第8話要望を叶えたいそうです(ジェード視点)

兄妹のささやかなお茶会も終わり、アリスを部屋まで送ったダニエルは私を部屋に招き入れた。


「アリスは…フィオナが気になるのか?」



お茶会の席で聞いた「フィオナに会えないか」という発言が気になっているのだろう。


「姉のような存在に憧れてるんじゃないか?」

そう告げるとダニエルは目を見開いた。


「私という完璧な兄がいるのにか!?見た目も性格も、身分すらも完璧なこの私がいるのにか!?」


「ダニエル…それ、自分で言うのか?」

「…やはり性別の壁か…」

「いや、聞けよ」

この男はとことん私の話を聞く気がないらしい。


「なぁジェード…私は産まれる性別を間違えたのだろうか…」

真顔でそんな事を宣う我が主に頭痛を覚える。



いつからこんなに変な人間になってしまったのか………いや、元からだった。よし、諦めよう。

こいつは元からこういうヤツだ。


……諦めるのは良いけれど、それではいつまでも解放してくれそうにないので仕方なくフォローを入れておくことにする。



「…案外…お前のためかもしれないぞ?」

「…………私の?」

「あぁ。『王子だから気軽に接して貰えない』と言ったから、お前が連れてきたフィオナ嬢ならきっと兄と仲良くしてくれる。そう思ったんじゃないか?だから仲良くして欲しいと頼むために会いたいと言ったのかもしれない」

「………そうか……アリスが…私のために…」


途端ににやつく友人からそっと目をそらす。


妹溺愛思想がなければ良いヤツなのに。本当に色々残念だ、この王子。

私は一人にやつく残念王子を尻目に今日の事を思い出す。



あの年齢で聡明という言葉では表せないほどしっかりと物事を把握し、自分の立場も理解している王女は世界広しと言えどそう居ないだろう。

馬車の中で微笑みを見せた彼女に一瞬、心が跳ね上がった気がした。


彼女が見せた大人びた一面のせいかもしれない…。


「ところでジェード、アリスと一緒に街へ行ったんだろう?どうだった?」

私の思考はダニエルによって現実に戻される。

「どう、とは?」

「アリスが可愛いあまりにへんな虫に言い寄られたりしなかったか!?」

「安心しろ、そんな事はなかった」

「そうか、なら良いんだ………いや、アリスはお前に恋慕してるんだった!虫はお前か!」


「いい加減にしろ」


頭を思いきり額を小突くと流石に言い過ぎだと理解したのか、額を擦りながらダニエルはベッドに腰掛け少し大人しくなる。


「……で、どうするんだ?フィオナ嬢に会わせるのか?」

「私の立場もあるからな…そう簡単に、すぐに引き合わせるのは難しいだろう。それにもし婚約者殿と鉢合わせでもしてみろ、厄介なことになるのは目に見えている」


確かに…、あの厄介な令嬢に見つかればフィオナ嬢は目の敵にされるだろう。理由はどうあれ王子が呼び出した年頃の娘を気にかけない程、あの令嬢は器が広くない。

婚約者の実の妹であるアリスにも、彼の見えないところで蹴落とそうとしているくらいだ。



……アリス様はそれを知りながらも、ダニエルの為に耐えていらっしゃる…本当に、歳不相応な方だ



「確かに、そうだな。あのご令嬢はやり過ぎるところがある……婚約破棄してはどうだ?」

「できれば良いんだがそれに至る明確な動機がない…裏ではよくない噂を聞くが、証拠が無い限り迂闊に動くことは出来ないからな」

「………王子の立場とは面倒だな」

「私もそう思うよ」

珍しくダニエルと意見が一致した、そう思ったのは彼も同じらしく苦笑を浮かべている。


「私はフィオナを城に呼ぶことも、アリスと共にフィオナの元に行くことも出来ない…最初のうちはジュリア嬢に帰城の情報が伝わってないと思ったからこそ連れてきたが……。なぁジェード、お前がアリスをフィオナの元へつれて行ってくれないか?」


「私が?」


ダニエルの言葉に眉を寄せる。

嫌というわけではないが、いきなり仲介役もなくほぼ初対面の人間と会わねばならないアリスは間違いなく困惑するだろう。


「頼む。アリスの願いは可能な限り叶えてやりたいんだ」


両手のひらを合わせて拝むように此方を見られては断れない。こうなるとこの男は梃子でも動かないのを私は知っている。


「仕方ないな……わかった。ただしフィオナ嬢にはちゃんと遣いを出すこと。それと王女殿下にしっかり納得してもらうことが前提条件だ」


そう言うとダニエルは馴れ馴れしく私の肩に腕を回して、もう片方の手で肩辺りをポンポンと叩く。


「さすが私の心の友!任せておけ、ジュリア嬢の目を掻い潜ってアリスの願いを叶えてみせよう」

「実際に行動するのは私だからな!?」

「ジェードなら大丈夫だと信じているからな!」


ケラケラと笑う友人の手を剥がしながら、私は無意識に零れ出そうになるため息を飲み込むのだった。


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