かった。

ウェーリンガーさんの奥を歩いている女性を見ると目があった。あ、目を逸らされた…。


「ああ、こっちはリュシー・オードラン5段回復師だよ。この子はもっと人見知りかな。でも、回復に掛けてなら王国の中でも一二を争う力をもっているんだ」

「へ、へえ…。そのよろしくです」

「ふ、ふひ、ど、ども」


あ、あれ?なんだろう。回復師っていうより呪術師の方が似合っているような…。

いやいや、見た目で判断したらダメだよな。

きっと聖女様のような回復術でみんなに呪いを、じゃなくて祝福を掛けてくれる筈だ。


そうこうしている内に一つの部屋に着いた。

中に入ると何人かの団員がいて寛いでいる。


「みんな揃ってるか?隊長、まずは一言、よろしく」

「明日は戦線だ。砦に一番近い場所への配備になる。俺がそうなるように団長に直接願い出た。俺らの隊が明日砦まで敵を押し戻し、砦を奪還する!いいな!」

「「「はい!!」」」


へぇ。気合い入ってるなぁ。

で、それだけかよ。僕の紹介とかしてくれない、よね。

なんかこいつ僕の事見もしないし、扱いが雑だよな。


「テオ隊長。そちらのお子さんはどなたですか?」

「んー?見学とか?」


優しそうなお姉さんがなんとか隊長に聞いている。

その後にフワフワした感じの女の子も仲よさそうに質問をする。

そうそう。早く紹介してくれ!


「ウェーリンガー。後は任せた」

「ええっ?ああ、行っちゃったよ。ったく、しょうがねえ隊長さんだな」


テなんとか隊長が部屋から出て行くとみんなの緊張感が少し和らいだ。

あいつ皆んなに嫌われてるのか?


「ああ、このボウズは今日からこの第1部隊に配属になった……名前なんだっけ」

「自己紹介します…。今日から一時的にですが騎士団に入りました、リーンハルト・フォルトナーです。よろしくお願いします」

「え、お前一時的なんだ。まあ、みんなよろしくしてやってくれ」


皆んなが僕の所に来て自己紹介をしてくれる。

多くて覚えきれないって。

まあ、今だけだし、特徴的な人だけ覚えていればいいか。


「さっきはごめんなさい。第1部隊に配属って思わなかったものだから。私はエデルトルート・シャウエルテと言います。5段剣士です。エデルって呼んでくださいね」

「わたしもごめんねぇ。ちっこいからお子さまかと思っちゃったぁ。フランツィスカ・ベルリヒンゲン5段魔道師。ツィスカの事はツィスカって呼んでねぇ」


さっきのお姉さんとフワフワ女子だ。

良かった、今度は印象とジョブに違和感が無かった。

ジョブというのは剣士とか魔導師というのだ。

僕の場合は2段冒険士という事になる。

あれ?騎士団に入れるのって5段からじゃ無かったっけ。


「レギナルト・シャハナー6段錬金術師じゃ。今年で65になるがお主とは孫以上に歳が離れてそうじゃの。ほっほ」


65歳かぁ。この歳で騎士団に居るなんて凄いお爺さんだなぁ。

錬金術師って何ができるんだろう。


「ど、どうも。僕は10歳なのでそれくらいの差ですね」

「「「ええええっ」」」

「お前そんなに若かったのかよ!」


ななな何だ?!僕の歳くらい伝わってなかったのか?

でも、あのなんとか隊長だったら何も伝えてないとか普通にあるか。


あともう一人、気になった人がいた。


「エルズル=フォグル=ヴァンギール。出来ればエルズと呼んで欲しい。訳あって段位とジョブは控えさせてもらいたい。よろしく」

「あ、はい。よろしくお願いします」


この女性は何というか、雰囲気が他の人と違う。

段位やジョブを伏せているだからでは無いし、名前も家名も少し変わっているというだけでは無い、何か分からないけど、何かが違う。

キレイなストレートの金髪にエメラルドグリーンの瞳。手足だけでなく全体の立ち姿が細く繊細な印象だ。

もしかしたら人族じゃ無いのかもしれないな。


この人達がフォルクヴァルツ王国リヴォニア騎士団の第1部隊、僕が加わる仲間だ。


ここにいない隊長以外はみんな優しそうだし、仲良くなれそうで良かった。




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