すべては「かもしれない」という可能性のお話

 で、後日談。ではなく直後の話。


 華麗に鮫島さめじまを倒した後、何があったのかと言えば、その場にいた人間にボコボコにされた。と言っても肉体的にではなく精神的に。

 フルスイングを決めた直後、鮫島は「うわーん」と泣き出し、鮫島の取り巻きが駆け寄ってきて慰め始めた。そして男子生徒数名が俺と新海をその場から引きはがし、凄すさまじい剣幕で怒鳴ってきたのだ。


 が、見ればそいつら恋愛至上主義者の風体ふうてい。結局は同志である鮫島の復讐にすぎない。だから俺と新海しんかいはなんら謝ることもしなかった。

 だがそれがマズかったのであろう。反省の色を見せなかった俺と新海は、それから筆舌ひつぜつし難い罵倒を頂くことになった。主に「死ね! この童貞野郎!」という内容だ。

 やれやれ、「童貞野郎」に対する言い返しが存在しないのが辛い。「この非童貞野郎」って言っても相手になんらダメージがないあたりマジ無力。


 そんな中、周囲を取り囲む男共の切れ間に眼をやれば、雛坂ひなさかが嬉しそうな顔で花咲はなさきさんをあおっていたし、鬼武おにたけは「さあ片付けだ」と言って薙刀部の連中と共に働いていた。鮫島さめじま蜂谷はちたに蛸島たこしまに慰められていたし、そこには桐生きりゅうや、騒ぎを聞きつけたのか神木かみきも加わっている。

 そして二階堂にかいどう恋中こいなかは、2人してなにやら会話をしていた。

 のう、という声がして、顔を横に向ければ涙目の新海がいる。


日ノ陰ひのかげ。俺そろそろ泣きそうなんだが?」

「奇遇だな。俺もだ」


 その後、俺と新海は罵詈雑言に耐たえ抜ぬき、10分ほどたってから解放された。そして新海は「じゃ、じゃあの」と涙声でその場から立ち去り、俺はその後、ちょっとだけ泣いた。

 



 で、さらに直後の話。


「あー……つまり。新海を狙ったのは……マジで無差別的だった、てわけか?」


 アホだなぁーと思い、あきれ気味な声が出てしまった。

 すると恋中も同じような感情を持っていたのか、溜息ためいきじりに肩をすくめた。


「みたいね。鮫島さんと友達の、蜂谷さんと蛸島さんが話してくれたわ」

「……不憫ふびんだなぁ、新海」


 言って俺は、視線の先にある体育館を見る。

 あの一件の後、俺が体育館横にある自販機のベンチで心を落ち着かせていると、恋中がやってきてその話をしてくれた。


『鮫島が新海を狙ったのは二階堂の気を引くためのものだった。誰かの女になってしまいそうな所を二階堂に見せて、自分のことをどう思っているのか知りたかった。なぜ新海が狙われたのかと言えば、偶然見つけた奴だったから。ちなみに事を起こそうとしたのは「恋中と二階堂が付き合ってる」という噂が流れたから』


 大方、俺もそう予想していたわけだが、最後まで新海が狙われた理由だけが分からなかった。だが、恋中が集めてくれた話で全てが繋がった。

 つまり新海はマジで悪くない。

 てかさ、童貞の俺でもわかる。この方法で二階堂の気を引けるとは思えない。不器用すぎるだろ、鮫島のヤツ。


「なあ、恋中。鮫島って本当にビッチなのか?」


 なんとなく浮かんだ疑問を恋中にぶつけると、彼女は「さあ」と首を傾げた。


「鮫島さんの下半身事情は知らないけど、でも鮫島さんと付き合った男子は、すぐに別れるって話はよく聞くわね」

「……へえ。鮫島がね」


 そう言って俺は口を閉じる。

 ビッチだけど恋愛に不器用なヤツもいるのかもしれない。

 そうすることでしか恋愛が出来ない人間がいるのかもしれない。

 だからこそ不器用な方法を取り、周りの人間を巻き込みに巻き込み、大立おおたわり演じることになった女がいるのかもしれない。


 だがすべては「かもしれない」という可能性のお話。日ノ陰ひのかげえにしは童貞ではないかもしれない、なんてのと同じだ。いや、まあ俺は童貞だけど。


 ただ、鮫島ほたるのその行動は、告白応援委員会を訪れた人間とそんなに違いがないのではないだろうか。だから俺は、鮫島という女の子の見かたが、ちょっとだけ変わった気がした。

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