第81話 剣技大会です

父からエドワードと婚約の命令を受けて数日がたった。

私は変わらずに剣術の稽古を続けている。

一人でいるとどうしても暗い気持ちになってしまうので体を動かして考えないようにするしかなかった。


父に婚約を言い渡された後一度エドワードに会ったけれど、いつもと変わらない彼の態度に婚約の話は切り出せなかった。


そんな中、前々から準備されていた剣技大会が開かれる。

大会当日私は両親や幼い弟と一緒に王族用の観覧席に座っていた。

参加する理由がなくなってしまったので以前メアリーに頼んだ参加登録は取り消してもらった。




「ここに剣技大会の開催を宣言する!今年から優勝者にはひとつ、私から褒美をやることにした。爵位や報酬などを与えることも検討しよう!」



父がそう告げると参加者だけでなく観戦していた者たちからも歓声が上がる。

中には兄の姿もあり気合いを入れる様に拳を握っていた。


それをぼんやりと眺めていた私だったがその中にジェード様の姿を見つけて息が止まりそうになる。

ジェード様は私の姿を見つけるとこちらを見つめて微笑んでくれたのだ。

何か期待させるようなその微笑みに頬が熱くなるのを感じて思いきり視線を反らしてしまう。



そんな顔を見せるのは…止めて欲しい…

私はもう、ジェード様を好きでいちゃいけないのに…



出来れば部屋に戻って鍛練していたいが、父にそれを告げたところ「強い者の戦いを知ることで自分の鍛練にも身が入るものだ」と言われてしまい、許可してもらえなかった。

剣技大会が終わるまでは戻れそうにもない。



なので私は幼い弟に構うことで気を反らす事にした。


「あー?」


「ブレイクー!ブレイクはお姉ちゃんの癒しだよね?」


「あーいっ!」


「あらあら、二人とも仲良しねぇ」


唯一の癒しは母の膝の上で無邪気に此方を見つめてくる弟のブレイク。

体を動かすのが好きなのか手足をバタバタさせてはきゃっきゃっと喜んでいる。

それを見ているだけでほっこりと笑顔になってしまうのだから赤ちゃんのパワーは凄い。

この笑顔、まさに癒し。







◇◇◇



ブレイクと戯れているうちに試合は進んでいた。剣技大会の会場として儲けられたスペースは広く、一度に四組が試合を行える。

なるべく見ないようにと目をそらしていたジェード様は順調に勝ち進んでいたようだ。



「では次の試合に参りたいと思います…ついに…皆さんおまちかねの決勝!我らがダニエル殿下対ジェード!」



進行役の騎士によって読み上げられた名前に一際歓声が大きくなる。

私も思わず目を向けてしまった。

そこには各々剣を構え対峙する兄とジェード様の姿。


いつぞやの決闘の時のように割り込んだりする事はないがなんとなくハラハラしてしまう。


「前回の優勝者シグルド団長が今回は不参加の為、このお二方が決勝に進みましたー!今回の優勝者はどちらになるのでしょうか!?では――始めっ!」


進行役の言葉と共に試合は開始された。


私はどちらを応援すればいいのかわからず二人の様子をただじっと見守るしか出来ない。

二人は一進一退の攻防を繰り広げる。

随分と長い時間打ち合いが続き、やがて試合に決着がついた。


勝ったのは―――ジェード様だ。


悔しそうだけれど、どこかスッキリしたような顔の兄とジェード様が握手を交わすと会場は最高潮の盛り上がりを見せた。



優勝者を称えるため父が観戦していた席から立ち上がり、先程まで試合が行われていた場所まで降りようと歩きだす。踏み出したところで思い出したかのように振り替えると父はこちらを向いて手招きした。


「アリス、お前も来なさい」


「……え?」


「優勝者を労ってやるといい」


父はそういうと優勝者のジェード様の元へと歩いていく。




何を考えてるんだろうお父様は……

私がジェード様に想いを寄せていたことを知っている癖に。

上手く労える自信なんかないのに…




そう思って動けずにいると母がそっと背中を押してくれた。


「アリス。大丈夫だから行ってらっしゃいな」


何が大丈夫なのか分からないが母にまで言われたのなら座ってるわけにもいかない。渋々父の元に向かった。

私が隣に来たのを確認すると父は参加者全員を、そして健闘を見せた兄とジェード様に労いと称える言葉を送った。


「さて…では最後に私から優勝者であるジェードに褒美を与えよう。何か希望があれは申してみよ」


父はそう告げるとジェード様を真っ直ぐに見つめた。


「はい」


ジェード様は襟を正すと父の前に膝をつき頭を下げ希望を口にした。


「結婚を前提にアリス王女殿下とお付き合いをさせてください」


その言葉が発せられた途端、全てが静まり返った。



しんと静まり返る会場。

ジェード様が何を言ったのか誰よりも早く理解したのは父だった。


「ほう…断ったらどうする?」


「何度でもお願いします、認めていただけるまで」


ジェード様と父がじっと視線を交わす中、私は何が起こってるのか理解できなでいた。




お父様とジェード様はなんの話をしているの……?

そうか…これは幻覚なんだ。私ってばジェード様の事が諦めきれなくて幻覚を見てるんだ…



慌てて自分の頬をつねってみる。

痛かった。



「ふむ………アリス、どうする?」


「……どう、と…言われても…」


「アリスが求めても応じなかった男が、今度は向こうからアリスを求めている。応じるか、否か。決めるといい」


その言葉に驚いて父を見上げると優しく微笑んでいた。


「わ、私が……決めてもいいのですか?お父様は私とエドワード様を婚約させたのに…ここで私がジェード様を選んでしまっても、よろしいのですか?」


答えなんてとっくに決まっているのに、それを言い出せない私の頭を優しく撫でると父は屈んで私と目線を合わせた。


「構わない。私はこの男を試したかったのだ。アリスの事をどう思っているのか知りたいと思った。お前からの愛情に答えることが出来ぬ男に、可愛い娘をくれてやるつもりは無いからな。その為に、ジェードの前で婚約を命じた…何か行動を起こすこと期待して…まぁ、動き出すまでに随分時間はかかったようだがな」


「お父様……」


「私は国王である前に父親としてお前の幸せを心から願っている。本当に大事に想う者と幸せになりなさい」


父は私の頭をもう一度撫でるとジェード様の方を向く。

つられて私もそちらを向くとジェード様と視線が合う。


「私の未熟さゆえ、貴女を傷付けてしまったこと申し訳ありません。けれどもう二度と、アリス様を傷付けたりしないと誓います……どうか私の想いを受け取っていただけませんか?」



こんな時、どうしたら正解なんだろう…

どういう反応をしたら当たり障りないのか……いや、止めよう、そうじゃない

回りが求める答えじゃなくて、私がどうしたいかだ



自分の心を落ち着けるようにひとつ深呼吸して私はジェード様の方へ一歩、踏み出し口を開いた。


「はい…どうか、私をジェード様のお傍においてください」


私の言葉にジェード様は少し目を見開いてから笑った。

その顔は少し照れたような嬉しそうな笑顔だった。


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