三章
第68話 伝えたのです
フィオナが下働きを初めてそろそろ一年が過ぎようかという頃。
ジェード様と相変わらず距離を詰められない私とは裏腹に、婚約者候補のエドワードは私との距離をぐいぐい縮めようと毎日私の元を訪れていた。
ジェード様はあの出来事があって以降妙によそよそしい。
嫌われている感じではないのだけれど、私と二人にならないように避けているように思えた。
もちろん心当たりなどない。
「はぁ………なんで、どうしてこうなるの……」
「あ、姫様お行儀悪いですよ!それにため息をつくと幸せが逃げると言いますわ」
机に肘をついてため息をついているとメアリーに注意された。
彼女の足元では以前、森で私を見つけてくれたわんこのセバスチャンが寛いでいる。まるで自分の部屋のようだ。
その代わりにたくさんもふらせてくれるからいいんだけどね……
そう思いながら椅子から降りてセバスチャンの背中を撫でる。するとチラリとこちらに視線を向け『仕方ないなー』と言うように仰向けにごろんと寝転がってくれる。
待ってましたと言うように私は露になったもふもふのお腹に顔を埋めた。
「ため息もつきたくなるわよ、ジェード様との距離は縮まらないのにエドワード様はばんばん距離を詰めてくるんだもの!はっきり拒絶しても諦めるどころが寧ろ、情熱的に言い寄ってくるのよ!『いつか振り向かせて見せます』とか自信満々で!ご遠慮願うわ!」
セバスチャンのお腹をもふもふしながらメアリーに愚痴る。
今の私は確実にジェード様不足だった。
どうにか、どうにかしてジェード様とお話しする機会を作りたい……。
私がそう呻いているとメアリーが私の傍らにそっと膝をつく。
「以前のようにお菓子を差し入れられては?」
「差し入れ……持っていったの。でも何度行っても…お腹の調子が悪いからとか、お腹一杯だからとか断られるようになってしまって…」
「あらあら……では私の方で調べてみましょうか、何故ジェード様が姫様を避けているのか」
その言葉にそんな事可能なのかと驚いて顔を上げれば、にっこりと優しく微笑むメアリーが視界に映る。
「姫様を思い悩ませている原因を突き止めて参りますから、その代わりひとつお願いを聞いていただけませんか?」
「お願い?」
おうむ返しに首をかしげた私にメアリーは頷くと、私の耳にそっと囁いた。
「そんな事でいいのならいくらでも構わないわ」
囁かれた内容を了承すればメアリーは嬉しそうに笑う。
「姫様、女に二言は無しですわよ?では早速調べて参りますね!」
約束に釘を指せばメアリーはぱちんと軽くウインクして部屋を出ていった。
「………メアリーって即行動派だね」
「わふん」
残された部屋でポツリ呟くと同意を示す様にセバスチャンはひとつ頷いた。
暫くは戻ってこないだろうと思い、メアリーの代わりにセバスチャンをつれて私は庭園を散歩することにした。
心地好い風が吹き抜ける庭園。その真ん中には母お気に入りの薔薇のアーチがある。
私はその下にごろりと寝転がった。
はしたないかもしれないけど、植え込みに隠れて見つかることはないだろう。
「アリス様!」
「…っ!?」
見つからないと思いっていたところに急に声をかけられてびくりと体を起こせば庭園の入り口からジェード様が走ってくるのが見えた。
「お怪我は!?どこか具合でも悪いのですか!?」
ポカンとする私にジェード様は心配そうに駆け寄ると顔を覗き込む。
「い、いいえ…どこも悪くは…」
「けれど今お倒れになっていたではありませんか!」
「それは…気分転換と言うか、ただ横になってみただけで……」
「………え」
どうやら私が横になった姿にジェード様は具合が悪くて倒れたと思って、慌てて駆け寄ってきたらしい。
誤解だとわかった瞬間、ぶわりとジェード様が顔を赤く染めた。耳まで赤くなり気まずそうに視線をさ迷わせる。
ジェード様が……赤面してる…。
か、可愛い!!
つい緩みそうになる表情筋を必死に押さえつけていると、ジェード様は視線を反らし口許を押さえながら「失礼しました」と背を向け立ち去ろうとする。
私は慌てて腕に手を伸ばし、ジェード様の袖を掴む。
何か言わなければ。
もう少し話していたい。
感情が胸から込み上げるのと同時に無意識のうちに、唇が言葉を発していた。
「好きです」
それが私の言葉だと認識した瞬間、火が吹き出そうなくらい体温が急激に上がるのを感じた。
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