第70話 ひとつの決意です

見事な薔薇が咲き誇る庭園。


その真ん中にある薔薇のアーチ、その下で私は彼を真っ直ぐに見上げる。






「申し訳ありません、王女殿下。私が想い慕う女性は貴女ではないのです」






その言葉に足元が崩れ落ちそうな錯覚を覚える。それと同時にやっぱり、と納得してしまう自分がいた。






所詮私の自惚れに過ぎなかったんだ、と―。






返答できずにいる私に背を向けて、彼は行ってしまう。


私達から少し離れた庭園の入口で悲しげに此方を見つめていた彼女―――このゲームのヒロイン、フィオナの元に。










「…ちょい役はヒロインに敵わないのかな…」




自嘲気味に呟いた言葉に視界が歪む。足元からくぅーん、とセバスチャンの鳴き声が聞こえた。




「…王女殿下?」




不意に呼ばれてのろのろと顔をあげると誰もいなくなったはずの庭園に、エドワードの姿があった。




「何故、泣かれているのですか?」




エドワードは心配そうに駆け寄ってくるとハンカチを取り出し、そっと私の頬を撫でた。そこで初めて自分が泣いていることに気が付いた。


視界が歪んでいたのは涙のせいらしい。


一国の王女がこのくらいの事で泣くなんて、情けない。格好悪い。


私は出来る限りの笑顔を浮かべ取り繕う。




「なんでも、無いのです!大丈夫ですから」




そう告げたのに、エドワードは腕を伸ばしてぎゅっと私の体を抱き締める。




「泣いてもいいですよ、誰も見てないですから」




よしよしと子供をあやすように頭を撫でられる。




「…泣いてないです」




「はい」




「ちょっと、目にゴミが入ってしまっただけで…」




「そうですね」




「大丈夫です」




「はい」




私が呟く言葉を背中を擦りながらエドワードは聞いてくれる。


その肩口に目頭を押し当てて溢れそうになる感情を圧し殺すのだった。










私が落ち着いたのを見計らってエドワードは手を引きながら、部屋に送り届けてくれた。




「姫様!?どうなさったのですか!?」


目を赤くして戻ってきた私を見て、部屋の前で迎えてくれたマリーが慌てて駆け寄ってくる。


説明できずにいる私を庇うようにしてエドワードが一歩前に出た。




「すみませんが、王女殿下に暖かい飲み物をお願いできますか?」




「畏まりました!」




マリーがわたわたと準備をしに部屋を出たのを見届けると、エドワードは私を椅子に座らせ頭を撫でながら優しい声で囁く。




「…王女殿下、私をあの騎士の代わりにしてください。私なら貴女だけをずっと大切にします」






ジェード様の代わり…?


そんなの誰にもできるわけがない。どんな人間にも代わりなんていないのだから。






私が首を横に振るとまた言葉をかけられる。




「そんなに…あの騎士殿がお好きなのですか?」




こくりと頷いた私からエドワードが一歩離れた。


俯いているから顔は見えないけれど、きっと傷付けてしまったかもしれない。それでも私にはジェード様だけなのだ。


代わりなんて要らない。


諦められない、忘れる事なんてできない。




それくらい私はジェード様が好きで、大好きで仕方ない




「ならば諦めなければいいではないですか」




聞こえてきた声に顔をあげればにっこりと微笑み私を見つめるエドワードの姿。




「それとも一度振られたくらいで絶えてしまうような想いなのですか?」




顔を上げた私の頬をエドワードが両手で包み込む。




「単純な事ですよ、諦められないなら諦めなければいいのですから。相手にしてもらえないのなら相手にされるまで挑戦すればいいのですよ、私のようにね」




悪戯っぽく微笑みながら告げられたその言葉。






そうだ、一度振られたからといって諦めてしまえばそれで終わりになってしまう。


相手にされないのならされるまで何度でも。




「ありがとうございます、エドワード様。私、諦めませんわ」




頬に触れたままの両手に自分の手を添えて見詰め返せばエドワードは目を細めて優しく微笑んだ。




「それでこそ王女殿下です」

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