第46話 恋の噂です

何を話しているのが凄く気になるのに楽しそうに話す二人を見ていたくなくて私は柱の影に隠れたまま視線を落とす。

「アリス様……?」

心配そうに声をかけるエリックに慌ててぱっと顔をあげ微笑んで見せた。

「なんでもないの…少し疲れしまっただけで」


…嫉妬してるんだ、私…ジェード様が優しくしてくれるから、もしかして少しは意識してもらってるのかも…なんて期待して。

期待が外れたから、落ち込んで嫉妬してる…まさか自分がこんなに面倒な性格してたなんて…


ちらりと視線を向けるとフィオナと語らうジェード様の姿。

自分以外に向けられるその笑顔に胸が苦しくなり泣き出したいような衝動に刈られる、奥歯を噛みめてそれに耐えると私はくるりと踵を返した。

すると急に袖を掴まれる、首だけ振り返ってみれば今にも泣きそうな顔のエリックが私の袖を掴んでいた。

「エリック…?」

不思議に思って首をかしげれば、エリックは私の足元に膝をついて視線を合わせると真剣な眼差しを此方に向ける。

「……アリス様、私なら貴女にそんな顔はさせません」

何度か言葉を飲み込んだ後、エリックはそう告げた。


真剣なその瞳には私が映っていて、どくんと心臓が跳ねた。

頬に熱が集まるのを感じ、私は思わず掴まれた袖を振り払うように体ごとエリックに背を向ける。

「アリス様、私は」

「会場に戻るわ」

私の背中に向けられた言葉を遮って歩き出す。

エリックの続けようとした言葉が私が予想したものである確信などないけれど、これ以上聞いてはいけない気がして。

「…畏まりました」

歩き出した私の後ろからエリックはついてくる。

言葉を遮ったことを拒絶と捕らえたのかは定かではないけれど、その場で話し掛けてくることはなかった。





会場に戻った私は母に疲れたから休みたいと訴えた。

母はあっさりと了承し、私はマリーとメアリーを伴って部屋に戻ることになった。

「姫様、お元気がないようですが何かありましたか?」

自室に戻り部屋着に着替えた後、ソファーに腰掛けた私の顔をマリーが心配そうに覗き混む。

「なんでもないのよ、少し疲れてしまっただけだから」

そう言って微笑むけれどマリーは納得していないようで、心配そうにこちらを見詰めてくる。

するとその様子を見ていたメアリーがぽむっと手を打った。

「あんなに人がたくさんいてご挨拶ばかりしていたら疲れて当然ですわ。姫様、ここは甘いものと美味しい紅茶で女子会致しましょう!」


その言葉に私とマリーはぽかんとメアリーを見つめる。

「庶民の間では女の子同士が集まってお茶会をすることを女子会と言うらしいのです、ですから是非私達も女子会を致しましょう!ね、姫様?」

「…メアリー、いくら私達が姫様に気に入っていただいてるからといってそれはあまりに……」

マリーが眉間にシワを寄せてメアリーを注意するが、今の私にはその気遣いがとても嬉しい。

「しましょうか、女子会」

私が声をかけるとメアリーは両手をあげて喜びマリーは困ったように眉を下げ此方を振り返る。

「けれど姫様…いくらなんでも私達が姫様と同じテーブルにつくのは…」

「あら、もしお父様や侍従長に怒られたら『王女の命令で仕方なく』と言っていいわよ?」

渋るマリーにそう告げると「そうではなく…」となおも断ろうとするので私は子供の必殺技を使うことにした。

滅多に使わないけれど、女子会の為だ。

マリーの足元に近付き上目使いで見つめ、しょんぼりと眉を下げる。この時、瞳を潤ませることができれば効果は抜群だ。


「マリー…駄目?」


「うっ……し、仕方ありませんね、少しだけですわよ?」

私のおねだりが効いたのかマリーが渋々了承してくれたので、私とメアリーは手を合わせて喜ぶ。

あっという間に私の部屋のテーブルに紅茶と少量だが焼き菓子が並び、私の正面に椅子を運んできて向かい合うようにマリーとメアリーが座り三人だけのささやかな女子会が始まった。


「はぁ、疲れた体に甘いものが染みわたりますねぇ…」

染々とそう呟きながらメアリーがお皿に盛り付けられたクッキーを口にいれる。

「お客様も多かったものね、二人ともお疲れ様」

私が労いの言葉をかけると二人は嬉しそうに微笑んでくれる。

「姫様のそのお言葉で疲れも癒されますわ」

そういって微笑むマリーの横でメアリーがにやりと口元に笑みを浮かべた。

「マリーが疲れてるのはそのせいだけじゃないのでしょう?」

「どういうこと?」

私が首を傾げるのと対照的にマリーは驚いた様子でメアリーを見つめる。

「ま、まさか…メアリー、あなた……見ていたの?」

「情報通のメアリーさんを侮っては駄目ですよ」

不敵に笑ったかと思うとメアリーは私の方にずいっと身を乗り出して内緒話でもするかのように、口元に手を添え声を潜めた。

「姫様、マリーはパーティーの最中に厨房でとある騎士様に突然告白されたのですよ」

「えぇっ!?」

驚いてマリーに視線を向けるとその顔は真っ赤に染まっている。

「その場には他の侍女や侍従もいましたから、あっという間に噂は広まるでしょうねぇ」

メアリーは生暖かい視線をマリーに向けて、うんうんと頷いている。


プライバシーは守らなきゃいけないけど、マリーの様子を見るに満更でもないって感じ!?


自分のことは横に置いてマリーの恋の噂に私の胸は高鳴る。

いつの時代も恋の噂というのは乙女の妄想と好奇心を掻き立てるものだ。私も例外ではない、むしろ転生してからそういった話はあまりないので飢えていたのかもしれない。


「どんな騎士様なの?マリーとは仲が良いの?」

ついついお節介なおばちゃんのごとく訪ねてしまうが、マリーは嫌な顔をすることなく頬を染めながら恥ずかしそうに答えてくれた。

「……すぐにお耳にはいるかと思いますが…第一騎士団の…エルバート様に…その……思いを告げられまして…」



ん?エルバートって………あの!?



名前を聞いて脳裏によみがえるのはジェード様のお見舞いに行った時に出会った三人の騎士。

そのうちの一人、犬っぽい彼の姿だった。

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