第72話 母の援護です

新たに目標を立てた次の日。

ジェード様を叩きのめす、と言ったものの目的はもちろん別だ。

私はジェード様と同じ目線に立ってどうして振られてしまったのか訳を知りたい。

知らなければ改善することも新たな対策を立てることもできないと思う。


自分なりに振られた理由を考えてみた。

単純に好みで無かったのならまだ仕方ないかもしれないが、今までの関係から少しは意識してもらえているのでないだろうかと思っている。

ジェード様は真面目で真っ直ぐな方だ。気のない相手に気のある素振りを見せ翻弄させるような技量は失礼ながらないだろう、それにルパートに誘拐された時は二度も私を助けに来てくれた。

騎士の仕事だからと言われればそこまでだが二度目に助けに来てくれた時の必死さ、我を忘れて私を呼び捨てにしてくれた事などを思い返しても少しは大事に思ってくれているはずだ。


ならば何故、振られてしまったのか。

頭をフル回転させた結果、ひとつの回答が思い浮かんだ。


『ジェード様と同じ立場に立てば彼の考えていることが分かるかもしれない』


同じ目線に立つことが出来ればジェード様を知ることが出来るのではないだろうか。



さっそくメアリーに頼んでウィルを呼び出してもらう。

口が固く私をよく知っている人物で、尚且つ協力してくれそうな人。



「お呼び出しして申し訳ありません、ウィル叔父様」


「可愛い姪っ子がお呼びとあらば喜んで馳せ参じますとも。それで叔父さんに頼みとは何かな?」


へらりと笑みを浮かべたウィルに一歩近づくとじっと瞳を見詰める。


「お父様やお兄様には内緒で私に剣術を教えて下さい」


「…………………………は?」


ウィルは言葉が理解できないと言うように目を瞬かせた。


「なんでまた…あ、いや…そりゃたしかに危険な目にはあったし自衛の為にも必要なのかもしれないが……姫君が剣術って言うのはちょっと…。第一ダニエル達が黙っていないだろう?」


「だから内緒にするんです」


「内緒って………。いいかいアリス、剣を持つと言うのはアリスが思っている以上に大変な事なんだよ?」


聞き分けのない子供を諭すようにウィルは屈んで私に視線を合わせる。

けれど私には引き下がれない理由がある。


「叔父様、私は自分の身一つ守れないような小娘でいたくないのです」


「…それが理由かな?」


「はい。けれどそれだけではありません、私の身に何かあれば傷付けて悲しませてしまう人がいる…大好きな人たちを悲しませない為にも、私は強くならねばならないのです。そして……どうしても勝ちたい方がいるのです」

本当の理由は違うけれどこれも理由のひとつだ。

二度あることは三度あると言うし、私は身を守る術を身に付けておくべきだと思う。



「勝ちたい人か……誰なんだい?」


「ジェード様です」


ジェード様の名前を出せばウィルは眉をぴくりと動かした。


「いくらなんでもそれは……」


無理だろうとウィルが言いかけた時、部屋のドアがノックされ母が入ってきた。


「話は聞かせてもらったわ。ウィル、是非アリスに剣術を教えてあげて」


いつの間にか盗み聞きしていたらしい。


「お母様!」

「義姉さん!?何を考えているんですか…アリスはまだ子供ですよ?」


援護してくれる母の登場にウィルは眉間のシワを深くした。

それにしても、いつもへらへらしているウィルがここまで険しい顔をしているのは始めて見た気がする。


「あら、何事も始めるのに年齢は関係ないわよ。それに私が剣術を習ったのも幼いころだもの」


「お母様が剣術を…?」


「えぇ。そうなの、若い頃は騎士団の任務にも参加していたのよ」

「……義姉さんは第二騎士団の副団長を勤めていたこともあるんだよ、少しの間だけどねぇ」

ウィルが半ば呆れたように肩を竦めて苦笑浮かべる。



マジか!うちのお母様凄かったんだ!



優雅に微笑むその様子からは剣をもつ姿などまるで想像が出来ない。


「もしウィルが断るのなら私が教えるけれど…」


「何言ってんですか、あんた一国の王妃なんですよ!?もう剣なんて持たせてもらえるわけが…」


「大声を出さないで、誰かに聞かれてしまうわ。内緒のお願いなのでしょう?」


母は言葉が荒くなったウィルを宥めるようにそう告げる。


「お願いよ、ウィル。アリスにも譲れないものがあるのでしょう?どうか協力してあげて」

「お願い、ウィル叔父様!」


母の言葉に続いて頭を下げれば彼は髪を乱暴にかき上げて深くため息をついた。


「わかった、わかったよ。まったく本当に似た者親子だねぇ君たちは……。陛下やダニエルにバレたら俺は知らぬ存ぜぬを通すからね?」


「大丈夫よ、バレなければいいんだもの」

「大丈夫です、バレませんから」

「「ねー?」」

息ぴったりで声を揃えた私と母にウィルはもう一度深いため息をついたのだった。

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