この人は攻略対象じゃありません!ヒロインはお断り!

枝豆@敦騎

 一章

第1話 ちょい役王女に転生したようです

見事な薔薇が咲き誇る庭園。

その真ん中にある薔薇のアーチ、その下で私は彼をまっすぐに見上げる。


「申し訳ありません、王女殿下。私が想い慕う女性は貴女ではないのです」


その言葉に足元が崩れ落ちそうな錯覚を覚える。それと同時にやっぱり、と納得してしまう自分がいた。

返答できずにいる私に背を向けて、彼は行ってしまう。

私達から少し離れた庭園の入口で、悲しげに此方を見つめていた彼女―――このゲームのヒロイン、フィオナの元に。










この世界がゲームの世界であると認識したのは今から二年前。七歳の時だ。

大好きな兄が夏の休暇を利用して、帰ってきたその日。

兄の友人だという彼女に会わなければきっとここがゲームの世界だということを、そして私自身が転生してこの世界に産まれたことなど思い出すことは無かっただろう。



その日、私は朝から浮かれていた。大好きな兄が久しぶりに寮生活の学校から帰ってくるのが楽しみで、いつもより早く起きて侍女のマリーに手伝ってもらいめかし込んでいた。

「楽しみですね、姫様」

そういって鏡越しに微笑みかける彼女は優しく髪をとかしてくれる。

その言葉に頷いては自分の姿が可笑しくないか改めて見直す。

プラチナブロンドの肩まで伸びた髪はハーフアップにされ、瞳と同じ碧色のリボンで結んで貰う。ふんわりとしたピンクのドレスに身を包んだその姿は自分で見ても愛らしいと思う。まさにお姫様と言えるだろう。


そうでなくては困る。

何故なら私はアリス・ディアナ・フォトン。

この国の第一王女だからだ。


「マリー、お兄様はまだかしら?」

そわそわしながら告げるとマリーはくすと笑う。

「もうすぐですわ、きっとダニエル殿下も帰路はお急ぎのはずです」


ダニエルと言うのは私が愛してやまないお兄様だ。この国の第一王子であり、いつかお父様の後を継いで国王となるお方。

私とは九つ歳が離れているせいか、兄は私をたくさん可愛がってくれた。もちろん悪いことをして叱られることもあるけれど。

その兄は十五歳の時に王族や貴族が大半を占める名門学校へと入学した。置いていかれるのが寂しくて私はわんわん泣きながら兄を引き止めたっけ。

去年の出来事なのに、大分昔の事のように感じてしまう。


その兄が、夏の休暇は帰ってくると聞かされたその日から私はこの日を今か今かと待っていた。

そしてとうとうその瞬間が訪れる。


身支度を終えた私の元に侍女のメアリーがやって来た。彼女とマリーは基本的に私付きの侍女としてとても良くしてくれる。子供の単純さゆえか、私はそんな二人を姉のように慕っていた。

「アリス様、ダニエル殿下がお戻りになられましたよ」

「…!今行くわ」


ひとつ深呼吸をしてから出来る限りの速さで歩き、城内の玄関ホールへと向かう。

今よりもっと小さい時、廊下を走り回ってはお母様に怒られた。それ以降は走ることはせず速歩きをするように心がけている。

玄関ホールに到着すると見慣れた青年の姿が目に入った。


短い黒髪と切れ長の瞳。濃紺の騎士服を身に纏う彼の名はジェード・オニキス。

第一王子直属の騎士であり、近い将来騎士団長になると期待されている人物だ。

兄が学校にいる間は騎士団長より騎士団を纏める仕事をいろいろ教わっているらしい。

年齢は兄の一つ上で、剣の才能と努力のみで這い上がった若き実力者――そして私が密かに憧れているお方。


ジェード様は私に気がつくと、いつもはほぼ無表情な顔を少し緩めて微笑む。

「ダニエル殿下のお出迎えですか?」

「はい、そうです」

話し掛けられて思わず上擦りそうになる声を押さながら微笑み返す。


その時ゆっくりとドアが開いて待ちに待った人物が現れた。

私と同じプラチナブロンドの髪、碧色の瞳。貴族の女性大半を微笑み一つで骨抜きにしてしまえる顔立ち。

その姿を見た途端、私は憧れの人の前という事も忘れ兄へと抱き付いた。


「お兄様!おかえりなさいっ!」

「ただいま、私の可愛いアリス」


そういってお兄様は蕩けるような微笑みを浮かべながらよしよしと優しい手つきで私の頭を撫でてくれる。ぎゅーっと抱き締め返そうとしたが慌てて離れちらりとジェード様を見る、案の定子供に向ける微笑ましい表情をされていた。

