第八話 冒険者

マルネの町に来た翌朝、僕は冒険者ギルドに来ていた。

レティには内緒だ。


「こんにちは。君、初めてかな。ご用件は何かしら?そう、冒険者登録なら、この赤い番号札を持っててね。ここに書かれている番号が呼ばれたら、あそこの1番カウンターのお姉さんの所に行ってね」


順番待ちの番号らしい。

暫くすると、僕が持っている番号が呼ばれたので、カウンターに向かう。



1 冒険者登録・更新・抹消手続き



こう書かれているカウンターへ行く。

受付の女性が笑顔で手招いている。営業スマイルというやつだ。

左右は衝立があり他のカウンターからは見えないようになっている。

椅子に座ると後ろを見なければ個室のようになっていて、横からは覗き込まれないようになっていた。


「こんにちは。冒険者登録をしたいんですけど」

「はい。こんにちは。ご登録ですね。では、この書類に必要事項をお書きください。あ、記入例はこれを見てね。それと、保証金として、フォルク銀貨1枚を頂きます」


フォルク銀貨を渡すときに、ちらっと名札を見ると「コンシェルジュ エミーリア・ハグマイヤー」と書かれている。


ここでもマルブランシュ共和国の言葉を付けるのが流行っているらしく、接客係のことをコンシェルジュと呼ぶそうだ。


書類には名前や年齢、性別、種族、所属するクラン名などを書く欄がある。

クランというのは、チームのようなものでクランに所属していると、大きな依頼が来たり、依頼料の上乗せがあるらしい。

その代わり、町に危険が迫ったときは、防衛任務の義務が発生する。


僕はソロだから、クラン名は何も書かず、それ以外に記入していく。名前はあだ名のようなものでもいいらしいので、リンとだけ書いた。


「リンくんね。私は当ギルドでコンシェルジュをしている、エミーリアと言います。よろしくね。初めは担当コンシェルジュというのは付かないので、誰にでも気軽に尋ねてくださいね」


