第19話 猶予期間が与えられたようです

どうやら私の居ないところでエリックの処分が決まっていたらしい。

騎士団の元で、と言うことは見張りも兼ねているのだろう。


「あの、エリックの怪我は…?」

昨晩、男に殴られていた怪我はどのくらいだろうか。意識はしっかりしていたようだがあれからどうなったのか知らなかったので尋ねてみる。


「昨日の怪我は大したことは無いようだけれど、まだ安静かな」


「そうですか…無事で良かったです」


兄の言葉に安堵して、後でお見舞いに行ってみようと考えていると一人の侍従がやって来て兄にそっと耳打ちをする。

なんだろうと首をかしげていると兄が小さくため息をついた。


「どこから漏れたのか…全く、情報が早いな」


「お兄様?どうなさったの?」


「どうやら昨晩のことがもう知れ渡っているようだ、貴族たちが見舞いという名の面会を求めているらしい。全く…取り入ろうという魂胆が透けて見えるぞ」

兄は渋い顔をしている。


昨晩の騒ぎはそれなりに大きいものだったから広がりが早いのも仕方ないだろう。

要約すれば兄の活躍により城が守られたという話が広がって、今まで以上に兄に取り入ろうと貴族達が面会を求めてきた、と言うことらしい。


「…騒動の後だから少しは放って置いてくれれば良いものを……すまない、対応に行ってくる。今日は勉強は休んでも良いと母上が言っていたからゆっくり過ごすと良い」

そう言って兄は、一度私をぎゅっと抱き締めると頭を撫でて貴族の対応に向かっていった。


急に休みを知らされた私はどうしようかと少し迷った結果、エリックのお見舞いに行くことにした。

部屋を訪れるとエリックは起きていて、私が部屋にはいればベッドから起き上がり駆け寄ってくる。

よく見れば顔は少し腫れていて、包帯が巻かれている。


「…申し訳ありません、アリス様…お見苦しい姿で…」

その言葉にふるふると首を横に振る。私に力がないせいで彼はこんな目に遭ったのだ…彼が謝る必要はない。


「兄から聞いたわ。騎士団に入るのね」


「はい、見習いからですけど。アリス様をお守りできる騎士になれるように精進致します」

そう言って彼は片膝をつき恭しく頭を下げる。


「……そう言ってくれるのは、嬉しいわ。でも私が軽率な行動をとらなければ、貴方の怪我が増えることはなかった…ごめんなさい」

目を伏せて謝罪するとエリックはぱっと顔をあげて首を横に振った。


「アリス様が助けようとしてくださったから、私はこうして生きているんです。貴方があの時私を気にかけたりしなければ私はあのまま死んでいたでしょう…実際、死ぬことも覚悟しておりました。けれどそんな私に貴女は生きる力をくれた。感謝してもしつくせない程ですから謝罪など不要です」


「でも…」


なおも謝ろうとする私にエリックは頬を緩めてにっこりと笑う。

「どうしても、と仰るのなら私が貴方に遣えることをお許しください。それが私の望みです」


「……わかったわ、ありがとう」

頷いて微笑むとエリックもまた優しく微笑んでくれた。

その時、部屋のドアがノックされ侍従が一人顔を出す。用件を聞いてみれば父がエリックを呼んでいるらしい。

心配になった私はエリックについていくことにした。


侍従の後ろをついて謁見の間に入れば、父が玉座に腰掛けていた。

「…アリスは呼んでいないが」

「エリックは怪我人ですから心配なのです」

困惑を顔に浮かべている父に素直にそう言えば、ならば仕方ないと同席する許可が出された。


「…エリック、囚われていた人質の子供たちだが親のあるものは親元へ。親を失ってしまった者達は国の孤児院へ入れるように手配した。もし会いたいと思うのなら訪れることも可能だ、義父のマーカスに告げるといい」


「…畏まりました、陛下の恩情に感謝致します」


「うむ。怪我が治り次第、マーカスと共に騎士団の宿舎に入れるように手配しておこう」


「重ね重ねありがとうございます」


エリックが深く頭を下げると父は満足そうに頷く。

「用件はそれだけだ、部屋に戻って休むといい……あぁ、アリスは少し残るように」



また何か大事な話でもあるのかな?



エリックを見送れば父は早速、用件を口にした。

「アリス、お前が婚約者候補と会う日程が決まった。日取りは七日後だ」



………は?

婚約者候補…?



「私の旧知の友人の息子で、名前はエドワード・セドレイ。歳はお前と同じ、私も面会したが礼儀作法など申し分のない子で……アリス?」

私が黙っているのに気が付いたのか父は首を傾げる。


「い、嫌です!」

気が付けば私は声をあげていた。



ジェード様への気持ちを自覚したばかりなのに…こんなのって…!



「私は好きな人が…。だから婚約なんてっ…」

「アリス、お前は王女だ。王女の相手にはそれなりの身分が求められる…聡明なお前ならそれくらい分かるね?」

駄々を捏ねる子供に言い聞かせるように父は声色を柔らかくして私に語りかける。


「……はい。でも、お父様、私はっ…」


「これはアリスの事を想うからこその決断だ。今はその相手が好きだとしても、思いが通じるかもわからないのだろう?そしてお前の気持ちが一時の気の迷い出ない保証など何処にもない。大人しく父の言うことを聞きなさい、いいね」


父はもしかしたら私がジェード様に想いを寄せていることを知っているのかもそれない。

私がジェード様に想われることは難しい、ならば子供の恋心など早々に諦めて将来的に約束された婚姻を受けろとつまりはそういう事だ。



嫌だ……簡単に諦めてなるものか!



私はスカートを両手でぎゅっと握りしめると顔を上げて父を見つめる。

「お父様、私に猶予を下さい!このまま諦めるのは、絶対に嫌です!…もし、駄目だったら…その時は大人しくお父様のいう方と婚約でも婚姻でも結びます…ですがもう少し時間を下さい!私の気持ちをお父様が勝手に終わらせないで!」


声を張り上げると父は目を見開く。

私がこんなに声をあげたことなどなかったから驚いているのだろう。


「…わかった、ただし期間をもうける。二年間だ。二年たってお前の思いが実らなければセドレイ家の公爵子息と婚約してもらう、いいね?」



たった、二年。

二年後、私は九歳だ。ジェード様の視界に入るにはまだまだ子供…。

それを見越して父は私に諦めさせようとしているのだ。



上等!やってやるんだから!



ここで少ないと文句を言えば父の気が変わってすぐに婚約しろ、なんて言われるかもしれない。それは困る。

私はまっすぐに父を見つめ挑戦的に微笑んだ。


「わかりましたわ。もし二年後に私がその方と思い結ばれたのなら是非、祝福してくださいね」

そう言ってにっこりと笑みを浮かべ私は踵を返した。



猶予期間は二年……。

諦めてたまるもんですか!!

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