第3話 恋とはまだ呼べないようです

夜になって体の怠さは漸く緩和された。けれど、まだ病み上がりということもあり、私は侍女達から部屋で大人しくするように言われていた。


外に出たいとワガママを言って手を煩わせるのも申し訳無いので、大人しく部屋の中で勉強をしていると兄が様子を見に来てくれた。

果物のお土産付きで。


「私の可愛いアリス、具合はどうかな?」

「お兄様っ!」

来てくれたのが嬉しくて、勉強道具を放り出し兄へと駆け寄る。

前世の記憶を思い出しても兄を慕う気持ちは変わっていない、寧ろブラコンに拍車がかかったくらいだ。



だって、お兄様ってば王子様でイケメンなんだもの!さすが乙女ゲーム!目の保養が兄だなんて最高!



しかも私は妹ポジション、こんな素晴らしい兄に甘え放題とかご褒美過ぎる。


「果物なら少しは食べられるかい?食べやすいように小さく切って貰ったんだけど」

そういって一口サイズにカットされた果物が乗ったお皿を差し出してくれる。


「ありがとうございます、お兄様。…あら…これは?」


その中の赤く丸いさくらんぼによく似た果物を見つけた。この世界では初めて見る果物だ。


「それはクランの実といって最近栽培が成功したそうなんだ、糖度も高くて美味しいよ」

食べてごらんと薦められるままにひとつとって口にいれる。ぷつりと歯で果肉を噛めば甘酸っぱい果汁が口に広がった。



これはまさにさくらんぼ……!!この世界で食べられるなんて!



前世で毎年食べていた懐かしい味に頬が緩む。

前世の実家には毎年のようにご近所さんから売り物にならない傷物を沢山貰っていた、食べ放題過ぎて飽きるくらいだ。けれどこうして久しぶりに口にするとあの頃は贅沢だったなぁと感じる。


傷物でもいいから貰えないかな…?

あ、でも王家の人間に傷物なんて出せないか……。

駄目元で聞いてみようか。


「お兄様、このクランの実って傷がついたものは…………お兄様?」


兄は口元を押さえてうつ向き肩を震わせていた。

どうしたのだろう?具合でも悪い?

そう思って顔を覗き込んだがどうやらそうではないらしい。


「食べる姿が小動物みたいで可愛い……っ!私の妹は天使か…!」


あ、はい、お兄様もシスコン拗らせてますね。


……ゲームの中じゃこんなにシスコン拗らせてなかったと思うんだけど…

主人公視点だからそう見えてただけで、裏ではこうだったとしたなら攻略した後ヒロインにドン引きされてた可能性あるよね


今は声をかけないでおこうと思い果物をゆっくり食べる。

この世界の果物は糖度が高いのか甘いものが多い、その中でも王家に献上される品は格が違うのだろう。

ただベタベタに甘いわけではなく品のある甘さを感じる。


こんな良いものが食べられるなんて王女様に生まれてよかった!


そんな事を思いながら果物を頬張っていると妹萌えから立ち直った兄が此方を微笑ましく見守ってるのに気がついた。

兄も御腹が空いているのかもしれない、そう思った私はカットされた果物をぷすりとフォークに刺し兄の口元に差し出す。


「お兄様、あーん」


はしたないかもしれないけれど、今は兄妹水入らず。咎められる事はないだろう。


「………お兄様?」


いつまでたっても食べてくれない兄に首を傾げる。

「あ、あぁすまない……」

私の声に我に返った兄は果物をぱくりと食べると美味しいよ、と微笑んでくれる。


やっぱりお兄ちゃんがいるって良いなぁ…


そんな喜びが込み上げてつい頬が緩みにへらと微笑むと兄に頭を撫でられた。

撫で受けながらふと、ジェード様の姿が重なる。


もしかして、私がジェード様に憧れたりドキドキするのはお兄様と重ねて見ているから…なのかな。

…でも、何か違う気がする。


今までも、前世の記憶を思い出した今でもジェード様は変わらず格好いいし憧れる。

けれどこれは恋なのだろうか。


残念ながら私の恋愛経験値はゼロ…寧ろマイナスなのであまりピンと来ない。

もしかしたらアイドルにときめくファンの様な感情なのかも。


気持ちを測る物差しがあれば良いのに。

このくらいの数値が出たら恋です!みたいに。

そうすればこの胸の中の違和感もスッキリするかもしれない。


「………アリス?どうかしたのかい?」


ふと声をかけられて顔を上げると心配そうな兄の顔が目に入った。つい物思いに耽ってしまったようだ。


「もしかして、また具合が悪くなった?」

「いいえ、お兄様、何でもありませんわ。少し考え事をしてしまって」

「考え事?」

「はい、お兄様がせっかく帰ってらしたのですから一緒に行きたいところを考えていのです」


そういって誤魔化すと兄は簡単には騙されてくれた。私がいうのもなんだけどシスコンちょろい。

でも逆の立場なら私も簡単に騙されると思う。ブラコンもちょろい。


「ふふ…そうだね、折角だから明日は街に買い物でもいくかい?もちろんアリスの体調が万全なら、だけど」

「行きます!行きたいです!明日までに全部治します!」


やったー!お兄様とお出掛けだ!!


出掛けられるということは兄を独り占め出来ると言うことだ。

いつもは帰ってきたとしても、騎士達との訓練に参加していたり、両親の仕事の補佐や勉強などに追われているのでなかなかゆっくりと兄と過ごす事はない。


そんな忙しい兄が私のために時間をつくって一緒にいてくれる、その事が何より嬉しかった。


「お兄様大好きー!」


そういってぎゅっと腕に抱きつけば優しく頭を撫でてくれながら「私もだよ」と微笑んでくれる兄は世界一の王子様に見えた。






明日の為に体調を整えるように言われた私は大人しくベッドにはいる。

まだ寝る時間には早いけれど、明日の事を思えば苦ではない。部屋の明かりを消して退室する兄を見送れば、ドアの隙間からジェード様の姿が見えた。

兄の護衛もかねてか部屋の外で待機していたらしい。


せっかくなら…少しだけお話ししたかったな…



少し残念に思いながら私は布団に潜った。

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