第63話 脱出するそうです

目を覚ますとそこは見知らぬ部屋だった。


何度目だ、この展開。

これは、考えるまでもなくルパートの仕業でしょうね…。


首謀者のルパートは何かしらの形でフィオナに近付き、あの甘い香りで彼女を意のままに動かしていたのだろう。

フィオナだから大丈夫とどこかで油断していた私も悪い…。

反省しなければ、そしてやはり剣術や自己防衛技術を習う必要があるのを痛感した。



誘拐が二度目ともなると私の頭も妙に冷静だ。

とりあえず体をお越し、冷静に辺りを観察する。


足枷や手枷など行動の制限されるものは付いていない、部屋は円形で私の寝かされていた所はベッドのようだ。

その枕元にはぬいぐるみがいくつか置いてあり、どれからも甘い匂いがしている。

この匂いは本当に遠慮願いたい。


ベッドから抜け出してみれば私は寝間着のままで、部屋にある他の家具は小さめ本棚があるくらいだ。

本棚には子供向けの童話がたくさんならんでいる。

幸いにも窓があったので開けてみたがかなり高さがあった、飛び降りたら間違いなく無傷ではすまない。


だけどこのくらいなら逃げられないこともない!…助けを待つだけのか弱い王女でいるつもりなんて更々ないんだから!

待ってる間にあの変態に何されるかわからないし!



窓から見える空の明るさからするにもうすぐ夜明けだろうか。

ルパートは私の誘拐が成功して気を抜いてるかもしれない、そうであるなら油断している今がチャンスである。

そう考えて私は早速脱走することに決めた。



にしても私、さらわれ過ぎじゃありませんかねぇ?

誘拐なんて経験一回で充分だわ、ルパートめ……。

タンスの角に足の小指をぶつけまくる呪いをかけてやるんだから!



部屋のドアを観察してみると、内側に蝶番がある。どうやらこの扉は内開きのタイプなのだろう。

ふんすと気合いをいれ、まずは本棚の本をすべて取り出す。

空になった本棚をゆっくり部屋のドア前に設置する、想像以上に重くて時間が少しかかってしまったけれどなんとか移動させることができた。

そして本をまた棚に戻す。

ささやかな抵抗だけれどこれで少しくらい時間は稼げるだろう。


次にカーテンをレールから外してカーテン同士を確りと結ぶ。昔映画でよく見たカーテンをロープがわりにして下に降りる作戦だ。

カーテンだけでは長さが心もとないのでベッドシーツも利用する。

使えるものは何でも使え、もったいないとか言ってる場合じゃない。


ようやく完成した即席ロープをベッドの脚にくくりつけ、ベッドを窓際まで寄せると窓から外に垂らす。長さはギリギリ足りたようだ。

これで準備は万端。


最後に部屋の中をくるりと見回す。

なにか武器になるものがあれば是非とも持っておきたかったが、残念なことになにも見当たらない。

とりあえず外に出ても裸足で歩き回らなくてもすむように、ベッドの傍に用意されていた室内用の履き物を上着のポケットにぐいっと押し込む。

柔らかい素材で出来たパンプスのような形のものだが、無いよりマシだろう。



仕方ないか、とにかくここから出なきゃ…!



私は即席ロープをしっかり掴むと窓枠に足をかける。

下を見ると足がすくんでしまうからなるべく視線は向けないで、ゆっくりと降り始める。



半分ほど降りた頃、夜が明け回りの景色を照らし出した。


「嘘でしょ……」


照らし出されたその景色に私は思わずぽつりと溢した。

日の光が照らし出すのは青々と広がる木々ばかり。


遠くにぽつりと城壁と城下町が見える、想像以上に城から離れているようだ。



まだ見える場所にあるということだけでも救い、かな……。



折れそうになる心を叱咤しながら即席ロープを伝って地面に降りきると、ポケットから室内履きを取り出して足を入れる。上着のポケットは要領オーバーなものを詰めたせいで延びてしまったがそんなことを気にしている場合ではない。


一刻も早く、ここを離れなければ。


私は建物を囲む木々の中に飛び込むと先程見えた城下町の方に向けて走り出した。







◇◇

ある程度走ったところで、体力を温存するために歩くことにした。

時々後ろを振り返ってルパートが追いかけてきてないことを確認する。


どのくらい走ったのか、歩いたのか。

まだそんなに時間はたっていないだろうけれどなるべく距離を空けておきたい。

きっともうルパートは私がいないことに気がついているだろう、大人の足で追いかけられたら子供の私なんてすぐに捕まってしまう。



そうなる前に、匿ってくれる人がいそうなところにたどり着かなきゃ…!



その一心で足を動かすけれど疲労は確実に溜まっていく。

ぐぅ、とお腹の虫が空腹を知らせるけれど食べ物もなければ自生した木の実や、食べられる薬草を見分けるだけの知識なんかない。

一歩一歩の足取りが重くなりつつある。



少し、少しだけ……休憩…



荒くなった呼吸を整えるため、近場の大きな木の根もとへと座り込んだ。

寝間着が土で汚れるとかそんなことは頭に無い。

頭にあるのは無事に帰ることだけ。

それと、学習しない自分への苛立ちだった。



本当にもうなんで私ってやつは最初の出来事から学ばないのよ!

あの時、たくさん怖い思いして後悔したのに!!本当、バカ!!!



イライラしたところで事態が良くなるわけでもないが、つい深いため息が漏れてしまう。

その時だった、目の前の繁みがからのそりと黒く大きな毛むくじゃらの生き物が現れた。


まさか熊!?


私は体を硬直させ身構えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る