第18話 怒られたようです

その後、兄は人を呼び床で伸びていた盗賊の男を連行させた。

殴られていたエリックは怪我こそしているが、意識はしっかりとしていて大丈夫そうだ。侍女を呼んで手当てを頼み、私はジェード様に付き添われ自分の部屋に戻ることになった。


とても…いや、かなり兄が不満そうな顔をしていたが盗賊の事や救出した子供達の事を父にすぐ報告しなければならないとかで、渋々ジェード様に私を任せ数人の騎士と共に父の元に向かっていった。



「…助けてくださってありがとうございます」

自分の部屋の前まで送られた私はジェード様に感謝の意を述べる。


「いいえ、寧ろ私が遅くなってしまったせいで恐ろしい思いをさせてしまい…申し訳ありません」

ジェード様は片膝をついて私に視線を合わせると頭を下げた。


「ジェード様がいなければ私はきっと怪我をしていました、殺されていたかもしれません。ですからジェード様が謝ることなんてありません!」


「アリス様…」


私の言葉にジェード様は顔をあげて驚いたように此方を見詰める。


「……アリス様、以前貴女は『間違った時には指導して欲しい』と私におっしゃいました」

「はい」

「その言葉に偽りはございませんか?」


じっと私を見詰めるその瞳を見詰め返して、こくりと頷く。

彼の眉間に寄ったシワからなんとなく怒られるんだろうなと分かった。


「では…失礼ながら。………何故あんな無謀な真似をした!立ち向かうより逃げろ!貴女はまだ子供で何の力もない、もっと大人を頼りなさい!貴方に何かあったらどれだけの人が悲しむかお分かりのはずだ!貴方は同年の子供達からすれば確かに聡明かもしれない、けれどだからといって無謀な事をしても大丈夫だという理由にはならない。一人で背負うことも時には必要なのだろう、けれどそれを見た回りがどんな気持ちになるかもっと考えなさい!」


いつものジェード様からは想像できない程の強い口調に一瞬怯む。それと同時に本気で心配してくれたんだと分かって、苦しいよう嬉しいような気持ちになった。


この人は私自身を心配して怒ってくれたのだと。

本当に、この人のこういう所が、私は…


「ごめん、なさい…」

謝罪の言葉を口にすればジェード様は私の頭をぽんぽんと撫でる。

「もう二度と…危ない真似はなさらないで下さい。良いですね?」

「はい…」

こくりと頷けばジェード様はふっと口許を緩めて微笑んでくれる。

その微笑みを見ながら頬が熱を持つのを感じた。


怒られて喜ぶような性癖はないけれど、本気で心配してくれたのが嬉しかったのだと思う。

それを引き金に心の中に何とも言えない熱を感じた。

それがなんなのか私は知ってる。

ずっとずっと私の中にあったのに誤魔化し続けていたものだ。


「それでは私はこれで失礼致します」

「はい……おやすみなさい」

「おやすみなさいませ」


離れていく距離に切なさを覚えながらジェード様を見送り、パタンとドアを閉める。

耳にはまだジェード様の声が余韻で残っている。


やっぱり…私は、あの人のことが――。


溢れてしまった感情に蓋をすることはもうできそうになかった。






△△


翌朝になると、昨晩の出来事が嘘のようにいつもの城内だった。

血で汚れていた床は綺麗だったし、私が盗賊に投げつけた花瓶の破片すら残っていなかった。

昨晩のうちにすっかり処理されたのだろう。



「姫様、もう二度と危ない真似はお止めくださいね!」

私は起き抜けにメアリーから怒られていた。何度目かになる『無理をしない』という約束をメアリーやマリーとも交わす。


「メアリーの言うとおりですわ。昨晩、姫様のお姿が見当たらなくて私とメアリーが何れ程心配したことか! 」

「うぅ…ごめんなさい」

何度目かになる謝罪をするとメアリーとマリーは眉を下げてぎゅっと私を抱き締めてくれた。

こうしてくれるのは私が愛されてる証拠だしお姉さんが出来たみたいで嬉しい、そう言うと二人とも嬉しそうに笑ってくれた。


「ダニエル殿下が早々に子供達を救出して戻って本当に良かったです。なんでも賊は、城を狙う方に人員を割いて本拠地には閉じ込めた子供達しか居なかったそうですわ。そのお陰ですんなり戻ってくることが出来たそうなのです」

着替えを手伝いながらメアリーは私の知らない昨日の出来事を教えてくれた。


メアリーは情報収集が趣味なのか、城下町の流行りものから城内の恋の噂まで何でも知っている。

まさに壁に耳あり障子にメアリー。

この国に障子は無いけれど、前世の有名なことわざからそんな風に思ってしまう。


「メアリーって本当に何でも知っているのね」


「ふふっ、知っていることだけですわ。人に話す趣味はありませんけれど、情報を集めて色々空想するのは楽しいものですから」

メアリーはくすりと笑って見せる。


「空想?例えばどんな?」


「仮に…とある従者と騎士が一緒に酒場に行ったと聞けば、その後二人はお酒の勢いでとある宿屋に入り一緒のベッドで…」


「メアリー!姫様に変なことを吹き込むのはお止めなさい!」

メアリーが言い出した空想話をマリーが慌てて止めるとメアリーは肩を竦めて話すのをやめた。



うん、察しました。

メアリーは前世で言うBでL的な方面で妄想してるのね。

趣味の範囲だけにしておいてね…妄想された本人達は聞きたくもないだろうから



苦笑浮かべながらマリーに髪をセットしてもらい、それを鏡で確認していると部屋のドアがノックされる。返事をしてメアリーに開けてもらうとドアの向こうには兄がいた、その後ろにはジェード様も控えている。


「おはよう、アリス。よく眠れたかい?怖い夢をみたりはしなかった?」

兄は私の元に近寄ってくると心配そうに顔を覗き込んで来る。


「おはようございます、お兄様。大丈夫でしたわ」

安心させようとにっこり微笑むと兄も微笑み返してくれた。

やっぱり美形である、眩しい。


「エリックのことだけれど…父上が正式にアリスに遣えることを許可してくれたよ」

「本当ですか!?」


心の何処かでもしかしたらエリックが罰せられてしまうのではと心配していたのでその報告に私は思わず声をあげる。


「あぁ、本当だ。ただし、従者ではなく騎士としてね」


「……騎士?」


「見習い騎士として第一騎士団のマーカスが養子として引き取って、教育することになったんだ。騎士としての勉強を終えたらアリスの護衛騎士になる予定だよ」



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