第七話 胃袋を掴む
僕がとなり町で、暮らすにはどうすればいいかを聞いていた。
「でも、君の年齢で一人暮らしは、厳しいかなぁ。わ、わ、わたしと、い、一緒なら……。って、今のなし!」
村長さんがこっち睨んでるから!
変なこと言わないでよ…。
住み込みとか、寮のある仕事場は人気だから、すぐいっぱいになるみたいだし、流石にこの歳で一人暮らしは、許可がでないか。
今はまだ難しいかー。
もう、いっそ、レティに同居させてもらうとか……。
いやいや、そういう訳にはいかないよ。
村長さんよりパウラさんの笑顔の方が怖い。
まあ、情報収集はしておいて損はない。
「一人暮らしは、ひとまず置いといて、マルネは暮らすにはどんな町なの?」
マルネはとなり町の名前だ。
「暮らしやすい良い町よ。治安は比較的いいし、人付き合いのいい人たちばかりだし。あ、でも、食事はイマイチかなー。いつも冷えたものばかりで美味しくないの」
「それはあなたが料理もせず、出来合いのものばかり買っているからでしょう」
パウラさんがにっこりしながら、そう指摘する。
さっきから、なんだかそっちを見てはいけない気がする。
「ううっ…。仕方ないじゃない。毎日外食すると高くなるし、わたし料理できないし……」
あ、そうか、これなら、うまくいかないか?
料理ができれば、住み込みとかなら、どこか1人くらい雇ってくれるところないかな。
住まわせてもらう代わりに料理します、とかで。
そのことを話してみると、試しに作ってみてよ、ということになった。
その間にこっそりと料理スキルを取っておく。
スキルレベルは1もあれば、失敗せずに作れるだろうけど、念のためにスキルレベル2にアップグレードしておいた。
台所を借りて、料理をしてみる。
スキルのお陰でレシピも自然と分かったし、変なものはできないだろう。作った料理を披露する。あ。味見忘れた。
「うそ、おいしい。なにこれ、リンくん、これならお店ひらけるわよ」
村長さんもむむむと唸っている。
これならレベル1でもよかったかな。
パウラさんの方を見ると、カッ!と目を見開いてレティの肩を掴んだ。
「レティ!あなた、リンくんと一緒に住みなさい!」
ええええぇっ!
パウラさん、いきなり何言い出すの?
「なななな何よ、お母さん。その話は後でゆっくりとするんじゃないの?」
え?この後ゆっくりと話をするんだ。
そんな話になってたっけ。
「この歳で働いて自立しようだなんて、なかなかできるものではないわ。料理も上手で、しかもかわいいし、言うことなしの優良物件よ。今のうちに捕まえて離しちゃダメ。うかうかしてると、ティルちゃんあたりに取られちゃうわよ」
働こうとしてるのは、自立じゃなくて、写本の為なんだけどね。かわいいもやめて欲しいです。
「…。そ、そうね。あ、その違うのよリンくん。優良物件とか考えてないからね。料理よ!そう、料理作って欲しいなって。ほら、さっき言ってたでしょ。わたし料理作れないから、リンくんが作ってくれるなら、家賃もいらないし、食材も全部出すわよ。それならお互いいいこと尽くめじゃない。いいわ、そうしましょうよ」
レティが急に早口になって捲し立てている。
何焦ってるんだ。
でも10も離れているとはいえ、いい歳の女の子の家に、男が同居するのは、いいのだろうか。
「大丈夫よ。リンくんは信用できるわ。問題はレティの方だけど、もし何かあったら責任取らせるから。あとご両親には私も説得してあげるわ」
「お、おい、パウラ、何を言ってるんだ。そんなのわしが許すはずな「あなたは黙ってて!」
パウラさん強ぇ…。村長さん涙目でブツブツ言っていじけちゃったよ。
「レティ、いいの?」
「もっちろんよ。お互い様なんだから、気にしないの」
そのまま、3人と一緒にうちに行き、両親を説得してくれた。
主にパウラさんが、いかに僕が成長できるかとか、マルネの町は安全だから大丈夫だとか、丁寧に話してくれた。
