第64話 死刑宣告です
毛むくじゃらの生き物は私の姿をしばらく見つめ、此方に近付いてくる。そこで気がついたがこの生き物、黒い大きな犬のようだ。
私の体くらいの大きさで此方の臭いをくんくんと嗅いでいる。
野犬だったらこのまま食べられちゃうんじゃ…!?
焦る心とは裏腹に動けない私の臭いをくんくんと嗅ぐ犬。
やがて何か確認し終えたのか大人しくちょこんとお座りをした。
そしてパタパタと尻尾を振っている。
よくわからないけど…とりあえず襲われたりしないってこかな?
私が不思議に思い目を瞬かせるとその犬は『撫でて』と言わんばかりに私の手のに頭を擦り付けてくる。
う…可愛いっ!!今までの疲れが吹っ飛ぶくらい可愛い!!
わんこ……たまらん!
少し躊躇いながら頭を撫でてやれば、満足げに鼻を慣らしている。ここまで人懐っこい子なら間違いなく人に飼われているのだろう。
もしかして、この子についていけば人のいる場所に行けるのでは無いだろうか、そう思い私は言葉がわかるはずもないと思いながらもそのわんこに問い掛けてみた。
「ねぇ、人がいそうな場所を知っている?貴方のご主人様のところでもいいのだけれど、つれていってくれないかしら?」
私の言葉にわんこは少し考えるような素振りをした後、すくっと立ち上がり私に背を向けて歩き出した。
案内してくれるつもりなのだろうか、というか言葉がわかるのかこの子は……だとしたらとても優秀なわんこだ。
私は慌てて立ち上がるとわんこを追いかけて歩き出した。
暫くすると木々の間からキラキラと光るものが見てきた、わんこはそちらの方へ歩いていく。
木々の間を抜けるとこの光るものの正体が明らかになる、湖だ。
もし水が綺麗なら飲む事が出来るかもしれない、と思い一歩踏み出した途端私の背後で暗く低い声が聞こえた。
「見つけた……」
反射的に肩がびくりと震え、振り返ろうとすればなんの前触れもなく視界が反転する。
地面に押し倒されたのだと気が付いたのは視界に広がる青空と、不気味な笑みを浮かべるルパートに見下ろされていたからだ。
「こんなに汚れて……ここまでお転婆だなんて思わなかった。戻ったら逃げ出さないように、その手足を折ってしまおうか」
そう言いながら虚ろな笑みを浮かべるルパートに、私はぞわりと鳥肌が立つのを感じる。
「がうっ!」
私を案内してくれていたわんこがルパートに吠えて牙を向き飛びかかってきたが、ルパートは手近な石を拾ってわんこに投げつける。
命中したのだろう、鈍い音の後にわんこの悲鳴のような鳴き声が聞こえる。
「やめて!」
私が声をあげればルパートは舐め回すような視線を此方に向けた。
「君を手に入れる障害になるなら、取り除かないと……それとも、今ここで君のすべてを奪ってしまおうか。そうだ、それがいい」
にたりと口許を歪めルパートは私の首筋に顔を埋めてると、唇を寄せているのか生暖かい感触にぞわりと不快感が襲う。
「いや、いやあぁっ!!ジェード様っ!お兄様ぁっ!」
気持ち悪さに大声をあげるけれど、こんな森の湖畔でいくら叫んでも誰も来ないだろう。それを知っているのかルパートも離れようとしない。
逃げようにも、男性特有の力強さに押し付けられて足をばたつかせる事しか出来ない。
気持ち悪い……、気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!!!
ねっとりとした執拗な感触からくる気持ち悪さと、恐怖に視界が滲む。
「アリスから離れろ下衆!」
「…ぐ、あぁぁ!」
潤んだ視界から涙が溢れそうになったその時、聞きたかった声が私の耳に届いた。それと同時に赤い何かが視界を掠めルパートが肩を押さえてどさりと私の横に倒れる。
何が起きたのかわからず視線を向けると、ルパートは肩から血を流して呻いていた。
「アリス!」
もう一度名前が呼ばれ私は手触りのいい布にくるまれた。毛布のようなそれを纏った私を名前を呼んだその人はぎゅっと抱き締めてくれる。
黒く短い綺麗な髪、切れ長の目の下にはうっすらと隈があり額には汗が滲んでいる。
いつも私に向けてくれる優しい笑顔は欠片もなく、抱き寄せてくれる手の反対側には剣が握られその先端はルパートに向けられている。
「大罪人、ルパート。王女殿下誘拐及び暴行の罪、その命であがなえ!」
聞いたことの無いようなドスの聞いた声で剣を振り上げるのは、ジェード様だった。
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