第20話 王女は頑張るそうです
父と賭けのような約束をしてから、どうすればいいか悩んでいるとあっという間に一週間が経過してしまった。
今日は兄が夏期休暇を終えて学校へと戻る日だ。
「あっという間だったな…もっとアリスと居たいのに残念だ」
見送りに出た私を兄はよしよしと撫でながらため息をつく。
「また冬にはお帰りになるのでしょう?」
首を傾げる私に兄はもちろんと頷く。
日本の学校のようにこの国の学校にも冬休みがあるし、年越しやクリスマスのような行事もある。その時期に合わせて兄は帰ってくる予定になっていた。
でも…お兄様とまた長い間離れるのは少し寂しいなぁ…
そう思っていると兄を学園まで送るための馬車が到着する。
ジェード様がその扉を開けると中には既に人が乗っていた。
その人物を見て私は目を丸くする。
「フィオナ様?」
声をかけると馬車の中からフィオナがにっこりと微笑んだ。
「お久しぶりです、アリス様」
「フィオナの家の馬車が壊れてしまったようでね、たまたま困っていたところに私が居合わせてどうせならと同乗することにしたんだ。学園までいく道は同じだからね」
兄のその言葉に私は記憶が甦るのを感じた。
これはイベントのひとつだ、フィオナの家の馬車を壊した犯人はジュリアである事を私は思い出す。
ゲームの中でダニエルと新密度が高いと嫉妬したジュリアに馬車を壊されて、ダニエルと学園に向かうことになるヒロイン。
ダニエルと一緒に登校したことで、学園の噂になりそれがジュリアの耳にまで届く。
嫉妬に狂ったジュリアは親の力を駆使して、学校に不正入学しフィオナにあらゆる嫌がらせをするのだ。
私はこれから彼女が受けるであろう嫌がらせを思い出して、何かしてあげられることはないだろうかと考える。
学校に行けない私が出来ることと言えば…。
私は隣に立つ兄の袖をくいくいと引っ張る。
「ん?どうした?」
兄は優しく微笑むと私に目線を合わせるように屈んでくれた。
「お兄様、少しお耳に入れたいことがありますの」
兄の耳に出来るだけ近付いて周りにいる人達に聞かれないように耳打ちする。
「もし……学校にジュリア様が入学してくるような事があったら、どうかフィオナ様を気にかけて下さい」
その言葉に兄は首を傾げる。
「どういうことだい?」
「その……えっと……もし、お兄様とフィオナ様が一緒に登校したとなるとジュリア様は嫉妬して乗り込んでくるかもしれません…それでもし、フィオナ様が嫌がらせなどされたらと思うと、心配で…」
「ジュリア嬢ならあり得そうだ…、わかった気を付けよう」
兄の言葉にジュリアがどれだけ普段から信頼されていないのか伺える。
いや、ある意味信頼されているのか、悪い方向に。
見た目は良いんだから嫉妬に狂うことさえなければお兄様と結ばれる未来もあったろうに…
ついそんなことを思ってしまう。
そうこうしてるうちに兄が出発する準備が整った。
「じゃあ行ってくるよ」
兄はそう言ってジェード様を引き連れ馬車に乗り込む。
ジェード様は兄の護衛として、学校までついていく事になっていた。ちらりと視線をやればタイミングよくジェード様もこちらを見ていたようでばっちりと視線がぶつかってしまった。
「…………っ、兄をよろしくお願いします」
視線があっただけでときめいてしまった心を見透かされないように、そう告げるとジェード様はにっこりと微笑んで頷いてくれた。
その微笑みに見とれていた私は気が付かなかった。
この時、フィオナもまたジェード様の微笑みに見とれて頬を赤らめていた事に。
兄達が出発したのを見届けて城の中へと戻ると何故かメアリーがにまにましていた。
「姫様、見てましたよ~!ジェード様に気があるのでしたらこのメアリー、全力で協力いたしますわ!」
うわぁ…一番バレちゃあかんヤツにバレとるやないかーい
動揺のあまり内心はおかしな関西弁になってしまった。関西の方、すみません………ってそんなに私、顔に出てた!?
ぎょっとしてマリーの方を見ればメアリーとは違う微笑ましい眼差しをこちらに向けている。マリーも私がジェード様へ気持ちを寄せている事に気が付いたのだろう。
「あ、あの二人とも…っ、お兄様やジェード様には勿論、他の人にも絶対に内緒だからね!?」
私の侍女達はきちんと教育を受けていて遣えている人間の秘密を簡単に口にするような人間ではない。
信用しているけれど釘をさしておくと、二人は微笑みながら頷いてくれた。
「姫様、意中の男性を落とすには料理ですわ!」
メアリーがにっこりと微笑む。
「……料理?」
「えぇ、胃袋を掴めばこちらの勝ちです!料理は勿論、甘いものが大丈夫であればお菓子などでも良いかもしれません」
「その案は…いいかも…。ありがとうメアリー、私やってみるわ!」
私は早速厨房に向かうと城の料理長に事情を話す。料理やお菓子を作れるようになりたいから、忙しくない時間帯で良いので厨房を貸して欲しいと頼めば私に料理などできないと思っている料理長はメアリーとマリーが付き添うならと条件付きで許可してくれた。
その日から私は密かに厨房を借りて、料理とお菓子作りの特訓をするようになった。
△△
料理とお菓子作りの練習を初めて三ヶ月が過ぎる頃にはそれなりに上達してきたように思う。
私は本日一番うまくできたクッキーをいくつか包んで、城の庭でピクニック気分で食べようとマリーをつれ庭園に向かっていた。
風が心地よく吹き抜ける場所を探して敷物を広げ、マリーにお茶をいれてもらいのんびりと過ごしているとそこにジェード様が通りがかった。
その姿を見つけて、見つめているとぱちりと視線が合う。
その瞬間ジェード様は優しく微笑むと近付いてきてくれた。
「アリス様、こんにちは。お一人ですか?侍女達はどうしました?」
声をかけられて辺りを見回せば先程まで居たはずのマリーがいない。
何処にいったのだろうと視線を巡らせれば少し離れた植え込みの影でマリーはぐっと親指をたてて良い笑顔で此方を見ていた。
その笑顔が『チャンスですよ!姫様!』と言っているように見えた、気のせいかもしれないけど。
「侍女は…その、急用が会って今は私一人で……あのよかったら一緒に、お茶…しませんか」
言葉にしてからナンパしてるみたいだとか内心で思いきり突っ込む。
何、お茶しませんかって!定番のナンパ台詞じゃないの!もっと良いお誘いの仕方あったでしょ私いぃっ!
というかジェード様にだって予定があるだろうにいきなり誘ったりして迷惑になるかもしれないじゃないっ!
「私でよければ喜んで。…ただ、女性と二人きりと言うのは初めてなので役不足かもしれませんが」
思いがけない返答に顔をあげるとジェード様は柔らかく微笑んでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます