第17話 王女も戦ったのです

エリックが父に盗賊の事を伝えたその二日後、兄はジェード様と第一騎士団を率いて盗賊の討伐に向かった。

その夜、私は自分の部屋をそっと脱け出す。


エリックに然り気無く警備が薄い所を教え、彼から何らかの方法で情報を得た盗賊達がそこに集まるように仕向けた。

それは城の裏庭だ、そこには既に第二騎士団が潜んでいる。

何も問題はない、その筈なのに私は何故か胸騒ぎを感じていた。


上着の裾をぎゅっと握り締めながらエリックの部屋へ向かう、小さくノックをして中に入ると頭から布団を被り部屋の隅で踞っているエリックがいた。


「エリック……?大丈夫?」


近付いて声をかけるとエリックは顔を上げた。月明かりのせいもあるかもしれないけれど顔色が悪いようだ。


「アリス様……私は、とんでもないことを…優しくしてくれた貴女を裏切る様な真似を…申し訳ありません」

床に手をついて額を擦り付けるとエリックは絞り出すような声でそう告げる。

城に賊を手引きした事を言っているのだろう。

私は手を伸ばしてそっとエリックの頭を撫でる。


「……エリック、私も貴方に謝らないといけないの。私は…いいえ、私達は全て知っているわ。貴方がしようとしていたこと」


その言葉にエリックはガバッと顔をあげる、その目は後悔に滲んでいる。


「どうか…私を罰してください、私は最初から…貴女を騙していた」


「…そうね。けじめは必要だわ…だから、エリック。貴方はたった今から私の従者よ、異論は認めません。これは罰よ、貴方は私を裏切ったのだもの…だから一生かけて私に遣え償いなさい」



人の一生を縛ることの、何れだけ重いことか……けれど、私が救うと決めたのだからその責任を背負わなきゃね



ジュリアの様に尊大な態度をとったつもりだけれど、うまく出来ているだろうか。

そんな事を思いながらちらりとエリックに視線を向ければ、ぼろぼろと泣きながらまた床に頭を擦り付けた。


「はい…っ、はい…アリス様……ありがとうございます」


何故かお礼を言われた。

慈悲を与えたつもりはないんだけれど、彼からすればそう思われたのかもしれない。言葉と態度って使いこなすの難しいね。


その時、城の裏庭の方でわっと混戦する声が聞こえてきた。

盗賊がやって来て騎士団と戦っているのだろう、城内も騒がしくなり騎士達がバタバタと駆けていく音がする。


「いけない……アリス様、逃げてください!」


エリックは焦ったように声を荒くする。

「使える奴隷の私を、奴等が簡単に諦めるはずがない…取り返そうとここにくるかもしれない…そうなったら貴方も危険です」

「貴方もよ、エリック。貴方はもう私の従者なのだから、一緒に逃げるの!盗賊になんか渡さない」


盗賊に連れ戻されればまたあんなひどい扱いをされるかもそれない、そんな事絶対に許してなるものか。


私はエリックの手をぎゅっと握ると廊下の様子を伺ってから外に出る。父の所に行けば守って貰えるだろう。幸いこの部屋から両親の部屋はそう遠くない。

そう思い、エリックと部屋を飛び出したその時。


目の前に熊のような男が立ち塞がった。

騎士達と戦った後なのか、それとも警備兵や騎士達を押し退けて来たのか、筋肉のついた腕はぱっくりと切り裂かれ血が流れ出し廊下を汚していた。

その男は私達を視界にとらえると不揃いな歯を見せて不気味なほどににんまりと笑った。


「ここにいたのか、奴隷。しかも人質を連れてくるとはやるじゃねぇか……てめぇが、裏切ったかもと思ったが…んな訳ねぇよなぁ?俺達にたてついたらガキども皆殺しだもんなぁ?」


ニタニタ笑いながら男は私達に近付いてきた、男の血がポタリポタリと床にシミを作る。

私はエリックを庇うようにしながら後退りながら、切り抜けられる方法は無いかと思考を巡らせる。


「アリス様、逃げてください!」


後ろから声が聞こえたかと思うと、握っていた手が離れてぐいっと後ろに引っ張られた。私と入れ替わるようにしてエリックが男に向かっていく。

エリックは丸腰だ、大人の男に勝てるわけがない。


「お前が俺に勝てるわけねぇだろぉ、おらっ!」


男の足にしがみついたエリックは簡単に投げ飛ばされ、床に転がってしまう。追い討ちをかけるように男はエリックを殴り付ける。


このままじゃエリックが…!


「エリックを、放せええええええぇ!!!」


私は思い切り大声を上げると廊下の一角に飾ってあった小さな花瓶を手に取り、男目掛けて思い切り投げ付ける。

鈍い音がして花瓶は男の肩にぶつかり、床に落ちて割れた。


「この、くそガキがぁっ!」


男はエリックを殴っていた手を止めて私の方に突進してくる。もう撃退用の花瓶は無い。逃げなければ。

走りだそうとして足が縺れる、男はもうすぐ傍まで迫ってくる。


「俺の手を煩わせるんじゃねぇ!」

男が私を捕まえようと手を伸ばした時、その腕が私の後ろから伸ばされた手によってあらぬ方向へ曲げられた。ミシリという嫌な音と共に。


「ひっ…」


目の前で起きた出来事に思わず後ろに下がればとん、と何かにぶつかった。手の主だろう。

その主は男に伸ばした手とは逆の腕で私をそっと抱き寄せると「もう大丈夫ですよ」と優しく囁いた。

その聞き慣れた声に安堵する。


「この方に気安く触れるな、下衆が」


そう言って腕一本で、彼は男をくるりとひっくり返す。どすんと床が抜けそうなほどの音がして男は動かなくなった。


「ご無礼を。お怪我は御座いませんか?」


抱き寄せられていた腕に解放され、振り返るとそこには人質の救出に向かったはずのジェード様がいた。


「はい……、だいじょ…う、ぶ……です」

安堵と押し込めていた恐怖が一気に押し寄せて、ボロボロと瞳から涙が溢れ体が震えだす。

ジェード様は一瞬動きを止めてからそっと私を両手で抱き締め、優しく頭を撫でる。


「…もう、大丈夫です。私がついています。私がアリス様をお守りしますから」

「はい、っ……」

耳元で優しく声をかけてくれるジェード様に頷いて、私は震えが止まるまでしがみついていた。





「ジェード!無事か!」

漸く体の震えが収まってきた頃、そう言って駆け寄って来たのは兄だった。

兄は私達の姿を見て、無言のままスラリと剣を抜く。


「………私の可愛いアリスに何をしているジェード」


にっこりと微笑む兄だけど目は笑っていない。

「ご、誤解だ…ダニエル!賊の一人がアリス様を襲おうとしたので、守るために!」


ジェード様は怒りのオーラを発している兄に弁明する。余程慌てているのかいつもの口調ではなくなっている。

このままではジェード様が兄に謂れのない罪で断罪されてしまう……。

私は慌ててジェード様から離れ兄の方に駆け寄る。


「お兄様、盗賊が襲ってきてジェード様が助けてくださったの…私はエリックを助けようとして…無謀なことをしました。ジェード様が来てくれなければ…きっと今ごろ…」


「……そうか、無事で良かった。怖い思いをしたんだろう…?もう危険なことは二度としないでくれ、いいね?」


「はい、ごめんなさい」

しおらしく謝りうつ向くと兄はジェード様から気が反れたのか優しく微笑み頭を撫でてくれた。

後ろでジェード様が安堵の息を吐いた気配がして、心の中で謝罪する。



うちのシスコン兄がすみません……!


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