第5話婚約者は悪役令嬢のようです

「マリー、リボンは薄紫にして。誕生日にお兄様からいただいたものが良いわ」


「畏まりました、髪型はどういたします?」


「任せるわ、マリーはとてもセンスが良いもの。いつもありがとう」


そういって微笑むとマリーは嬉しそうに微笑み返してくれる。


王族足るもの労いはしても礼は不要だと父は言うけれど、私はそうは思わない。

ありがとうと言われたら誰だって嬉しいし、また次も頑張ろうという意欲にも繋がる、御礼は大事だ。


私は兄とのお出掛けに向けて髪をセットして貰っていた。

ヘアアレンジに使うのは去年、誕生日に兄から貰った薄紫のリボンだ。私の事を思って選んでくれたと思えばそれだけでどんなものも宝物になる。


「出来ました、いかがですか?」


そう言われ鏡に姿を映せば、リボンを編み込んだ三つ編みにされている。可愛い、やっぱりマリーに頼んで正解だった。


「私も姫様の髪、セットしたかったですぅ…」

不満げに口を尖らせているのはメアリーだ。


気持ちはありがたいのだけどメアリーのセンスは奇抜なので私はやんわりと断った。


一番最初にお願いした時は髪の毛を全部逆立てられ、どこぞのビジュアル系バンドの様なヘアスタイルにさせられた。メアリーはそれが最先端!と言っていたがそんな流行私は追いかけたくない。


リボンと同じ薄い紫のワンピースドレスを身に纏い、鏡にその姿を映す。


そうして身嗜みを整えているとヘアのドアがノックされた。

返事をすれば外出様の装いに着替えた兄が入ってきた。


「準備は出来たかな、私のお姫様?」

「ちょうど今終わったところですわ」

そういって三つ編みにして貰った頭を見せる。


「可愛い髪型だね。それに誕生日にあげたリボン、大切に使ってくれているようで嬉しいよ」

そういってさらりと私の髪を撫でる兄。


リボン、気がついてくれた!


「お兄様から戴いたものは全部大事な宝物ですから」

そういって微笑むと兄だけでなく侍女の二人もふんわりと柔らかく微笑む。


「アリスは何を着ても似合うね……お前もそう思うだろう?ジェード」

不意に兄が発した言葉にぱっと顔を上げると兄の後ろにジェード様がいた。目が合うと優しく微笑んでくれる。


「えぇ、とてもお似合いですよ」


在り来たりな言葉かもしれないが、褒めて貰えるのは素直に嬉しい。


「本当なら兄妹水入らずで出掛けたいのだけれど、そうもいかないからね…不本意だけど仕方なくジェードが護衛についてくる事になったんだ」

申し訳なさそうに告げる兄、けれど仕方ないと思う。

一応私達は王族だ。二人だけで街に出掛け何かあれば大問題となる。その為、城の外に出るときは必ず護衛をつけなければならない。


ただし兄の通う学校は別だ。

護衛をつけては逆に悪目立ちしてしまう。それに学校の警備体制はこの城と同じくらいに万全なのでつける必要はない。


「ジェード様、本日は宜しくお願い致します」

そういうと仕事ですから気にしないで下さい、と微笑まれる。

仕事とは分かってはいるけれどもう少し近付けたらいいな、なんて思ってしまう。



………って違うから!

別に好きとかじゃなくて、お兄様とジェード様が仲が良いから私もそうなれたら良いなっていう憧れだから!



慌てて乙女思考を切り替えると、早く出掛けようと兄を急かした。







△△


手配した馬車に兄のエスコートで乗り込もうと足を掛けた時だった。

一台の馬車が目の前で止まる。その馬車にあしらわれた家紋を見て私は眉を寄せた。

そこから降りてきた少女を見て、さらに私は顔をしかめる。

黒髪の毛先はくるくると巻かれていて真っ赤なドレスにつり上がった瞳。近付かなくても分かるほどに香水臭い。いったいどんな香水をそんな臭うまでに振り掛けてきたのか。


しかし、兄は笑顔を張り付けてうまく取り繕った。私はそれを見て習うように笑顔を張り付ける。

少女はそんな私にちらりと一瞬だけ視線を投げ掛けると、私と兄の間に無理矢理体を割り込ませてゴキ○リホイホイの接着剤のようにべったりと兄に引っ付いた。


「ダニエル様ぁ、御逢いしたかったですぅ」


媚びるような甘ったるい声を出しながら然り気無く私をぐいぐいと押し退けるこの女。


彼女は兄の婚約者であり、乙女ゲームの中ではヒロインが兄のルートにはいると悪役として立ちはだかる破滅フラグにまみれた公爵令嬢――ジュリア・ローゼン。


幼い頃から兄の追っかけで金に物言わせ他の婚約者候補を叩き落とし、権力と財力を駆使しまくって兄の婚約者という立ち位置をぶんどったまさに悪役令嬢。

私の事も影でディスりまくっている、天敵だ。



くそう、子供の体でなければ今すぐお兄様からひっぺがしてやるのに!!



私が思っていることを兄も感じ取っているのだろう、完璧な王子様スマイルは引きつっている。それでも婚約者という立場から無下に扱うことができないらしくされるがままになっている。


「わたくし、ダニエル様がご自宅の方にお戻りと聞いてすぐに馳せ参じたのですよぉ?お休みになって、一刻も早くお会いしたくってぇ…」

「ローゼン嬢、わざわざ御足労いただいて申し訳ありません。お疲れでしたらご無理なさらず」

「まぁまぁまぁ!ダニエル様はお優しいのですね、わたくしの事を心配してくださるのですね!では一緒に御茶の時間にいたしましょう、わたくし紅茶に合うクッキーを持参して参りましたのよぅ」


そう言ってジュリアは兄の腕に自分の腕を絡ませながら、半ば強引に連れていってしまった。

一瞬ちらりと兄が申し訳なさそうに此方を見たが、私は気にしなくていいというように笑って見せる。


それに気がついたジュリアは勝ち誇った様に鼻で笑った。



兄とジュリアが見えなくなってから、私はぎゅっとスカートを握り締めて深く溜め息をついた。

こうなってしまっては今日はもう兄と出掛けるのは難しいだろう。



お兄様の婚約者じゃなければ好きにさせたりしないのに…

王女の権力フル活用して追っ払ってやるのに!!



是非この世界のヒロイン、フィオナにはお兄様のルートを選んでもらいジュリアを破滅させて欲しいところだ。

ジュリアに比べたらフィオナの方が百倍マシだ。


「………王女殿下、あまり気を落とさずに」


ずっと傍に控え、一連のやり取りを見ていたジェード様がそっと声をかけてくれる。

私は顔をあげて平気だと笑って見せる。王女としてみっともない姿は周りに見せたくない。


「…差し出がましいかもしれませんが、良ければ私と街へ参りませんか?」


そう言われ差し出された手に目を見開いて、ジェード様の手と顔を交互に見比べる。


「ダニエル殿下と比べ役不足かもしれませんが……」


苦笑を浮かべながら膝を折り目線を合わせてくれるジェード様の手に、私は自分の手を重ね笑みを浮かべた。


「そんなことはありません、是非お願い致します!」


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