第2話 騎士様はお優しいようです
目が覚めると体が重かった、前世の記憶を引き継いだせいか頭も少しくらくらする。
七歳児の脳には多すぎる情報量だ、崩壊しなかった精神と脳を褒めてやりたい。
ゆっくりと視線を巡らせる。どうやら私は自分の部屋に運ばれたらしい。ふと手元をみると兄がいた。
私の手を両手で包み込み祈っているようだ。
「どうか、この子を連れていかないで」
小さく切実な声が聞こえた。
随分と心配させてしまったらしい。まだ体は重いけれど声くらいは出せる。
「……ぃ、さ、ま」
掠れた。
もう一回。
「ぉに、い…さま…」
私の声が届いたのだろう、びくりと肩が震え兄が顔をあげる。
綺麗な瞳からはポロポロと涙が溢れていた。そんなに心配してくれたのかと胸が熱くなる。
なんとか安心させようと微笑もうとすると、覆い被さるようにぎゅっと抱き締められた。
「…良かった、アリス…っ」
少し苦しかったけれど兄をぎゅっと抱き締め返す。
たくさん心配かけてごめんなさい。
その言葉の代わりに。
「体調はどうだ?熱は…まだ少し熱いな、何か欲しいものは?少しでも何か食べられるか?」
矢継ぎ早に聞かれながら額に手を当てられる。少しだけひんやりとした兄の手は心地よかった。
「お兄様…私は、どうなっていたのですか?」
前世を見ていた私に時間感覚はなかった、あれからどのくらいたったのだろうか。
「あぁ、覚えていないんだね。アリスは急に頭が痛いと倒れて三日間眠り続けたんだ。熱は高いし…中々起きないし…お医者様に見てもらっても原因はわからなくて…本当に心配したよ…でもこうして目覚めてくれて良かった」
そういって兄は優しく私の頭を撫でてくれる。
そうか、そんなに時間が経過していたのか…それは心配もするだろう。
「お兄様…私はもう大丈夫です。心配かけてごめんなさい」
安心させようとぎゅっと手を握ると優しく握り返された。
そこでふと思い出す。
兄が連れてきたヒロイン――フィオナはどうしたのだろう?
私が倒れたりしたから帰ってしまったのだろうか、情報収集をしたかったのだけど。
「お兄様、お客様を連れてきていませんでしたか…?」
首を傾げると兄は「あぁ」と頷く。
「フィオナなら客人用の屋敷に泊まってもらっているよ、明日には実家に帰るそうだ」
「………そうですか…せっかくいらしてくださったのに、おもてなし出来ずに申し訳ありませんとお伝えください」
そういって目を伏せると兄は私を慰めるように頭を撫でる。
さすがにまだ本調子ではないので、この状態で彼女から情報を集める事は難しい……。
「仕方ないさ、アリスの体の方が大事だからね。あまり無理してはいけないよ」
「はい、お兄様」
もう少し眠るといい、そう言われ兄の手が離れる。私は素直に目を閉じた、すると途端に眠気が襲ってくる。
眠気に抵抗することなく、私はすぐに意識を手離した。
△△
目を覚ましたのは翌日の朝だった。
まだ日の出前なのか、部屋の窓から見える山の淵がぼんやりとオレンジ色に光っている。
少し寝過ぎたかもしれない、体がバキバキする。
熱は下がっているようだ、まだ少し怠さが残るけれど……。
長いこと寝ていたせいか、凄く喉が乾いていた。
こんな時間ではまだ侍女たちも起きてないだろう。わざわざ起こすのも忍びない…。厨房でお水を貰うくらいなら一人でも何とかなるだろう。
そう思い私は寝間着のまま自分の部屋を出た。
厨房に向かいとことこ歩く、中庭まで進んだところで心地良い風が吹いてきたのでふと足を止めた。
早朝の空気がこんなに気持ちいいなら早起きも悪くないかもしれない。
そう思っていると、空気を切り裂くようなブォンという音が聞こえてくるのに気がついた。
何の音だろ…?誰かいるのかな?