レティが言っていた同僚の人が、エミィさんと言っていたから、もしかしたらこの人かな。

いつかはレティにばれるだろうけど、暫くは気付かれないようにしとこう。


「よろしくお願いします。エミーリアさん」

「エミィでいいわよ。あと敬語も無しね。じゃ、手続きをするからその間にこの冒険者の手引きを読んでて。終わったら呼ぶから、この番号札を持っててね」


数枚の紙と番号札を渡されて、ソファに座らされる。

紙には冒険者としての心構えとか、禁止事項などが書かれていた。

冒険者同士の争い事にはギルドは一切関わりません、とか、迷惑行為を繰り返すと強制的に解約させられる、というようなごく当たり前のことが書いてある。


登録したギルド員には、級と段というのがあるらしい。

ギルドに登録すると直ぐに研究会というのに入ることになり、初めは1級というのになる。

クエストと呼ばれるギルドからの仕事をこなして行けば、6級にまで位があがって、正会員になるための試験が受けられる。

正会員になると、初段から始まり9段まである。

5段からは王国騎士団所属や王宮魔道士となる。

更にその上の最高峰としては、ノインの冠と呼ばれる、この国に9人しかいない、最強のスキルを持った人たちがいる。

たしか、竜王位とか、帝王位とかそんな名前だったはずだ。


研究会では、初段の冒険者に指導をしてもらうことができたり、依頼中にかかった諸費用を負担してもらえるなど、特典が多い。

依頼は安めだが簡単なものが多くなるため、研究会の内に経験をたくさん積んでおくのだ。

ただ、依頼をこなしていけば自然と5級には上がってしまい、そこから1年以内に正会員になれない場合は、強制退会となってしまう。


「お待たせしました。これがリンくんの会員証と、冒険者手帳『ぼうけんくん』ね。さっきの保証金がここに入ってます」


会員証は、僕の名前と1級のマークだけが白地に黒文字で書かれた、シンプルなデザインのガードになっている。

口座の手帳というのは、何枚かの綴りになっていて、表紙には可愛い文字で「ぼうけんくん」と書いてある。

あの厳つい人たちもこれを持ってるのかと思ったら、3種類から選べるらしい。僕には人気が無いこれを押し付けられたみたいだ。

中を見ると最初のページに


ゴシンキトウロク 1000


とだけ書かれていた。

依頼の報酬は必ずここに入金されるらしい。

現金が必要になったら、「お預け入れ お引き出し お振込み」という窓口でこの手帳から引き出すようだ。


「隣が研究会の建物になっているから、そこにいる先輩の冒険者に色々教わるといいよ。

他に教わることができる人がいたり、スキルを出来るだけ秘密にしておきたいって人もいるから、強制ってわけじゃないから。

もし、すぐに依頼を受けたいのなら、そこのクエストボードに貼られている依頼書を見て、4桁の依頼書番号をこの用紙に名前と一緒に書いて、2番の窓口に出してね」


2番の窓口を見ると、


2 クエストお申込み ご相談


と書いてあった。

クエストボードは研究会用と正会員用とで別れていて、研究会の冒険者は正会員の依頼は受けられない。

研究会用依頼の中であれば、位によって受けられない、という制限はないみたいだ。

登録の説明が終わったので、クエストボードを見てみる。

あまりスキルを知られたく無いので、研究会には行かない方が良さそうだ。


依頼書番号 0258

種別 捜索

内容 失踪したペットの捜索

・・・・


こんな依頼書が何枚も貼られていた。

研究会用の依頼は危険度の低い物が多いみたいだな。


依頼書番号 0052

種別 討伐

内容 魔物の討伐

詳細 町東部のレーゲンの森周辺に大量発生したニクロムヘビを討伐すること。

討伐証明部位 外皮

最小討伐数 1

報奨金 1討伐数当たり1,000フォルク

達成時の冒険者ポイント 10討伐数当たり 5ポイント



これが良さそうだ。

テーブルにある用紙に名前と依頼書番号の0052を記入して、2番の窓口に持っていく。

2番の窓口には、当たり前だけど、さっきのエミィさんとは別の人がいた。

受付用紙とギルド会員証を出すとすぐに受付を済ませてくれた。

会員証を返してくれた時には、花柄のケースに入れられていた。

ケースの裏を見るとクエストカードというのが入っていて、そこにはさっきの依頼書番号が書かれていた。

依頼達成時や失敗時にはこれを3番の「クエスト完了のご報告」という窓口に出すそうだ。

なんでみんなかわいいデザインの物にしてくるんだろう。


登録手続きも早く終わったし、初めてのクエストに行ってみよう。



町の東にある、レーゲンの森に来ていた。

ここは、村からマルネの町に来る時に通った森だ。

アカガネ狼に襲われた場所でもある。

今はニクロムヘビが大量発生しているために、討伐依頼で来ている研究会の冒険者が何人もいた。

