第56話 『お姉様』です
兄を見送った後、父の「家族になるかもしれない相手とは仲良くなろう」という命令に付き合わされ私とジュリア、そしてエドワードの三人は庭園でささやかなお茶会を開くことになった。
この面子で何を話せと!?
マリーの用意してくれた紅茶に口をつけながら私は何を話せばいいのか思案する。
それはジュリアも同じでチラチラとこちらをみたりして会話の糸口を探している。
ジュリアからすればエドワードは初対面の相手で、先程少しぎこちない挨拶を交わした程度だ。
対してエドワードはじっとこちらを真顔で見つめている、私の出方を伺っているのかとても動きにくい。
やっぱり私が話しの切っ掛けを作らないといけない感じですかね…
私が口を開こうとした時、それよりも早くエドワードが口を開いた。
「彼はいつも貴女の護衛をしているのですか?」
彼…?あぁ、もしかしてエドワードが見ていたのは…
エドワードの言葉に私はこくりと頷く。どうやら彼が熱心に見つめていたのは私でなく、私の後ろにいたエリックらしい。
ルパートに狙われている事もあり、今の私にはエリックをはじめとした騎士達が何人か護衛につけられている。常に傍にいるのは大体エリックで、他の護衛騎士は少し離れた所で私を守ってくれていた。
前回エドワードが来たときもすぐ傍で控えていてくれたからそれで聞かれたのだろう。
彼以外の騎士達はたまに入れ替わるけれどエリックは私専属に任命されたらしく、変わることはない。毎日護衛してくれているのでちゃんと休めているか此方が不安になるくらいだ。
「エリックは私専属の護衛ですの、とても頼りになるんですよ」
そういってエリックの方に視線を向けると彼はこちらを向き微笑んでから「私には勿体無いお言葉です」と頭を深く下げる。
その様子を眺めていたエドワードはエリックを軽く睨み付けた。
これは…あれか、まだ婚約者候補だけどエリックに嫉妬してたり…的な?
いやいやいや、あり得ない。ヒロインならまだしもそんな夢女的な展開が私に訪れるはずがない。
きっとエドワードは王家の一員になる為に私に取り入りたくて、傍にいるエリックが邪魔なのかも…
うわぁ、貴族の陰謀怖い!
自分で考えておきながら少し悲しくなるけれど、エドワードが私の婚約者と言う立場を求めるのはそういうことだろう。
エリックは特に意識した様子もなく、エドワードと視線が合えば一礼しただけだ。
人を挟んで視線でやり取りする二人に困った私は、助け船を求めるようにジュリアに話題を振る。
「ところで、ジュリア様はお兄様とどうやって仲良くなられたのですか?」
「…っえ!?」
まさか自分に話を振られるとは思っていなかったのだろう、ジュリアびくりと肩を揺らす。
「失礼ですが…以前はお兄様とあまり仲が良いようには見えませんでしたの。その…婚約破棄のお話が出たくらいでしたし…」
声のトーンを僅かに落とせばジュリアは眉を下げて微笑む。
「そうですね…確かに以前の私は多くの人を傷付け、悪事も働きました…ダニエル殿下に嫌われて当たり前の人間でしたわ」
誘拐事件の時もだが、やはり彼女から過去の自分を反省するような言葉が出ると驚いてしまう。
本当に何があったんだろう……、もしかして彼女も転生者で前世を思い出したとか?
よくある悪役令嬢に転生しましたのパターン?
思考を巡らせる私には気がつかないままジュリアは話を続ける。
「婚約破棄されて…私は自分を見詰め直す切っ掛けを戴いたのです。そのお話をダニエル殿下にさせていただく機会にも恵まれました……。お話をさせていただくにつれてダニエル殿下は私に思いを寄せて下さり私は今度こそ同じ失敗をしないように……あの方をお支え出来る淑女になろうと心に決めたのです。ですからどうやって仲良くなったかと言えば…お互いの思いや考えを話し合ったから、と言う答えになると思います」
上手く纏められず申し訳ありません、と俯くジュリアに私は首を横に振る。
「いいえ、お話を聞かせていただいてありがとうございました」
この際、彼女が転生者であろうがなかろうがどちらでもいい。
どちらにしろ、兄とジュリアは幸せな関係を築けている。実際、ジュリアを見つめる兄の瞳は本当に幸せそうで少し羨ましいくらいだ。
ならそれでいい、探る必要などない。
私は自分の中でそう結論付けると椅子から立ち上がり、ジュリアの元に近付くとそっと手を握って微笑んだ。
「お兄様のことよろしくお願い致しますね、ジュリアお姉様」
そう呼べばジュリアはぶわりと頬を赤らめた後、何度もこくこくと頷いてくれた。
その横で未だにエリックとエドワードが視線でのやり取りを続けていたが、私は見て見ぬふりをすることにした。
◇◇
三人でのお茶会を終えた後、ジュリアを見送りまだ迎えの来ないエドワードと再び庭園を散歩することにした私はある生き物と出会った。
三角の耳、真っ黒な毛並み、ゆらゆら揺れるしっぽ。
一匹の黒猫だ。
何処からか迷い混んできたのだろう、私達の目の前でのんきに毛繕いしている。
人慣れしているのか少し近づいても逃げる様子はない。
「可愛いですね、迷い猫でしょうか」
猫に視線を向けたままそう告げると隣でエドワードが笑う気配がする。
「殿下は猫がお好きなのですか?」
「えぇ、好きなんです。触れるかしら…」
「気を付けてください、引っ掛かれれば怪我をしてしまいます」
「人慣れしているようですし大丈夫ですわ……おいでー」
エドワードの忠告も聞かず猫に近付く。
猫はピクリと顔を上げたかと思うと私の方に飛びかかり、一目散に逃げ出した。
差し出していた私の手を、その鋭い爪で思い切り引っ掻いて。
結構深く引っ掛かれてしまったようで、抉られた皮膚からはじわりと血が滲んでいる。
これ、意外と痛いわ…調子に乗った私が悪いんだけど…
「王女殿下!血が…!」
「すぐに手当てを!」
青ざめたエドワードが私の手を取り心配そうに声をあげる、後ろで護衛していたエリックも慌てて駆け寄ってきた。
「大丈夫です、自業自得ですわ。注意されたことを聞かなかった私が悪いのです。エリックも、私は大丈夫だから落ち着いて」
侍女を呼んで手当てしてもらおう、そう思っているとエドワードが傷口の上にそっと手を翳した。
「…少し我慢なさってください」
応急処置でもしてくれるのかと首をかしげていると、翳された手が淡く光出す。ほんの数秒の出来事。
光が消える頃、エドワードが手をどかすとそこにあったはずの傷が消えていた。
皮膚を撫でてみても痛みは全くない。
エリックと私は驚いて目を瞬かせる。
「凄い……!」
俗に言う治癒魔法かな…?
この乙女ゲームの世界に魔法と言う概念は無かったはずだけど、使える人もいるんだ!
魔法、始めてみた!!めっちゃ凄い!!
「凄いです!全然痛くない!エドワード様は本物の魔法使いなのですね、ありがとうございます!」
興奮した私が思わず手を取って礼を述べるとエドワードは驚いたように目を丸くした。
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