第58話 浸食1(フィリップ視点)

妹の様子がおかしい。


年始のパーティーで具合が悪いからと先に屋敷へと帰ったあの日から、どうもぼんやりしていることが多くなった。


原因は間違いなく、帰りに出会ったという男だろう。

妹が行き倒れていたと言って拾ってきた男は、ルイスと名乗った。

彼女は我が妹ながら、かなりのお人好しでどんな人間にも手を差し伸べてしまう。家で雇っている侍女や執事、庭師も彼女が連れ帰ってきた行く宛のなかった人間たちだ。

職を斡旋したりもしたが体に病気を抱えていたり、気難しい性格をしていたりで職を得ることはできなかった。

ならば家で雇えばいいと、フィオナは父に直談判し屋敷で働いてもらう事になった。

皆フィオナには感謝しているようで、当初はかなり頑固だった男も今ではすっかりフィオナや他の者たちと打ち解け、庭師の職をこなしてくれている。


貴族として民の力になるのは当たり前、そう教育を受けてきた俺達兄妹。特にフィオナは正義感も強く、怪我人を見付けては手当てをするし生活に困った人を見れば施しも行う。

お陰で庶民たちからも慕われ、その功績を買われて自然豊かな領地を陛下から戴いたこともある。



連れてきた男を見た時、心の片隅で「またか」と思ったけれどいつものように職を斡旋してやればいいとしか考えていなかった。

それがあんなことになるだなんて……この時、俺は考えもしなかった。


フィオナはルイスを気に入ったのか、自分の従者として雇うように父に頼み込んでいた。

あの子はお人好しで皆に優しく平等なのだ、誰か一人に気を入れることなど滅多に無かった……それが驚くほどにルイスに心酔している。

本人に理由を訪ねてみても「これは私にしか出来ない人助けなの」という返答が帰ってくるばかり。

最初は妹にもとうとう想い人が出来たのかとも思ったが、二人のやり取りをみている限りどうも違うようだ。想い合う男女の甘い雰囲気の様なものは二人の間に全く感じられない。


怪しんでいるうちに、フィオナは休暇が終わり学園に戻っていった。

残されたルイスにフィオナとの関係を確認してみようと屋敷の中を探してみれば、彼は花壇で土いじりをしていた。


「そんなところで何をしているんだ?」

声をかけるとルイスは深く頭を下げた。

「このような姿で申し訳ありません、フィリップス様。フィオナ様に花壇の世話を頼まれたので土を整えておりました」

そう告げるルイスは土いじり用のエプロンに庭師から借りたのだろう、手袋とスコップを手にしていた。それぞれに土がついているところを見ると作業の途中のようだ。

「…フィオナに?」


確かにフィオナは草花が好きで花壇の一角を自分のスペースにし、世話をしていた。しかし何もルイスに頼まなくとも庭師に頼めばいいだろうに。


そう思ってルイスが作業していた手元を覗き混むと何か植えた後なのだろう、土の一部分に水やりがされていた。


「何を植えたんだ?」

「異国の花です。美しい白い花を咲かせるそうですよ」

「異国の花……そんなもの良く手に入ったな」

「城下町で安く売っていたので、ものは試しに育ててみたいとフィオナ様が。本来なら庭師の方にお願いするとの事ですが……私が以前、似たような植物を育てていたことがあったのでこの植物の世話を申し出ました」


なるほど、それなら彼の方が庭師より適任かもしれない。

「たくさん花が咲きましたらお屋敷に飾って欲しいとも言われております」

「そうか、フィオナがそう言っていたのならルイスに任せよう」

「はい、ありがとうございます」


そう言って俺はくるりとルイスに背を向ける。

フィオナが任せたのなら問題はないだろう、それに好奇心旺盛な彼女の事だ。異国の花に興味を持つのも頷ける。



あっさりと納得してしまった俺はふと、鼻孔をくすぐる甘い匂いに足を止めた。

花のようなふんわりとした甘い匂い……何処かで嗅いだことがある。

あれは確か城のパーティーから戻って、フィオナの部屋に行った時だ。体調を心配し部屋を訪れ声をかければフィオナは部屋から出てきて「もう大丈夫よ」と微笑んでいた。

その時にほんのりと漂ってきた香りに似ている気がする。

元を確かめようとするが、その匂いは一瞬で掻き消えてしまった。花壇の近くには温室もある、恐らくそこに咲く花の香りだろう。

フィオナは部屋にもよく花を飾っているから、あの時嗅いだのも飾っている花の香りだったのかもしれない。

その香りに意識を一瞬奪われた俺は、自分がルイスに何を確認しにここまで来たのか忘れてしまっていた。


わざわざ探したのも聞きたい事があったはずなのだが……まぁ、いいか。重要なことならすぐに思い出すだろう。


そう思いながら俺は屋敷の中に戻る事にした。

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