装備がしっかりとしている人は、指導してくれる初段冒険者なのだろう。

魔物と戦う時の心構えなんかを、教えている。


僕の戦うところを見られたく無いから、人の少ない方に行ってみよう。

暫く歩いて森の奥の方にまで来たところで、お目当てのニクロムヘビが出てきた。

短剣を構えて、いつ襲いかかってきても良いように準備していても、なかなか襲ってこない。

いや、ニクロムヘビは襲って来ていた。

こっちに迫って来ているのだけど、遅過ぎて襲われるように見えていなかった。

いつもは普段通りだけど、戦闘に入るとレベル相応に時間感覚が早くなるみたいだ。

レベル5の僕からすると、ニクロムヘビは止まって見えるようだ。これなら簡単に倒せるかな。

ゆっくりとニクロムヘビの横に回って、短剣を振り下ろそうとしたら、ニクロムヘビが急に赤く光り始めた。


「熱っ!アチアチっ!なんだこれ。熱くて近づけないぞ」


元々灰色の肌をしているニクロムヘビが、今は真っ赤に燃えるような色をしている。

ニクロムヘビが動くたびに、周りの草が燃え始めている。

これは迷惑な魔物だな。討伐依頼が出るわけだ。


「一度、離れて落ち着かせるか」


一旦逃げて、見えない所まで来たら、大回りしてニクロムヘビの後ろに回った。

そして、敵である僕がいなくなったことで落ち着き、温度が下がるのを待った。

なんだか、思っていたより面倒くさそうだな。


赤く光っていたのが無くなり元の灰色になる。

今度は素早くニクロムヘビの横に飛び出し、短剣を思い切り振り下ろす。

サクンと音を立てて、ニクロムヘビが真っ二つに別れる。


「よし。討伐完了ー」


素材採取用のナイフで皮を剥ぎ取り、インベントリに入れておく。身の部分は美味しくないらしいので買い取ってはくれないけど、一応インベントリに放り込んでおく。

倒すのは簡単だったけど、手順がいちいち時間がかかる。


スキルはこの間の解析スキルで、レベルアップ時に貰えたSP(基幹マナ)はほぼ使い切ってしまった。

毎日、0.1pずつ増えるけど、暫くは戦闘に使えそうなスキルは取れそうにない。


またニクロムヘビが出てきた。

急いで短剣を抜いて、間合いに入り短剣を振りかぶる。


「アチーっ!早いよ!何でっ?」


あ、そうか、先に気付かれていたのか。

ヘビは熱で敵や獲物の位置を掴むことができると聞いた事がある。接敵した時点で相手は既に臨戦態勢だったんだ。

手間だけど、こいつはまた回り込んで倒した。


次こそは、一撃で倒したい。

短剣は構えた状態で走り回って探してみる。

いた!まだ、気付かれていない。一気に加速して、ニクロムヘビを両断する。

ようやく熱い思いをせずに、しかも回り込むなど面倒なことをせずに倒せた。

でも、この方法も大変ではあるな。

何かもっと楽な方法は無いかと考えながら森の中を走り続ける。

少しぼうっとしながら、走っていたので、目の前に人が現れたことに一瞬気がつくのに遅れてしまった。


「うおっ!危ない!」


避けきれずその人を巻き込みながらゴロゴロと転がってしまった。


「痛たたた。あ!大丈夫…です…か?」


転がった先で、その人を下にして覆いかぶさってしまっている。

僕の下でこちらを睨んでいるこの人は、肩まで伸びる蒼い髪に銀色の瞳をした少女だった。

森に魔物討伐に来るような格好ではなく、さっきまで町の中でお散歩でもしていたかのような、水色のブラウスに薄いピンクのロングスカート姿だ。そこに帯剣している短剣の方が違和感があるくらいだ。


「重いんだけど…。それと変な所触っているんだけど」


うあっ!しまった。ぼうっと見ていたら、さっきよりきつい眼で睨まれた。

急いで彼女の上から退いて、起こそうと手を差し伸べる。

が、無視されて自分で起き上がってしまった。


「ご、ごめん!わざとじゃなかったんだ。怪我は無かった?」


差し出した手を引っ込めながら、出来るだけ低姿勢で謝る。

考え事をしながら走っていた僕が悪かったのは自覚している。


「そうやって女の子を口説くのが、この辺りでは流行ってるのかしら。かなり乱暴なのね。それとも本当はあのまま襲うつもりだったとか…」

「ち、違うよ!ぶつかったのは本当に偶然だったんだ。君がここにいるのは、直前まで気がつかなかったんだし。襲うなんて誓ってしないよ!」

「どうだか…。襲わないっていうなら、もう近づかないでくれるかしら。まだここにいるというなら、私も手段は選ばないから」


そういうと、帯剣した短剣の柄を握ってきた。


「わわわ、わかったよ。今あっちに行くから」


慌てて、来た方に戻った。

後ろを振り返って見ると、すらっと抜剣して睨んできた。

わかったから、わかったから!

僕は急いで立ち去った。

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