二章
第45話 ダンスの相手はあの人です
誘拐騒動があってから一ヶ月が過ぎた。
エリックはすっかり完治したようで騎士団の訓練に参加していたし、ジェード様も完全復帰とまではいかなくとも少しずつ騎士団の訓練に参加するようになっていた。
それを見た兄が「ジェードの回復力は異常だ」とぼやいていたけれど、早く治るに越したことはないだろう。
私としてはあまり無理はしないでほしいところではあるが……。
そして今日は年始のパーティーが行われる日だ。
お城に貴族達を呼んで年始を祝う、前世でいうと新年会みたいな感じのパーティーをお城で行い一年の息災を願う日。
父は貴族だけでなく国民すべてを迎え入れたいらしいけれど、警備などの問題といくつかの貴族から庶民と一緒にされると品位が落ちるといった意見を出されており中々実現できずにいるらしい。
パーティーの始まった会場で私達家族は貴族達の挨拶を受けていた。私の後ろには護衛としてエリックが、兄の後ろにはまだ本調子でないジェード様の代わりにマーカスがついている。
ジェード様は比較的、体の負担が少ない庭の警護に当たっているらしいと聞いた。後でこっそり向かってみようと思う。
やっと貴族達の挨拶が終わり、ホールに穏やかなクラシックぽい曲が流れ始める。
ダンスの時間だ。
貴族の令嬢達は兄に誘われることを夢見ているのかチラチラと兄を見詰めては頬を染めたり、少しでも近付こうと踏み出しては後ずさったりを繰り返している。
私としてはフィオナを口説いてくっついてくれれば万々歳だ。
だがしかし、兄が本当に想っている人ならばどんな人物であれ異論はない。
今日のパーティーにはフィオナはもちろん、ジュリアも参加していた。
ジュリアが兄から婚約破棄されたことは社交界では周知の事実なので、居づらいかも知れないけれど今日は無理を言って参加してもらっている。
今日この場で、兄は私が誘拐されたことやジュリアと騎士団のお陰で助かった事を発表し、貴族達にルパートを探し出す為に協力を仰ぐ事になっていた。
それが公表されればジュリアの汚名は返上される。
「……ねぇ、アリス。これからダンスに誘う人と私は婚約したいと思っているんだ」
唐突に兄が小さくぽつりと呟いた。
おぉ!フィオナのことですか!?
目を輝かせる私に兄は少し照れたように微笑む。
「私が選んだ女性を……アリスは受け入れてくれるかい?」
その言葉に私は勢いよく頷いた。
「もちろんです、お兄様!私はお兄様が幸せになってくれるのならとても嬉しいですもの」
「…ありがとう、私もアリスの幸せを誰より願っているよ」
兄は嬉しそうに微笑むと私の髪を一撫でして、座っていたら椅子から優雅に立ち上がりフィオナや貴族令嬢達の集まる場所へと進んで行く。
兄が近付くと令嬢達は頬を染めるもその視線の先にいるのは自分ではないと知り、落胆の表情を見せる。
中にはアピールするように熱のこもった視線を向けたり、愛らしくぱちぱちと瞬きをする令嬢も居たが兄は目もくれずにたった一人の令嬢が居る壁際まで歩み寄りその人物へと手を差し出してダンスに誘った。
兄の行動をじっと見詰めていた私は――私だけではなくホールにいたほとんどの人間が注目していたが――驚く反面、何処かで「やっぱり」と思ってしまう。
あの時から兄はいつも何かを考えていた、その答えがようやく出たのだろう。
「素敵なご令嬢、どうか私と踊っていただけませんか?」
誰もが見とれるその所作に、誘われた彼女は躊躇った後少しだけ俯いて頬を染めた。
「私で……宜しいのですか?」
小さい声のはずなのに私のところまで聞こえるくらい、人の声も音楽も静まり返っていた。
「私は貴女と踊りたいのです―――ジュリア」
何処か甘さを含んだような言葉にダンスに誘われたジュリアは戸惑いながらも、兄の手に自分の手を重ねる。
兄にエスコートされながらジュリアはホールの真ん中へと進む。
思い出したかのように演奏を再開した楽団達によってホールにダンスの曲が流れ始めた。
ざわつく貴族達などお構い無しに踊り始めた兄を見て、近くにいた母がほうっとため息をついた。
「ふふ、ダニエルは大事な人を見つけたみたいねぇ……いつか、アリスも素敵な方と踊れるといいわね」
「はい、お母様!」
私が笑顔で頷くと父は少し寂しげに眉を下げるのだった。
◇◇
兄とジュリアのダンスを見届けた私は母に許可を得てそっとホールを抜け出した。
人の熱気で温まるホールから抜け出して護衛としてエリックを伴いジェード様を探して城内を歩いていると、庭の入り口に差し掛かった辺りでフィオナを見つけた。
声をかけようとしてフィオナと会話している人物の姿を見つけ私は慌てて柱の影に隠れる。
「アリス様、如何致しました?」
奇行に走った私に釣られてかエリックも一緒に柱の影に隠れ首を傾げる。
「しっ!静かに」
視線を戻してざわつく胸元を抑えながら私はフィオナ越しにその人物に視線を向ける。
ほんのり頬を染めたフィオナと向かい合う形で楽しそうに話しているのはジェード様だった。
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