どうかした?と首をかしげる兄に何でもないですと取り繕って見せる。すると兄は思い出したかのように顔を上げた。


「そうだ、アリスに紹介したい人が居るんだよ。…フィオナ、どうぞ」

兄が振り返った、その先に居たのは綺麗なブラウンのストレートヘアを鎖骨の辺りまで伸ばした愛らしい顔立ちの少女。


彼女を見た瞬間、ガツンと頭を殴られたような衝撃を受ける。


「彼女はフィオナ・ロレンツィ。私の後輩でね、同じ生徒会の友人でもあるんだ。フィオナ、この子は私の妹のアリスだ」

紹介されたフィオナという少女は膝を折り深く頭を下げる。

「御目にかかれて光栄です、アリス王女殿下。フィオナ・ロレンツィと申します」


彼女の自己紹介も兄の紹介も聞こえないほどに衝撃を受けた頭が痛みだす。


痛い…っ!


「王女殿下……?」

ジェード様の不審げな声が聞こえる。

「…っ、頭…痛…っ」

あまりの痛みに頭を押さえて踞ると兄とジェード様、フィオナが顔色を変えて私を取り囲む。

「アリス!?誰か!医者を呼んでくれ、すぐにだ!」

「王女殿下…!お気を確かにっ!」

兄とジェード様の声が段々フェードアウトしていく。最後に視界に映ったのは、青ざめて膝をつくフィオナの姿だった。





あぁ、私は………彼女を知っている。

彼女と出会っている…。


それは、とても、一方的なものだけど。





目の前が真っ暗になったと思いきや、映像が見えた。

まるで自分がそこにいるかのような感覚だ。

私は両手に小さな機械を持っている。そこに映るのは先程兄から紹介された少女、フィオナ。そして兄。


あぁ、これが何か私は知ってる。

格好いいキャラクター達と恋に落ちる乙女ゲームというものだ。

時々小説のネタになったり二次創作、三次創作まで広がることもある日本が世界に誇るべき遊戯のひとつ。


そしてその乙女ゲームが大好きでプレイし、オンリーイベントにも顔を出していたアリスではない、『私』。

確かに存在してた『私』。

その記憶が、今、映し出されている。


『私』はある日の仕事帰り、会社の同僚とすれ違い様に足を踏み外して階段から落ちた。

運が悪かったのか打ち所が悪くそのまま、『私』は目覚めることなく生涯を閉じた。あの時、すれ違った同僚が必死に手を伸ばしてくれたのに届かなかった。


彼に…申し訳ないことしたな…。目の前で同僚が落ちる姿なんて、見たくなかったろうに。


そうか…『私』は、アリスとしてこの世界に再び生を受けたのか。

どうりで年齢の割には物覚えが速く自我の確立も速かったわけだ。

お陰で回りからは聡明な第一王女と好評ですよ。チート、とまではいかないけど。


『私』の記憶によれば乙女ゲームの舞台は兄の通う学校だ、そして兄は攻略対象者。

私はシナリオでちょこっと出てきたくらいの役処。ちょい役王女に転生したらしい。


マジか。まーじーかー。


ゲームをプレイした記憶を辿るけれどアリス王女が破滅したとか悪役だとかいう情報はない。だってちょい役だもの。

兄のルートに進むと「私には可愛い妹がいてね」という家族紹介の会話で出てくる程度だ。

だから小説の悪役令嬢のように破滅ルートを回避する必要もない。


王女ライフを謳歌できるのだ!


お兄様がヒロイン――フィオナを連れてきたと言うことは今のところお兄様の好感度が一番高いのかな?

確か、作中では夏期休暇になると好感度が高いキャラのところに遊びに行くことが出来るのだ。その辺も確かめないと…。


ヒロインが嫌いな訳じゃないけど、身内となる可能性があるのならやはりしっかり調べておくべきだ。特にお兄様は国王になる御方なのだから。


それにブラコンとして愛するお兄様には何がなんでも幸せになってもらいたいからね!


映像として流れ続ける前世の記憶に背を向けて、私は眩しく光っている方向に歩き出す。


前世は、前世だ。

心残りが無いわけではないけれど、終わってしまったものを引きずってもどうにもならない。

私はアリスとして今の生を精一杯生きよう。


そう決めて、私は前世の自分の人生に別れを告げた。


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