私は音のする方に足を向けた。
暫く歩くとその音を発している人影を見つけた。
柱に身を隠してその人影を伺う。
よく見れば手には騎士達が模擬戦で使う木剣が握られている。
それを振りかぶり勢いよく下ろす事を繰り返している、音は振り下ろすときに聞こえていた。
どうやら素振りをしているようだ。
ゆっくりと朝日が上り始め、その人物を照らしだす。
その人物を見て、私は思わず息を止めた。
ジェード様……!
しっかりとした騎士服ではなく、動きやすいよう簡易に作られた訓練用の騎士服に身を包んでいるその姿は、いつもと違い大人っぽさがある。
私からすれば十七才のジェード様は大人なのだが、それに加えて大人の色気のようなものを纏ってるように見えた。
……格好いい……!
思わず身を隠すことも忘れ見惚れてしまう。
何度が素振りを繰り返したジェード様は区切りがついたのか、手を止めて額にじんわりと浮かぶ汗を首にかけていたタオルで拭った。
その瞬間、ばちっと目があった。
「……王女殿下!?」
「ひゃっ!」
思わず声をあげられてびくりと肩が震える。それを見たジェード様は慌てて私の元に来ると片膝をついて頭を下げる。
「申し訳ありません、驚かせるつもりは無かったのです」
「い、いえ…私の方こそ…」
「王女殿下が気に病むことなどありません……お体の具合は宜しいのですか?ダニエル殿下よりまだ本調子ではないと伺っているのですが」
そういってジェード様は心配そうに私を見つめる。
「あ…その、喉が乾いて目が覚めてしまって…まだ皆寝ているだろうし…厨房で水を飲んだらすぐに戻ろうと思って…」
「あぁ、それでその様なお姿なのですね」
………姿?………っ!
やらかした!私、寝間着のまま!よりによってジェード様の前で!
ぶわっと頬に熱が集まる。顔が赤くなっている自信がある。
それを見たジェード様は、私に熱があると思ったのだろう。
「御無礼をお許しください」
「…え?うわっ」
ジェード様は軽々と私を抱き上げて歩き出す。
「御加減が悪いのでしたら私が飲み物をお持ちしますのでお部屋でお待ちください」
「で、でもっ…」
「王女殿下に何かあればダニエル殿下はもちろん、皆が悲しみますから」
もちろん私も、と付け加えられた言葉にそれが彼の仕事だとわかっていても胸が高鳴る。
前世の記憶を思い出す前より意識しちゃうのは何故!?
この際だから子供の姿というのを利用して抱き付いてしまおうかとも思ったけれど、心臓が爆発しそう程高鳴るので無理だった。
あっという間に部屋に戻った私はベッドの上にそっと下ろされる。
「ただいまお水をお持ちしますので暫しお待ちを」
そういってジェード様は部屋を出ていった。
嘘でしょ…、ジェード様は前世の私より年下だ。
それなのに。
何でこんなにドキドキするの。しっかりしろ私ぃぃ!!
私は自分を落ち着かせるように深呼吸を繰り返す。
そうしているうちに水差しとグラスを持ったジェード様が戻ってきた。
「お待たせしました」
「あ、ありがとうございます」
水の入ったグラスに口をつけ半分ほど飲んだ所でふぅ、と息を吐く。
「…失礼」
「…え?」
ふと声をかけられて顔を上げると額に手を当てられる。
お兄様と変わらない大きさの手…。
「熱は引いているようですね…よかった」
そういって微笑む姿は、攻略対象でないのが不思議なくらい絵になっていた。
「もうそろそろ侍女達も起き出してくる頃でしょう、私はこれで失礼します」
そういってジェード様は立ち上がりドアに向かう。その背中に向かって私は言葉を投げた。
「ジェード様、本当にありがとうございました!」
するとジェード様は足を止め、振り返り恭しく礼をすると退室した。
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