第73話 不確定事項です
剣術の稽古を始めて二週間が過ぎた。
「踏み込みが甘い!目は絶対に閉じない!」
「はいっ!」
ウィルの稽古はかなり厳しいものだった、最初の頃こそ筋肉痛や力加減が分からなくて怪我をする事もあったけれどその度にエドワードが魔法で治してくれた。
私が剣術の稽古を受ける事を話したら協力者として一緒に稽古を受けるといってくれた、一人より二人の方が頑張れるだろうからと。
『婚約者候補』として現れてから気を許してはいけない相手だと思い込んでいたけれど、エドワードって凄くいい子なのよね……。
泣いてる女の子には優しいし、魔法使えるし、紳士的だし、こんなことにまで付き合ってくれるし…。
さすが父が選んだ婚約者候補だと感心すらしてしまう。
「アリス、剣を持ったら気を抜くな」
「っ…!申し訳ありません!」
ウィルに声をかけられ直ぐ様顔をあげる。
いけない、教えてもらってるのに集中しないのは失礼だわ
「もう一度お願いします!」
「よし、今度は通常の剣で掛かってきた後に短刀で素早く追撃してみなさい。短刀はけして直前まで出さないように、ギリギリまで引き付けてから追撃するんだよ」
「はい!」
「けして力で押し切ろうとしないこと。剣を相手の手から落とすことが出来れば勝てる」
「はい、ウィル叔父様」
剣技大会のルールは至ってシンプル、相手の手から剣を離すことが出来れば勝ち。
参加資格は剣を扱えるものであれば誰でも可能、もちろん女性や子供でも構わない。
過去に子供が参加した事も何度かあるらしいが優勝するのは大抵騎士団の人間だ。
使用できる剣の種類は問われないが、本数は一人二本まで。
ちなみに前回の大会結果は優勝が第一騎士団団長のシグルド、準優勝がジェード様、そしてこの二人に続いた三位は兄。
トーナメント形式で行われる大会の為、ジェード様と当たるまで勝ち続けなければいけない。
加えて、ジェード様に勝てるまで私の正体を知られてはいけない。
理由は手加減されてしまったらジェード様と同じ立場になんて立てないから。
熱血漫画じゃないけど、本気でぶつからなければ分からないこともあると思う。
その為にもギリギリまで私の正体を誰にも知られないように、大会へのエントリーは下働きの子供として偽名を使い申し込んでいるのだ。
剣術の稽古を終えた後、自室へと戻るとメアリーが紅茶をいれてくれた。
無意識のうちに喉が乾いていたのだろう、いつも以上に美味しく感じる。
「姫様、ご報告があります」
紅茶を堪能しているとメアリーが声を潜め話し掛けてきた。
部屋の外で護衛してくれているエリックに聞かれたら困る内容なのだろう。
同く私も声を潜める。
「なにかしら?」
「以前、お調べするとお約束した件のご報告です」
その言葉が一瞬分からなかったが、そういえばメアリーに「ジェード様が私を避ける理由を調べて欲しい」と頼んでいた事を思い出す。
「聞かせて」
「独自の情報網を使って探ってみたところジェード様は『騎士はいつ死ぬか分からない仕事、大事な人を悲しませたくない。けれど自分は騎士の仕事を誇りに思っている、やめることは出来ない』と同僚に話していた事がわかりました。恐らくそれが姫様を避け、拒んだ理由かと」
「……その言い方だとまるでジェード様が………私を…好いて、くださっている…ように聞こえるのだけれど」
「あら、お気付きになりませんでした?大分前からジェード様は姫様にデレデレでしたよ」
今更何を言っているのですかとメアリーは目を瞬かせる。
どくんと心臓が跳ねた。
メアリーの話が本当だったとしてジェード様と両想いだとしたら、これ以上に嬉しいことはない。
「知らなかったわ……でもジェード様は…」
話を聞く限りジェード様は私と結ばれるには騎士を止めなければいけないと思いこんでいるようだ。
「私の為に全部捨てて」なんて言うつもりは更々ないし、ジェード様が大事にしているものは私も大事にしたいと思う。
それが騎士という危険の伴う職業だとしても。
けれど、もし、騎士の任務でジェード様が死んでしまったりしたら。
私はきっと立ち直れなくなる、想像しただけで泣きそうだ。
失いたくない。けれどジェード様に騎士をやめて欲しくもない。
ならどうすればいいのか。
不意に、考え込む私の頬をメアリーの暖かい手が包み込んだ。
「姫様、死ぬことを恐れていたら何も出来ないとは思いませんか?人は生きている以上必ず死にます。だからといって目の前にある幸せに見て見ぬふりをして、手に入れようとしないのは愚かだと思うのです」
私を見つめる瞳は優しく細められる。
「そう、ね…」
いつかくる死に怯えていたらそれこそ何も出来ない。
確かに、もしジェード様を失ったら私は立ち直れないくらい悲しむだろう。
でもそれは確定事項じゃない。
「ジェード様は失うことに対して少し臆病なのですわ。ですから姫様がその根性を叩き直して差し上げれば宜しいのです」
そういって微笑むメアリーに私は素直に頷き返すのだった。
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