第48話 初恋は叶わないものです(フィオナ視点)
彼の優しい微笑みを見た途端、胸が高鳴るのを感じた。
たった数秒の出来事が記憶に焼き付いて、学校でも休みになって家に帰ってからも彼の事が忘れられなかった。
そんな時に父からお城で年始のパーティーがあると聞かされた、毎年行われるパーティーだが私は騒がしいのは苦手で参加したことはなかった。
けれど今年はダニエル様から直々に招待状をもらっていたし、彼にも会えると思えば行かないという選択肢は思い浮かばなかった。
友達の令嬢達から、異性に好まれる色合いのドレスを教えてもらい、苦手なお化粧も侍女達に手伝ってもらいながら頑張った。
そして着飾った私は父や兄と共にパーティーへと向かった。
そこで見た光景に私は驚いて目を瞬かせた。
婚約破棄されてここにいるはずのないジュリア様がホールにいて、あろうことかダニエル様にダンスに誘われていた。
回りの令嬢達がざわつく中で私は驚くと同時に喜んでいた。
元々婚約者だった二人だ。私がダニエル様に馴れ馴れしくしたせいで誤解が埋まれ、婚約破棄になってしまったけれどダンスに誘ったということは誤解も解けたのだろう。本当に良かったと思う。
ジュリア様の雰囲気ががらりと変わっていた事には驚いたけれど、きっとこれから二人は上手くいくだろう。
よし、私も頑張らないと!
ぐっと拳を握り気合を入れてパーティーの会場を抜け出す。するとお城の庭に続く入り口で彼の姿を見つけた、一つ深呼吸をして自分を落ち着かせながら声をかける。
「あのっ……こ、こんにちは」
その人物は私に気が付くと視線を向け丁寧な礼をしてくれる。
「これはロレンツィ公爵家のご令嬢。この様なところで如何いたしましたか?」
「………あの、貴方とお話がしたくて」
「私と?」
それまで無表情だった彼の瞳が驚きで僅かに丸くなる。
「はい……その、えっと…王女殿下の事で!私…王女殿下ともっと仲良くなりたいのですが…その…ご迷惑にならないかと思い悩んでいて」
緊張した私は咄嗟に王女殿下であるアリス様の名前を出してしまう。
嘘ではなが、本当はアリス様の事より彼の事をいろいろ聞きたい…けれどいきなりそんな事をいってしまえば困らせてしまうだけだろう。まずは少しずつ、彼との距離を縮めていきたい。
そう思って、早鐘を打つ鼓動を押さえるように胸に手を添えて顔をあげると彼が微笑んでいた。
先程までの無表情とは違う、私の心を奪ったあの微笑みを浮かべている。
「そうでしたか、アリス様はきっと喜ばれます。あの方は…まだ幼いかもしれませんが大人顔負けに物事を考え、背負っていこうとされる方です。きっとロレンツィ公爵家のご令嬢からそう思われていたと知れば喜ばれるでしょう。そのお気持ちをお話すればきっと受け入れてくださいますよ」
「そうだと嬉しいのですが………あの、騎士様は王女殿下と仲が宜しいのでしょうか?」
さらりとアリス様を名前で呼ぶ彼に胸がざわついた。女の勘、とでもいうべきかアリス様の事を話す彼は甘く優しい微笑みを浮かべている。
もしかしてこれはアリス様に向けたものだろうか……目の前にいる私ではなく。
どうか私の早とちりであって欲しい、そう願いながら尋ねてみる。
「そんな…とんでもありません、私は騎士です。ダニエル殿下を守るのが仕事ですから、王女殿下と仲が良いなど畏れ多いです」
そういって彼は首を横に振るけれど、表情は言葉を否定する程に柔らかで私には彼がアリス様へ思いを寄せていることが解ってしまった。
恋する乙女でなくとも分かりやすい、なのに何故今まで気がつかなったのか。
恋は盲目というけれど…本当ね…
私は見ようとしていなかったのだ、彼の心を。
一目見ただけの微笑みに憧れ、恋に恋をしていたのだ。
それをこの少しの時間で理解してしまった。
勝手に想いを寄せておきながら勝手に傷付いている自分がとても情けなくて、私は彼に「すみません、少し気分が悪くなってしまったので帰ります」と告げ一礼をすると可能な限りの早さで歩きその場を後にした。
◇◇
どこまで歩いたのだろう、私は人気の少ない城壁の見える端まで来ていた。
植え込みに身を屈めてしまえば警備の騎士にも見つからないだろう。
ドレスが汚れることなどお構いなしにその場にすとんと座り込めば気が緩んだのかじわりと心が痛みだす。
見えない傷口から血が流れ出ているように痛くて苦しかった。
「っ……、うぅ」
声を押し頃しながら溢れる涙が地面に吸い込まれていくのを眺める。
初恋だった。
頑張って、彼に見て貰いたい。微笑みかけて欲しい、そう思っていたけれど彼の心にはとっくにたった一人の彼女がいたのだ。私の入る隙間など最初からなかった。
「…王女殿下が、居なければ…あの人は私を見てくれたかもしれない……」
ふと自分の唇から漏れた言葉に慌てて首を横に振る。
そんなことを思ってはいけない、アリス様がいなくても彼は私を見ることはなかったかもしれない。それでも、もしもと考えてしまう。
私を慕って笑顔を見せてくれた少女が今は少しだけ、妬ましかった。
「その願い、叶えてあげよう」
ふと聞こえた声に振り替えればいつの間にか私の後ろには一人の男性が立っていた。
身なりからするに何処かの貴族だろうか…?
男性が一歩私に近付く度にふわりと甘い匂いが漂ってくる。逃げなければと思うのに、体が動かない。
やがて男性は私のすぐ目の前に膝をついてその指先で涙を拭うと口許をゆるりと緩めて微笑んだ。
「俺が君の願いを叶えてあげよう。だから俺の願いも叶えて欲しいんだ」
「私の願い……?」
「あの騎士が好きなんだろう?騎士が君の事を見てくれるように手伝ってあげよう。その代わり俺があの子に近付けるように手伝って欲しいんだ。これは人助けだよ」
「あの子……?」
甘い匂いのせいか、頭がぼんやりするのに男性の声だけははっきり頭の中に響いてくる。
これは人助け…そうか、それならなにも気に病むことはないんだ…
人を助けたらきっと彼も私を見てくれる、優しく微笑んで誉めてくれるかもしれない…
「俺はねアリスという名前の女の子が好きなんだ、なのに会いたくても会えない…その苦しさ君ならわかるだろう?」
わかる…私も会えない時は苦しかった。次はいつ会えるだろうって考えて毎日過ごしていた
「アリスも俺の事が好きなのに…身分のせいで愛する二人は離れ離れ。こんな悲しいことってないと思わないかい?」
そうなの?アリス様にはこの人という恋人がいたんだ…そうだとしたら…恋人と会えないこの人はとても苦しんでいる
きっとアリス様も。
「アリスと俺を救えるのは君だけだ、そしたらきっとあの騎士だって君を見てくれるに違いない」
ぬるりとその言葉が私の頭の中に染み込んでくる。
私はこの人を助けてあげないといけない…アリス様のことも。
何故か強くそう思った、気がつけば私はさっきまで自分が泣いていた理由をすっかり忘れてしまった。
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