第69話 騎士の想いです(ジェード視点)

聞こえてきた言葉に耳を疑った、振り返ってみれば顔を真っ赤に染めて此方を見つめるアリスの姿。


「申し訳ありません、王女殿下。私が想い慕う女性は貴女ではないのです」


口から溢れた言葉にアリスの腕は力を失いするりと掴んでいた袖を離す。


顔は見れない。


彼女の返答を待たずして私は歩きだした。ふと庭園の入り口にフィオナ嬢が困惑したような悲しそうな表情を浮かべ、立っているのが見えた。


見られてしまっただろうか、情けないところを。


「…フィオナ嬢、少しいいですか」

「え、あ…はい!」


フィオナ嬢を連れだって歩く。

背中に感じる視線には気がつかないフリをした。

廊下の角を曲がった所で私はフィオナ嬢に頭を下げる。


「先程のこと、他言無用でお願いします」


「も、勿論です!ところで…あの、騎士様は……本当に王女殿下をお慕いしていないのですか?」


フィオナ嬢は僅かに頬を赤らめながらずいっと身を乗り出して尋ねてきた。



そんなわけない…誰よりも愛しい、傍で守りたい



けれど私には心のままに行動できない理由がある。

騎士とは危険の伴う職業だ、任務の最中に殉職した騎士仲間を私は何人も知っている。

第一、第二、第三騎士団…すべてにおいて危険は付き物だ。

私に何かあればアリスを悲しませてしまう。

大事な人に置き去りにされる辛さや悲しみを私はよく知っていた。以前見た夢の様に愛する人を失う虚無感、悲しみ……それを彼女には味わってほしくない。


彼女を優先して騎士をやめる事はできない…私はこの仕事を誇りに思っているし遣り甲斐を感じている。

もし私が騎士でなければ迷うことなく彼女を選んだろう。



その思いから告げられた想いを拒絶した。

彼女は傷付いているだろう、けれど私が想いを告げて一時の幸せを得られたとしてもそれはいつ失われるか分からないものだ。



彼女を悲しませたくないが為に私は彼女と結ばれることは望まない。



以前ダニエルと話して考え出した答えだ。

これ以上彼女に好意を持たれないようになるべくか変わらずに居たつもりだが、無駄だったようだ。


「…騎士様?」


返答のない私を不審に思ったのかフィオナ嬢が首をかしげ、此方を見つめてくる。


「なんでもありません。そろそろ仕事に戻りますね、抜けてきているので」


「あ…私も仕事中でした。お時間取らせてしまい申し訳ありません」


「いえ、お気になさらず。最初に声をかけたのは私ですから」


フィオナ嬢に軽く頭を下げてから私は背を向け歩きだす。

ダニエルの護衛を途中で抜けてきたのだ、早めに戻らないと。





執務室に急ぎ足で戻ろうと途中まで進んだところでピタリと足を止める。


どうやら口止めは無駄なようだ。

フィオナ嬢が黙っていてくれたとしてもアリスが何も言わなくても彼女達の知らないところでどうやら監視の目は光っているらしい。


「殺気が駄々漏れですよ」


そう声に出すと廊下の天井がパカッと開いてひょこっと侍女が一人顔を出した。



どこから出てきてるんだ!?

…てっきり柱の影から盗み聞きしているとばかり思っていたが……



内心で動揺する私に気が付く事なく、侍女は顔だけ出したまま言葉をぶつけてきた。


「それはそうですよ、私の可愛い可愛い大事な姫様をあろうことかどこぞのお偉い騎士様が振りやがりましたからね。隠してやる殺気なんて皆無ですわ」


彼女はアリス専属侍女の一人、メアリーだ。

どこにでも出没出来るという噂は本当らしい。その大勢は頭に血が登って辛くないのだろうか?という疑問が沸いたが深く尋ねてはいけない気がする。


「個人の色恋沙汰に首を突っ込むのはあまり誉められたものではないですよ。いくら…王女殿下の為であっても」


「あら、私がそんな下世話な女に見えまして?」


メアリーはまるで特殊な訓練でも受けたような動作でひらりと華麗に天井から着地する。

足音すら立てないその動作に関心すら覚えた。


「私は王女殿下を全面的に応援するだけです。何を恐れているのか存じ上げませんが、貴方が思うほど王女殿下は弱い少女ではありませんわ」


まるで私の心を見透かしたようにそう告げるとくるりと身を翻し、背を向ける。


「………貴方達のその焦れったい感じ、昔の知り合いに良く似てますわ」


ぽつりとそう呟くとメアリーは振り返ることなく行ってしまった。

立ち去る彼女の背中は少しだけ寂しさを背負っているように見えた。

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