村長さんは邪魔ばかりしてたけど、パウラさんに睨まれて、今は隅でシュンとなっている。ちょっとかわいい。
「リンはそうしたいのよね。それが今あなたにとって大事なことなのよね」
それは本当だ。今は写本のためになら、なんだってする。
そのために、今したい、一番大事なことだ。
「そう。ふぅ、あなたもそういう歳になったのね。お父さんも11歳の時に家を飛び出して一人で冒険者になったのよ。懐かしいわね。私も追いかけようとして、家族に止められたわ」
「オレの話はいいだろ。リン、お前、責任を取るって意味わかるか?あと、喧嘩したら、まず土下座から!怒られても土下座だ。そうすればなんとかなる!」
父さん、あまり助言になってないよ。
母さんも若い頃はやんちゃしてたんだな。
その後は、親同士で改めて挨拶をしたり、いつマルネに戻る予定なのかとかを話していた。
結納だの式場だの不穏な単語が聞こえてきたけど気にしない。
無事、両親も許可を出してくれて、マルネに行くのが明後日に決まった。
元々レティはもう少しこっちに滞在する予定だったけど、生活に必要なものを揃えるのに、残りの休暇をマルネで過ごした方がいいだろうと言うことになったからだ。
「なんか、ごめんね。折角こっちに戻ってゆっくり休暇を楽しんでたのに」
「いいのよ。どうせい…。おほん。ルームシェアなんて、ちょっとワクワクするじゃない。マルネに行ったら足りないものを一緒にお買い物しましょ」
「レティシア。そんな新婚みたいなこと言わないでおくれよ。リンなんぞ部屋の外にでも転ばしておけばいい」
「な!何言ってるのお父さん!私たちが新婚さんみたいって…。あ、私たちって言っちゃった。えへっ」
村長さん、レティの様子を見て、落ち込んじゃったな。
これで僕が「お義父さん」とか言ったら、怒り狂うんだろうな。
どうも僕の将来が固まりつつあるようにも感じるけど、深く考えないようにしよう。
今は盛り上がっているだけで、後になったら、きっと何でもなかったようになるよ。たぶん。
マルネに行く日になった。
村の外まで来て、家族総出で見送られた時は、あたりの人たちが、何事かと集まりだして、慌てて出発した。
「なんだか、大袈裟になっちゃったなぁ」
「ふふふっ。さあ、行きましょう。午後には着くと思うから、町に着いたら一度、私の借りている部屋に連れて行くわね。荷物を置いたら、お買い物をしましょうね」
レティは嬉しそうだな。
僕も新しい生活を想像すると、思った以上に楽しみにしていた。
お昼になる頃には、マルネの町に着いた。
マルネは石の外壁で、周囲を囲んでいて、四方の門からのみ出入りする事ができる。
門には小さな小屋があり、簡単な人の行き来を確認している。
特に厳しくチェックをしているわけではなく、怪しいやつが入ろうとしていないかな、くらいの確認しかしていない。
「あ!レティシアさん!お疲れ様です。もう、里帰りはお済みでしたか。お早いですね。ん?その子は…。はっ、ま、まさか、レティシアさんのお子さん…」
「違いますっ!この人は未来のだんなさ…。違った、仕事を紹介しに連れて来たんですよ」
ちょっと違うことを言いそうになっていたような気もするけど、これは予め想定していた問答だ。
いきなり、10も歳下の子を連れ込んで同居します、とかじゃレティの外聞が悪い。
しばらくはあまり公にはせず、目立たないようにしようと、二人で決めていた。
二人だけの秘密、うふふっ、とレティがモジモジしていたのは、見なかったことにした。
町に入った僕たちは、一旦レティの借りている貸し部屋に寄り、荷物を置いたら、小物とか料理道具などを買いに出かけた。
部屋には碌な調理道具がなかったのだ。
「だって、料理するたびに鍋を買い換えるなんて勿体無いじゃない」
普通、毎回鍋は買い換えません。
どんな料理をしたら、一つ料理を作るだけで穴が空くほど鍋を焦がすんだよ。
