第7話騎士様にお願いするそうです

「………王女殿下は、御自分の立場や力を理解していらっしゃるのですね」


呟いてからジェード様はしまったと言うように頭を下げる。


「ご無礼をお許しください」


私は苦笑を浮かべながら気にしなくていいと首を横にふる。


「無礼だなんてそんな…身分はあれど、ジェード様は私よりずっと長く生きていて知識も経験をおありです、ですから…私が間違った時には指導し、正しき道へ導いていただきたいのです」


「王女殿下を指導だなんてそんな…!」


「私は、何も知らなさすぎるのです。いつかお兄様を補佐できるように、多くの事を学んでいかなければならなりません。民のためにより良い選択が出来るように……、感情に流され最善の選択を逃さないように。お兄様を支える先輩として、どうかご指導いただきたいのです」


そう告げるとジェード様は片手で口許を覆ってしまった。

この年頃の王女が言うような内容で無いことは自覚している。

両親主催の御茶会に参加した同い年の子供達はもっと子供らしくて、自分の事をまず最初に考える子ばかりだった。


普通の子供でないのは仕方ない、前世を思い出した私はもう子供ではいられない。

アリスと『私』の混ざりもの。前世の思い出を割りきれても魂に刻まれた知識や考え方、生き方はそうそう白紙には戻らない。


だから余計に、私はこの人の目に異質に映ったのかもしれない。


「…驚きました、王女殿下はもう既に民の事まで考えていらっしゃるのですね」


ジェード様は数度目を瞬かせると、口許を覆っていた手を外し深々と頭を下げた。


「分かりました、私で良ければ王女殿下のお役に立てるよう誠心誠意勤めさせていただきます」


その言葉に少し嬉しくなってしまう。

憧れの人に少しだけ近付けた気がしたから。


「ありがとうございます。それで、あの…二人の時は、身分を忘れて普通に接して頂けないでしょうか?」


私の言葉にジェード様は動きを止める。

「…ジェード様の楽な話し方で、友人や家族に接するように…話していただきたいのです」


「わかりました、王女殿下―――アリス様が御望みならば喜んで」


流石に怒られるだろうかと思って顔をあげれば柔らかく微笑むジェード様の顔が見えた。それにつられて私も微笑むと彼の頬にほんのり赤みが指した気がした。


「…ではアリス様、良ければこれを貰ってくれま…くれない、か?」

慣れない言葉を言い直しながら差し出されたのは、先程のお店でもらった小袋に入ったドライフルーツだった。


「でもこれは、ジェード様が…」

「実は、果物はあまり得意では無くて…」

だから貰って欲しいと言われ、私はその小袋を受け取った。

お店のドライフルーツはとても美味しかったので、すごく嬉しい。騒動がなければ購入したかったくらいだ。


「ありがとうございます」

そう言って微笑むとどういたしまして、と柔らかい笑みが返ってきた。








△△

馬車が城に到着すると兄が出迎えてくれた、ジュリアは帰ったのだろう。馬車は見当たらない。


「アリス、済まない……約束を守ってやれなくて」

馬車から降りると兄が申し訳なさそうに謝罪する。

「いいえ、お気になさらないで下さい。お兄様。ジェード様が街へ連れていってくれましたから楽しかったです」

そう言って微笑むと兄は目を細めて優しく頭を撫でてくれる。

「ジェードには礼を言わないとな」

「はいっ!」


私は振り返り、ジェード様にぺこりと頭を下げる。

「ジェード様、今日はありがとうございました」

「王女殿下の御役に立てたなら嬉しい限りです」

微笑むジェード様の顔があまりにもイケメン過ぎて、乙女ゲームのスチルに出てきそうだなと思っているとジェード様と私の間に兄がずいっと割り込んできた。


「アリス、一緒に街へ行けなかったお詫びに一緒にお茶にしないかい?」

「…お兄様はジュリア様とお茶をしたばかりではないのですか?」

そんなにお茶ばかりで飽きないのだろうか。

「私はほとんど飲んでいないから大丈夫だよ」


その言葉にきっとジュリアがマシンガントークを炸裂させ、優しい兄はそれに相槌をひたすら打っていたのだろうと察する。

きっと完璧な笑顔も始終引きつっていたことだろう…。



ここはお兄様のために一肌脱ぎますか!

私が悪役令嬢への鬱憤を聞いて差し上げましょう!


すぐに侍女達に御茶の準備を整えてもらい中庭へ移動する。

兄の護衛と言うこともあり後ろからジェード様もついてきた。


兄と一緒に椅子に腰かけてお茶を飲む。

侍女が用意してくれたクッキーを口に入れると焼きたてなのかほんのり温かく、甘さ控えめで美味しい。


「アリス、ついているよ」

クッキーに夢中になっていた私はいつの間にか口端に欠片をつけていたらしい、兄が指で拭ってくれる。そしてその指をそのまま自分の口許に運び食べてしまう。

「こんなに美味しいと夢中になってしまうのも分かるけれど、食べ過ぎは体に良くないよ?」


さすがイケメン王子!何をしても絵になる!

血の繋がった妹のなのにきゅんきゅんしてしまうじゃないか!


私は頬を染めるとクッキーに伸ばしかけていた手を引っ込めた。

「…た、食べ過ぎには気を付けます」

「うん、その方がいい。アリスには健康でいてほしいからね」


兄は手を伸ばすと私の頭を撫でてくれた。


くっ……飴とムチを使い分けていらっしゃる!



「そ…そういえばお兄様、学校は楽しいですか?生徒会に入られたのですよね?」

然り気無く話題を兄の学園生活へとスライドさせる。

「あぁ、良くしてくれる友人も出来たし楽しいよ」

「フィオナ様、ですか?」

「彼女も勿論だけど他にも賑やかな人達が多いよ。私の王子という立場上あまり気軽に…とはいかないけれどね」

そう言って兄は少し寂しそうに笑った。



もし、フィオナがお兄様を選んでくれたなら…こんな顔をさせずにすむのかな…。



兄の顔を見て、頭の隅にそんな考えが浮かぶ。

「お兄様…フィオナ様に、お会いすることは出来ませんか?」

気が付くと私はそんなことを口走っていた。


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