童帝と恋愛偏差値5の女

 そこまでスマホに打ち込み、送信した。


 送り先は新聞部の「八咫やた」だ。この投稿記事もそのうち壁新聞に掲載され、学校中の恋愛至上主義者共の神経を逆なですることになるだろう。


 ふと顔をあげると、見慣れた風景が飛び込んでくる。

 学校行事で使用した備品や、積み上げられた段ボールの山。雑多で、無秩序むちつじょで、乱雑なこの室内こそ、告白応援委員会の部屋である。きっと今日も恋に迷える子羊がやって――


日ノ陰ひのかげ。あの一件以来、まったく人が来ないんだど……」


 その声に顔を向ければ、文庫本片手に呆れ顔を浮かべる恋中こいなかの姿があった。

 そう。あの一件以来、誰もこの組織を訪れない。今までは暇な日もあったものの、適度に訪問者がいた。が、あれ以来マジで誰もこない。


「まて、おかしいだろ。なんで俺のせいみたくなってんだ。鮫島さめじまの一件は関係ない」

「どうかしら。一度、この組織から脱退してみるとか……どう?」

「え、お前マジで言ってんの? 俺らの関係ってそんな簡単に解消すんの?」

「……冗談よ。童帝は日ノ陰しかいない。替えは利かないもの」


 そうは言うものの、腕を組み試案する様子を見せる恋中。あれ? 俺捨てられちゃうの?

 一見、鮫島と新海の事件の際、俺が鮫島を泣かせてしまったことが相談者の足を遠ざけているように思えるが、実際はそうではない。


 あの一件が、クローズな空間での出来事であったためか、直後に俺が罵詈雑言ばりぞうごんによる報復措置ほうふくそちを受けたためか、もしくは二階堂あたりが苦心くしんしたのかは謎だが、噂話等で俺が糾弾だんきゅうされるという事態にはなっていない。


「ま、このまま誰も来ないようなら新しい手を考えるわ。でないと、今年のプロムで勝てないもの」

「プロム……ああ、プロムな。プロム。つか、来年の三月か」


 正直忘れてた俺がいた。来年の三月、俺は恋中と共にプロムに出るのだ。魔の学校恋愛行事のプロムに。てことはあれか。ドレスアップした恋中と共に俺は、くるくる回すダンスを踊るのか。うわぁ……ハードル高い。

 なんてことを思っていたからだろうか。恋中が俺の心中を察したようなことを言ってきた。


「プロムのダンス。今から練習しとく? 私、競技ダンスしてたから教えられるけど」

「……いや、気が早えよ。見通し立ってからにしようぜ。そういうのは」


 いきなり「Shall We ダンス?」とか誘われて踊れるわけねぇだろ。絶対色々意識しちゃってもう大変。童貞だぜ? 俺? まあ、だからそういうのは、もっと先の話だ。意識しなくなるぐらい、俺が恋中を知ってからだ。

 すると恋中は「そう」と答えてから、なにかを思い出したような顔をした。


「そう言えば日ノ陰。最近、私個人への恋愛相談が減ったの」

「へえ、よかったな。わずらわしいのが少なくなって」

「でも代わりに告白されることが多くなったわ。週2から週3に」

「……大変だな。恋中」


 思わず苦笑いを浮かべてしまった。

 恋中はモテる。異常もモテる。告白されまくり、その度に相手をフることが苦痛だとも恋中は語っていた。だが、正直俺は今の今までその苦痛に共感できなかった。なぜなら人から告白などされた経験などないからだ。

 だけど、今ならちょっとだけわかる。この学校の恋愛に対する熱は異常。それが鮫島と新海のような一件を引き起こしたのであれば、恋中は時々あんな感じの大ごとに巻き込まれているのかもしれない。それは確かに、勘弁かべん願いたいところである。


「だったら恋中。とっととこの学校の恋愛賛美な風潮ぶっ壊しちまそうぜ」

「そうね。と言っても、依頼が来ないとそれも実現できないけど。……ところで日ノ陰」


 と、言葉を区切り俺をジッと見据える恋中。


「確認だけど。私のこと、好きになったりしてないよね?」


 俺もまた、恋中を見据えた。

 そのたぎらせた眼を見つめていると、かれるものがある。見つめれば見つめるほどに、もっと恋中という人間を知りたくなる。どこまでも知りたくなってしまう。なにもかも知りたくなる。だが、それでも底が知れない美しさ。たぶんそれが、恋中の美しさだと思う。だからこそ心臓が高鳴り、鼓動が早くなる。そう、この感覚はまさに……


 トントン。と扉がノックされた。続けざまに扉の向こうから「告白成功委員会の部屋ってここですかー?」と声がした。

 突然の訪問者に、俺と恋中は顔を見合わせ眼を丸くする。


 どうやら、恋に迷える子羊がここを訪れたらしい。童帝である俺と恋愛偏差値5の女に恋愛相談をするために。

 であれば、新たな依頼を受ける前に、恋中の問いに答えておくべきだ。


「ねぇよ。恋中のことエロい目でしか見てないし、結局、恋愛なんて性欲だ」


 そうじゃないヤツもいるんだろうけど、なんて続く言葉が思い浮かんだが、言わない。でも、そういう奴がいることは認めてやってもいい。きっと、恋愛というものに、周りが見えなくなるほどに熱中できるヤツもいるのだろう。性欲すらも、愛だの好きだのという感情に変えてみせるヤツもいるのだろう。

 そしてそれは、俺もいつか手にすることができる感情なのだろうか。

 ま、童貞だから知らんけど。

                                          了


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