第4話 兄はシスコンを拗らせすぎているようです(ジェード視点)

「アリスが天使過ぎて生きるのが辛い」


アリスの部屋から出てきたダニエルは完全にドアを閉めると、ドアの横に控えていた私にポツリと呟いた。


「はいはい、そうですね」


軽くあしらうように答えるとダニエルはくわっと目を見開いて両肩をガシッと掴んでくる。


「あんなに可愛い天使にあーんとか『お兄様大好き』とか言われてみろ、心臓が止まるかと思った。尊すぎて死ぬかと思った」


「そのまま召されてしまえ」


「いや、私は生きる!あの子が結婚して最後の時を迎えるまで………いやしかし嫁になど出したくない…あんな可愛い天使にふさわしい男などいるものか!仮にいたとしてもこの私が闇に葬ってくれよう」


「真面目な顔して恐ろしいこと言うな」


「ジェードもそう思うだろう!?あんなに可愛いんだぞ!?……いや、やっぱり思うな、あの子の愛らしさがわかるのは私だけでいい」


「……はぁ」


肩を掴む手を剥がして、歩きながら呆れて溜め息をついてしまう。

ダニエルは横を歩きながらアリスの愛らしさを力説している。


こんな無礼が許されるのは私とダニエルが幼馴染みであるからだ。

昔から一緒に遊んだり、剣の稽古をしたりしてきて兄弟のように仲がいい。

二人だけの時は無礼講で構わない友人として接してほしいとダニエルから言われている。

本来なら不敬罪で首を跳ねられてもおかしくはないが、ダニエルは全く気にしない。寧ろ気軽に接してくれるのはお前くらいだ、と嬉しがっていた。


「ダニエル…あまり構いすぎると王女殿下に嫌われるんじゃないか?」


友人として見ていてもこの男の妹への溺愛っぷりには心の底から呆れてしまう。


彼女も年頃になってくれば今のように兄に甘えることも減ってくるだろう。そんな時までこんなにベッタリだったら好きを通り越して嫌いと言われそうだ。


「ふっ…私のアリスがそんな事を口にするはずがない。しゃべり初めの頃は『お兄様と結婚するの』と言ってくれたんだ。父上ではなく私にだ!」

「知ってます」


自分もその場に居たのだから、と残念な視線を友へと向ける。


あの時の…国王陛下のショックを受けた顔、思わず同情した…


アリスがそう口にした時、拳を握りしめガッツポーズをするダニエルの隣で国王が眉を下げて今にも泣きそうな顔をしていたのを覚えている。いや、妃殿下が慰めなければきっと泣いていたかもしれない。


兄妹仲だけでなく、家族仲がいい王族は珍しい。国王が迎えた妃はたった一人だけで、側室を勧められても断固として迎えなかった。

その仲の良さを子供達も知っているのか兄妹仲は異常なくらい良いし、ダニエルもアリスも人の事を思いやれる優しい人間へと成長している。

そのせいかこの国でダニエルとアリスの評価はとてもよく、国民達にも好かれている。



…ダニエルのこんな姿をみたら、その印象もがらりと変わるだろうけどな



未だに「私の天使」「アリスは最高に可愛い」「嫁にはやらん!」といっているダニエルをちらりと横目でみて再び深い溜め息が漏れた。


確かにアリスの容姿は愛らしいと思う、あのまま成長すればお伽噺に出てくる妖精のような美貌の持ち主となるだろう。

だからだろうか、彼女をみていると幸せになってほしいと願っている自分がいるのだ。おそらく傍で成長を見守ってきた親心の様なものだろう。


「ところでジェード、私が戻ってきてから気が付いたんだか…お前、アリスに好意を向けられているだろう?」


「はぁ!?」


急に妬みと恨みの籠った視線を向けられ思わず声をあげてしまった。

幸いアリスの部屋から距離があるので聞かれてはいないだろう。

私はバカなことをいうなとダニエルを睨み付ける。


「可愛い可愛い妹を見ていれば分かる、私に向ける視線よりお前に向ける視線は熱が籠っている気がするんだ」


「気のせいだ。仮に、万が一、そうだとしてもすぐに飽きるだろう」

子供の興味はすぐに移ろうものだから、と付け足すもダニエルは納得がいかないようで眉間にシワを寄せている。


「いや、きっとアリスはお前に恋慕しているんだ………っく、私の可愛いアリスをたぶらかす不届き者がこんなに身近にいたなんてっ…幼馴染みで友でなければ切り捨ててやるのに!」


ダニエルは完全に決めつけて悔しげに私を睨み付ける。


そうと決まったわけでもないのに。


駄目だこいつ、早くなんとかしないと…


勝手に嫉妬心を膨れ上がらせていくダニエルをなんとか宥めながら、私は本日何度目かの溜め息をついた。

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