第55話 前世の出来事です

私の前世は会社員だ。スーツを来て出勤し、たまに残業して帰宅するとパソコンやスマホゲームで寝るまで時間を潰し一日を終える。たまに休みがとれるとオンリーイベントに行くようなありふれたその辺にいる人間の一人。


そんな単調な生活を送る私にも人並みに好きな人はいた。

私の最後を看取らせてしまった同僚だ。

彼とは仲のいい同僚で、私は片想いしていたけれど中々告白できずにいた。そんな時、面倒を見ていた後輩の子に頼まれたのだ。


「彼の事が好きだから、協力してほしい」と。


断る事ができなかった私はいい先輩を演じて引き受けてしまった。

後輩と同僚の食事のセッティングをしたり、二人きりになれるように気を使ってみたり。我ながらバカだと思う。



「先輩……私、今日あの人に告白しようかと思うんです」


死を迎ようとしているその日、後輩は私にそう告げた。

「そう、貴女ならきっと大丈夫よ。頑張って」

そう言って同僚を呼び出しに行った後輩を見送ると私は定時になるなり荷物をまとめ帰ろうとした。

後輩が同僚に告白するシーンなんて見たくなかったから。


帰ろうとした矢先、当の同僚が階段を上ってきた。後輩とはすれ違ってしまったようだ。

「おぉ、今帰りか?今日は早いな?」

「まぁね。アンタも残業しないで帰りなさいよ?」

「はいよー、お前も気を付けて帰れよ」

そんなやり取りをしてすれ違う。

その瞬間、私は振り返り彼に声をかけようとした。何を言おうとしたのか自分でもわからない、もしかしたら後輩より先に告白してしまおうとでも思ったのかもしれない。

お膳立てしておきながら後輩には彼を渡したくはないと。


けれどそんな醜い感情にバチが当たったのかもしれない。振り返った瞬間、足を踏み外しぐらりと体が傾いた。

彼にかけようとした言葉は短い悲鳴になり、私の体は落ちていく。彼が伸ばした手は間に合わず、一瞬だけ指先が触れた。私の視界は失われ彼の声だけが耳に響く。私の名前を必死に呼ぶ彼の声は泣いているようだった。



ごめん……ごめんね、泣かせるつもりじゃなかったの…

でも、そこまで私のこと心配してくれるんだね…それは嬉しいな…

あぁ……でも、言えなかったのは…凄く残念…

貴方のことが好きだって伝えたかった…



それが私の前世で最後の記憶。

今では思い出の一部であり、今の私が好きなのはジェード様だ。

彼はきっと私がいなくなった世界で後輩と幸せになっているかもしれない。後輩もいい子なので、是非幸せにしてあげてほしいと思う。


前世では思いを伝えられずにいたこと、死ぬ直前にとても後悔した。

だから今度こそ、同じ後悔はしたくない。


ちゃんと思いを伝える、そして好きな人に自分を見てもらうんだ。


「どうしても…諦めたくないんだもん。今度は絶対に」


また後悔しないように、私はジェード様を諦めたくない。





◇◇

エドワードと引き合わされ私がジェード様への思いを強くした日から、数日が経ち兄が再び学校生活へと戻る日がやって来た。


兄の見送りに出るとそこには私同じように見送りに来ていたジュリアと、何故かエドワードがいた。


「わざわざ君まで来ることは無かったんだよ?公爵子息はお忙しいだろうし」

「いえいえ、未来のお義兄様ですから見送りくらいさせてください」

「ははは…そんな未来は来ないと思うなぁ」

ニコニコと笑顔を浮かべ合うエドワードと兄の回りだけ空気がひんやりしている気がする。

私としても『友人』エドワードであれば歓迎するが『婚約者候補』エドワードにはお帰り願いたい、兄よもっと言ってやれ。


「アリス、また会えない日が続くなんて…寂しくなるな」

暫くエドワードと笑顔で火花を散らしていた兄はこちらに来ると私をぎゅっと抱き締めた。

「私も寂しいです、お兄様…。でもお兄様が帰ってくる頃には素敵な淑女になってお出迎えしますから楽しみにしていてくださいね?」

「もちろんだ、必ず手紙も書くからいい子でいるんだよ」

そう言って兄は私を一度強く抱き締めると、その腕を離して今度はジュリアに向き直る。


「ジュリア…私がいない間、アリスの事を頼みます」

いつの間にジュリアとの距離を縮めたのか、兄はジュリアの手をそっと握るとその瞳をじっと見つめた。

「はい、お帰りをお待ちしております。殿下」

ジュリアもぽっと頬を赤らめてはそれに応じている。


本当に何があったこの二人。

情報通メアリーなら知ってるかな、あとで聞いてみよう。


各々と言葉を交わし終えた兄は護衛にジェード様を連れて、馬車に乗り込み学園へと戻っていった。

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