第49話 兄の力は偉大です
ペーパーナイフを握り締めながらドアを開けた私の目に映ったのは誰もいない廊下に置かれた真っ赤な薔薇の花束だった。リボンでラッピングされた花束が違和感満載にそこに置いてある。
ノックの主からだろうか?
恐る恐る花束に近付こうとした瞬間、ふわりと漂ってきた甘い香りに私の体はまるで金縛りにでもあったかのように動かなくなる。
この香りは、ルパートの屋敷で嗅いだあの香り。
と言うことはこの花束は彼が置いたものか。
今日はパーティーで警備もいつもより強化されていたはず、なのにどうやって…?
しかも私の部屋の前まで…。さっきノックしていたのがルパートならまだこの辺りに居るかもしれない、急いで誰か呼ばないと…
私がそう思い、血の気の引いた指先を握り締めて踵を返した時だった。
「アリス様?」
ふとかけられた声にどくんと心臓が大きく跳ねた。
振り向いた先に見えた見慣れた顔に、緊張感が緩むのを感じ私は駆け寄った。
「ジェード様!」
「如何いたしましたか?」
ジェード様は落ち着かせるように私の背中をそっと擦りながら優しく声をかけてくれる。
「……寝ようとしていたら、誰かが部屋をノックしていて…声をかけたのですが、返事もなくて……確かめようとドアを開けたら、あの花束が置いてあったんです」
状況を説明するとジェード様は床に置かれたままの花束に視線を向ける。
「…近付いたら匂いがしたんです、私が拐われたときに嗅いだ甘い匂いでした。この花束に…何か薬が仕込まれているかもしれません」
花束から香る匂いの事を話せばジェード様の眉間に深いシワが刻まれた。
「アリス様、すぐにダニエル殿下か陛下のお部屋に参りましょう。お一人で居るのは危険です」
ジェード様の言うとおり、狙われている私が一人で居るのは危険だろう。相手は城の中までこうして仕掛けてくる度胸と策の持ち主だ。気を抜いてはいけない。
私はジェード様に付き添われ、両親の部屋より近くにある兄の部屋へと向かう。
兄はとっくにパーティーから引き上げていたらしく部屋着のまま私を迎え入れてくれた。
ジェード様が事情を説明すると途端に兄の顔が険しくなる。
「ジェード、その花束を回収して匂いの元を調べるように。それと各騎士団長に警備強化と不審者の探索に当たるように伝達を」
「畏まりました」
兄から指示を受けたジェード様は一礼すると私の方を見つめてふっと微笑む。
「王女殿下、ここに居れば安全です。どうかご安心ください」
その微笑みに胸が高鳴るのを感じながら私は頷いた。
「ありがとうございます、ジェード様」
私が礼を述べればジェード様は兄の部屋を出ていく、これから兄の指示を遂行しに行くのだろう。
不安に思う気持ちが顔に出ていたのか不意に後ろから兄に抱き締められた。
「お兄様?」
突然の事に身動き出来ず固まっているとひょい、と抱き上げられそのままベッドの上に降ろされた。
「大丈夫だよ、アリス。私もついているし父上も母上もいる、だからアリスが怖い目に会うことは絶対にない」
兄は私の隣に腰掛けるとその大きな手で私の頭を撫でる。
「だから、怖がってもいい…怯えてもいいんだ。アリスはまだ子供なんだから、そんなに回りに気を使わなくていい」
兄の言葉に一瞬何をいっているのか理解できなかったが、そういえば私の体はまだ子供だったということを思い出す。
中身はとっくに大人だし、なんなら社会人でバリバリ働いていたこともあるし忘れそうになるけれどこの体は幼い少女のものだ。
年齢がまだ二桁にも届いてない少女が、この状況で落ち着いていられる訳がない。
兄は私がこの状況で泣き喚いたりしないことは周りに気を使っての事だと思っているようだ。
「…お兄様、確かに私は不安も感じています、けれどそれ以上に安心もしているのです」
「安心?」
おうむ返しに首を傾げる兄を見つめてこくりと頷く。
「ここにはお兄様がいます、お父様もお母様も。マリーもメアリーも、エリックも騎士団の皆さんも……ジェード様も居てくれます。私は一人ではありません、皆さんを信じていますからそんなに怖くは無いのですよ」
そういって微笑んで見せると兄は目を瞬かせる。
「アリス……………、私の妹はなんて健気なんだ!!」
「わ、ふっ!?」
いきなり兄に強く抱き締められ、その胸板に私の顔が圧迫される。
「私を信じていてくれるんだね、私もその信頼に必ず答えると約束しよう!!」
お兄様だけじゃないですよ!?
と言うか苦しいです!!お兄様意外と筋肉あるんですね!
「お、お兄様…苦しいです…!」
「!…すまない!」
腕をバタバタさせると兄は眉を下げて慌てて私を解放してくれる。
「あまりにアリスが健気で愛らしいことを言うものだからつい…」
そういって私の頭を撫でてくれる兄。ジュリアと親密な雰囲気になってもシスコンは健在のようだ。
…もちろん私のブラコンも健在である。
「アリスが信頼している者達はきっとその信頼に答えてくれる。だから今夜は安心しておやすみ、私もずっと傍にいるから」
「はい、ありがとうございます。お兄様!」
私が微笑むと兄も同じように優しく微笑んでくれた。
その夜は兄が添い寝してくれた事もあり、直前の不安が嘘のようによく眠ることが出来た。
たまにはこういうのも悪くないよね…
さすが兄、頼りがいがある!
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