第6話無力なようです
馬車に揺られ、街の近くへと到着した。
王家の馬車は目立ってしまうので街の外れに停めてもらいジェード様と二人で街へ向かう。
「どちらから参りましょうか?」
商店が立ち並ぶ街の大通りにつくとジェード様が尋ねてくれる。
どうしよう…せっかくならお兄様に何かお土産を…。
でも雑貨屋さんも見たいし…
爪先立ちでどんなお店があるのか辺りをキョロキョロ見回す、するとそれに気が付いたジェード様が「失礼」と一言述べて片腕一本で私を軽々と抱き上げた。
「見えますか?」
「は……はい」
動揺している私にジェード様はにっこりと微笑む。
気を使ってもらっているのだけれど、子供扱いされてちょっとだけ不満だ。…仕方ない、現実問題私は子供だ。今回は大人しくこの扱いを受け入れよう。
そう自分に言い聞かせて辺りを見回せば、ひとつのお店が目に入った、ドライフルーツ等を扱うお店だ。
「ジェード様、あそこを見てみたいです」
「畏まりました」
ジェード様に告げるとそこまでつれていってくれる。お店につくと私が品物を見やすいように降ろしてくれた。
店頭に並べられているのは果物のドライフルーツ。中にはトマトによく似たものや唐辛子の様な薬味を乾燥させたものも置いてある。
「お嬢ちゃん、試食してみるかい?」
そう声をかけてきたのは店のおばさんだった。
ジェード様が僅かに息を飲む気配がする。
今日の私は豪華絢爛なドレス姿ではない、何処かの貴族の娘くらいには思われているかもしれないが、まさか王族だとは思わないのだろう。気軽に声をかけてくれる。
私はジェード様に視線をやって大丈夫です、と言うように微笑むとおばさんに向き直った。
「いいんですか?」
「あぁ、うちの乾燥果物は日持ちも味も天下一品だからね」
おばさんは小さめのトングの様な道具でひとつドライフルーツを取ると、私の手に乗せてくれる。
「いただきます」
そう言って口の中に入れてから咀嚼すると、乾燥した表面と中の柔らかい部分が混ざりあい甘酸っぱくて美味しかった。
「美味しい……、これ、とても美味しいです!」
ドライフルーツの美味しさを絶賛するとおばさんはそうだろうと自慢気に微笑む。
その時、私の真横から小馬鹿にしたような声がした。
「こんな萎びた食べ物を売るなんて、みすぼらしいにも程がありますわ」
声のした方に視線を向けると青みがかった黒髪を腰の辺りまで伸ばし、コバルトブルーのドレスに身を包んだ少女がいた。一瞬ちらりと私の方をみた気がする。
身につけた衣類やアクセサリーを見る限り、上流貴族の娘といったところだろうか。背後には従者と思われる少年が困ったような顔で立っている。
暴言を吐かれたおばさんは眉間にシワを寄せて彼女を睨み付ける。
「ここはあんたみたいな御貴族様には不釣り合いな店だよ、冷やかしなら他所に行っておくれ」
おばさんの言葉に少し申し訳なくなる。
私王女です、なんて絶対言えない。言うつもりもないけど。
「なんですって!この私がわざわざ忠告して差し上げていますのよ!?」
「誰も頼んじゃいないよそんな事、さっさと帰んな!」
少女とおばさんの声につられて街行く人々が一人、二人、と足を止め気がつけば多くの人に囲まれていた。
これはマズイ……。
「王女殿下、この場は離れた方がよろしいかと…」
ジェード様がそっと私に耳打ちする。
確かに街の小競り合いの場に王女が居たと分かれば、兄や両親に迷惑がかかるだろうし、店のおばさんにも迷惑をかけてしまうことになる。
ジェード様の言葉に頷いて、そっとその場を離れようとした時だった。
「こんな干からびたよくわからないものを売っている店なんて衛生的にもよくないに決まっていますわ、お父様に掛け合って潰してしまいましょう」
少女がとんでもないことを言い出した。
「何だって!?いくら貴族でもそんな傍若無人、許されるわけないだろう!」
確かに難癖をつけてお店を潰そうなんてやりすぎだ。王族としてこんな横暴許しては置けない。
「待っ―」
「いけません」
私が割り込もうと一歩踏み出そうとすればそれを察したジェード様が引き留める。
「でも…っ」
このままではおばさんのお店が潰されてしまう……
懇願するような視線を向けると彼はお任せください、と微笑む。
「そこまでだ」
ジェード様の声におばさんと少女が同時に振り返る。
「この街の店は全て、国王陛下より出店許可を得た上で運営している。仮に貴族と言えど国王陛下の許可無しに潰すことなど出来ない」
その言葉におばさんや周りを囲んでいる街の人々は「そうだそうだ」と言葉を飛ばす。
その勢いに貴族らしき少女は怖気付いたのか
「ふん!何よこんなみすぼらしい店、この私が手を下さなくともすぐに潰れてしまいますわよっ!」
そう捨て台詞を吐き、従者を連れて逃げ去ってしまった。
「ありがとうねぇ、お兄さん。お陰で助かったよ。よかったらこれ、持っていっておくれ」
少女の姿が見えなくなり、集まっていた街の人たちが解散し始めたころおばさんが小袋に包んだドライフルーツをジェード様に差し出す。
断ろうとするジェード様の手に袋を半ば強引に押し付けて、礼を述べるとおばさんは店の中に引っ込んでしまった。
「……ありがとうございます。お店を守ってくださって」
おばさんパワーに少し困惑しているジェード様に声をかけると、なんてことはありませんと微笑まれた。
その微笑みに、自分の無力さを痛感する。
今日はジェード様がいてくれたからなんとかなったけれど、もし私一人だったら騒ぎを納めることも出来なかっただろう。
前世の大人の姿ならまだ自力で対応が出来たかもしれないが。
今の子供のこの身も、王族なのに何も出来ないということも、とても歯痒い。
「わがままを言って申し訳ありません…今日はもう、戻りましょう」
迷惑をかけないうちに城に戻った方がいい。
そう思い困惑したように此方を見ていたジェード様に微笑みかけて、私は先ほど歩いてきたばかりの道を引き返した。
無言のまま歩くと、街外れに停めた王家の馬車が見えてきた。ドアを開けてもらい、乗り込むと馬車は城へ向かって出発する。
「王女殿下…、宜しかったのですか?」
ふとジェード様に声をかけられて顔をあげると眉を下げた顔が正面にあった。その顔が叱られた子供のようで可愛いと思ってしまう。
「私は、また同じことがあった時に異議を唱えない自信がないのです…先程、ジェード様が止めてくださらなかったら自分の正義感を振りかざして、後先考えずに行動していたかもしれません。……私はまだ未熟で何かあれば両親やお兄様にご迷惑をかけしまいます。ですから、いいのです」
そう告げてから、自分の情けなさに悔しさが込み上げる。そんな私をみてジェード様が口を開いた。
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