鍋、フライパン、調理用のナイフ、コップ、カトラリー類、タオルとかも買った。今日の夕飯から作る予定だったから、食材の他、調味料も塩しかないというので、ハーブ類や砂糖や胡椒も揃えた。
コックさんみたいだねーとレティは言うけど、これくらいは普通じゃないかな。
だいたい買い揃えたかな。
あとはまた買い物にくればいいや。
ふと目に入った建物が気になる。
鎧を着けた厳つい顔の男たちが、大きな袋を担いで何人も入って行くのが見える。
「あ、やばい、そっちはだめ。こっちからまわり道をして帰りましょ」
「何で?この先じゃなかったっけ」
「そうだけど、今はあの建物に近づきたくないの。この時間だとエミィに見つかっちゃう」
裏に回って遠回りをして部屋に戻ってきた。
「さっきのあの建物が冒険者ギルドよ。今日はこの時間だと、仲のいい同僚の子が受付にいるはずだから、気づかれたくなかったの。別に見られるのは良いんだけど、あの子も私と同じでね…。男の子を連れてるのを見られると、人が大勢いる中で騒ぎそうだったから…。主に悔しがってね」
あぁ。その同僚さんもレティと同じ婚活の悩みを持ってらっしゃるのか。
後で人のいない所で紹介するね、と言っているから、騒がれるのは確定らしい。
「冒険者ギルドって、どんなところなの?」
ちょっと気になったから聞いてみた。
「怖い顔のオジさんたちが、ニコニコしながら、世間話をする場所……かしら」
違うと思うぞ。
それだと冒険者成分がその説明に一つも含まれていない。
詳しく聞くと、知らなくていいのに、と言いつつ教えてくれた。
冒険者ギルドというのは、正しくは、王立冒険者活動支援事業センターというらしい。
長いからみんな冒険者ギルドとしか言わない。
他にも商業ギルドは王立地域中小商業支援機構、生産者ギルドは特定生産者事業推進課マルネ出張所という。長いよ。
どれも王立の組織・施設で、国の税金で運営されている。
その施設で働く職員は、時間雇いのおばさんたちは除くと皆、王国所属の公務員になる。
レティもこう見えて、王国公務員1種の職員なのだ。
冒険者ギルドの受付担当は、王国公務員の中でも花形職業で、去年の春の就職時期では、千倍以上の倍率になったそうだ。
他の町では冒険者たちにモテてまくって寿退職率も高いらしいけど、マルネの冒険者の間では、ファンの集いというのが組織されていて、抜けがけをしない、という不文律があるんだとか。
「僕も冒険者ギルドに登録すれば、冒険者になれる?」
「だめよ。冒険者は危険な仕事ばかりだから、リンくんにはまだ早いわ。生産者ギルドなら採取クエストばかりだからそっちにしたら?」
冒険者ギルドでは逃げたペットを探したり、引っ越しの手伝いのような依頼もあるらしいけど、魔物退治や盗賊の討伐など危険な依頼が大半になるらしい。
その分、依頼料はかなり良くなっている。
生産者ギルドの依頼は、ほとんどが素材の採取だそうだ。
簡単な内容なだけあって、依頼料は少なめになる。
村で稼いだお金はさっきの買い物でほとんど使ってしまった。
やっぱり大きく稼げる冒険者ギルドの方がいいな。
「レティは仕事はまだ休みなんでしょ?」
「ええ、そうよ。明日までお休み。明日は悪いんだけど、一人で居られる?折角だから休みの時にやっておきたい用事があるのよ。役場に行って、リンくんの転居届けとか、ここの大家さんにも、同居することを伝えないといけないしね」
「それなら、僕も一緒について行った方が良くない?」
「大丈夫よ。事務手続きだけだし、時間かかるし、わたしだけで充分だから。リンくんはこの辺りを見て回っていたら。この辺は治安もいいし安全よ」
それなら、お言葉に甘えさせて貰おうかな。
その日は、早速、スキルによる料理を振る舞った。
この部屋で暖かい料理が食べれるなんて、と泣いて喜ばれた。
大袈裟だな。
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